#13 元魔王は激怒する


 サターナスはキケとサラを弟子として、時おり厳しくほとんど甘やかしながら訓練を進めていくのだが、想像を遥かに越える成長を果たし、この国の勇者アーマンドを潜在能力だけでいえば凌駕するまでに育ってしまった。

 このまま成長を促して良いものか悩ましいところであるが、そんなことを知らないキケとサラはどんどんと出来ることが増えていき楽しそうなので、サターナスは考えることを止めた。


■■■


 サターナスは突如村に響く轟音で目を覚ます。慌てて外に飛び出し村の中を見渡すと、村の入口にある門とは呼べぬぐらい簡素な、木で出来た門が燃えている。


 他の村人達は警戒して家から顔を出すだけであり状況が分からないので、サターナスは現場に向かった。

 するとそこには、いつぞやの自称勇者の集団とは違い粗暴な格好の人間達が何やら叫んでいる。


「出てこいやコラ!!」「お前ら魔族信仰してんだろうが!!」「お前らのせいでどれだけ苦しんでる奴がいると思ってんだ!!」「退治してやる!!」


「何だお主らは、一体どういうつもりだ!」


 まともに会話が通じる相手なのか不安ではあったが、反応は帰ってくる。


「出たな黒目野郎!」「良く俺らの前に顔を出せたな!」「退治してやる!」


 一人同じことしか言わない奴がいるが、それは置いといてもまた黒い目か。

 それにしても今度は魔族信仰の疑いもかけて、確実にこの村の存在を知っていてやって来ている。


「サターナスさん、これは一体!?」

「ああ、へルマンさんどうやら……」


 慌ててやって来た村長に説明をしようとするが、サターナスという名前に集団が反応する。


「さ、サターナスだと……」「元魔王の名前だぞ」「退治してやる!」


 やはりワシの名を知っているか。しかし退治してやると言われて黙っている気概は持ち合わせていない。


「ほう、ワシに戦いを挑むだと?」


 一歩にじり寄り威圧をすると集団は黙り混む。


 やはり自称でも勇者集団は肝が座っていたがこやつらは、話にならないな。


「お前ら、狼狽えるんじゃねぇ! サターナスなんて名前はどうせハッタリだ!!」

「「「シェルガさん!!」」」


 集団の後ろから遅れてやって来た男が前にやって来る。


「お前らの知っている魔王は人間なのか? サターナスは死んだんだ。こいつは威を借りるペテン師に違いねぇ。そんな奴は俺がぶっ殺してやる」

「「「さすがシェルガさん!!」」」


 でかい口を利くだけあって、こやつはそれなりに戦えそうだな。


「ほう、お主がワシの相手をすると?」

「ハッハッハ、お前なんて相手にする必要もねぇ! お前ら、何をあまっちょろいことをやってるんだ。ここは悪魔の住む村だぞ? さっさと火を放て」


 シェルガの言葉によって集団が散りじりになって動き出す。そして魔法を放てる者は魔法で、そうでない者は松明に火をつけ家に投げ込む。しかしサターナスは発言と行動の意味が分からず対処出来なかった。

 自分に対する敵意には敏感だが、人が人に本気で敵意を向けることがあるなど理解出来ていなかったのだ。

 だが村長が慌てて村の中に戻り必死に消火しようとし、更に各地で上がる悲鳴を聞いてようやく、これが本気の敵意であることに気づく。


「お主ら……一体何をしておる?」

「ハッハッハ、元魔王は見て分からねえのか? 掃除だよ掃除。お前らのような社会のゴミを掃除してやってるんだよ!」

「この村の者がゴミだと?」

「そうだこの村の奴ら、いや黒い目をしたやつらは魔族を崇拝している。人間を滅亡に追いやらんとする奴らは駆逐されて当然なんだ!!」

「また黒い目……この村の者がお主らに何をしたと言うのだ?」

「何をだと? ちがうな、黒い目をした奴らは存在が罪なんだよ」


 こやつらはまともな理由持っておらぬのに、同族を殺そうとしているだと……。

 種族間の争いならまだしも、たかが目の色が違うだけで殺し合いに興じるなどまともな神経をしているとは思えん。


「ふざけるなよ、ここはお主らのような狂人が踏み荒らしてよい場所ではない!」


 サターナスは空間魔法を使い、火だけを別次元に閉じ込め消火する。

 しかし見える範囲しか座標を固定出来ないので、まだ村の中には火の手が残っている。

 そしてたとえ消して回ったとして、この不届き者の集団をどうにかしないと意味がない。


「今すぐ、止めぬのであればワシはお主らを力ずくで葬らねばならんぞ?」

「はっ! やれるものならやってみろペテン野郎!!」

「ワシをこれほど怒らせた者は、久しくおらんぞ。もはや手加減はしてやれん」

「はっ! どうせハッタリだろうが!!」


 シェルガがサターナスに殴り掛かる。

 しかしサターナスは避けることすらせずそのまま顔で拳を受けるのだが、微動だにすることなく受けきる。


「痛って! なんだお前のその体は!?」


 肉体はただの人の体であり、常に纏わせてある魔力の鎧を破れるほどの攻撃では無かっただけだが、当然答えてやるつもりはない。


 サターナスは重力魔法『グラビタス』を用い、シェルガを中心に圧縮する。


 ただひたすらに、容赦なく。


 そしてそこに残ったのは赤い球体だった。


「シェルガさん!! お前、何をしやがった!?」


 近くで見ていた集団の内の一人が、騒ぐ。

 サターナスの意識がそちらに移ったことで魔法は解かれ、シェルガがいた場所には血の海が広がる。


 サターナスの記憶はそこからしばらく欠けてしまう。

 気付いた時には、村の火の手は消えて収まり、村に押し寄せた集団は姿を消していた。


「さ、サターナスさん?」

「ああ、へルマンさんか……ワシは一体何をした?」

「それは……」


 村長は気丈に振る舞っているが、明らかに怯えている。


「そうか……いやそうであろうな」


 そもそもワシが人の村で生活しようとしたのが間違いだったのだ。

 想定外の出来事ではあったが、本来は人と魔族は相容れぬ者通しだ。こうなる可能性があることは分かっていたはずではないか。


「最後にこれだけ教えてくれぬか。キケとサラは無事か?」

「ああ、君のお陰で村の者は誰も死んではいないよ」

「そうか……では世話になったな」

「まっ!」


 村長は何かを言おうとしたみたいだが、サターナスは聞くことなく村から去っていく。



 こうしてサターナスの人の村での生活は終わりを迎えてしまったのであった。

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