第34話 失墜の聖霊騎士

 辛くも二体の邪神を屠る事に成功した数字を冠する獣機関マスターテリオン

 だが未だ邪神も二体しか確認出来ぬ状況で、深刻な戦力不足が浮き彫りとなっていた。

 邪神を屠ったばかりの星纏う竜機オルディウスは、搭乗者が浸蝕を受けた事で空域へ滞空する天使兵装を強引に盾の大地ヒュペルボレオスへと連行していた。


 言うに及ばず聖霊騎士オリエルが受けた浸蝕状態検査と治癒を行うためであり、対邪神浸蝕への精神治療設備がここ盾の大地ヒュペルボレオスに存在する事も関係していた。


「おい、残念チーフ!バカ騎士はこの、研究施設ベットへ寝かせて置けばいいんだな!」


「残念とか言ってんじゃねーぜ、当主さんよ……クヒッ!ああ、そのまま連れてけ。後はこっちで面倒見てやっから。それと——」


「はい、私の助力が必要ですね!ではマスター、聖騎士様の治療に向かいますので後ほど!」


「すまねぇな、アイリス。マスター以外の人間までお前に世話させる事になるなんて。」


「そのお心遣いがあれば十分です!では……——」


 聖霊騎士を運んだ救世の当主界吏は、彼が受けた浸蝕への治癒能力を見せた星を戴く少女アイリスへ協力を要請——返す足で再び格納庫へと戻る。

 激戦続きで疲労の絶えない巨大なる相棒と隣り合う……無垢なる銀嶺の天使の元へ赴いていた。


 天使兵装メタトロンの足元でその体躯を見上げる救世の当主は、心に響くも言葉に出来ぬものを感じ……それが何であるかを察したからこそ言葉を投げた。


「心配すんなって、天使さんよ。あいつがそんなにやわじゃねぇのは、お前さんが一番知ってんだろ?ウチにはあの観測者に仕える慈愛の女神がついてるんだ——」


「すぐにでもオリエルの野郎は元に戻って、お前さんをまた天空へと導いてくれるさ。」


 己の相棒に語る様に天使兵装へもねぎらいを手向ける。

 当主が感じた不思議な感覚は、その天使が主となる者を案じ送った霊的なる波動だったのだ。


 すると共鳴する感覚が、不協和音の様な物から調律された音へと変化する。

 それが安堵と取った当主もさらにねぎらいを続けた。


「お前さんが搭乗者行動不能状態でも活動できるのは、やっぱり主の武力って事が関わってんだろな。全く……あの野郎もさっさと本質に気付きやがれってんだ。でなけりゃ——」


「お前さんは、奴の元を離れなければならないかも知れねぇんだろ?力無き信者が祈りを請うのとはワケが違う。お前さんがであるならば、搭乗者であるオリエルはその。」


 同じ討滅を生業とし、力無き者を守ると言う志を掲げる者として……聖霊騎士へのさらなる飛躍を願う様に——


「だから少しだけ待ってな、天使——確かメタトロン・セラフィムだったか?あのオリエルが、正義の在り方を手にしてお前さんを駆るその時をな。」


 天使の双眸に淡い光が確かにまたたいた。

 戦場を共に駆け抜けた事で、他人事の様に思えぬ救世の当主が振るうお節介は……銀嶺の使者にすらも確かな絆を刻んでいたのだ。



§ § §



「少しいいですか?界吏かいり君。」


「ファッ!?お、おう……良いけど何だよシエラさん。」


 端的に言おう……ちと焦った。


 何がどうすっ転んで、あのシエラさんの俺へ対する呼称が「界吏かいり君」になったのか……全く心当たりが無い俺は思わずドギマギしてしまう。

 その呼称を使うのは姉さんぐらいだろう——それぐらい呼ばれ慣れないので、気恥ずかしさしか浮かばなかった。


 言うに及ばず彼女が冗談の類で俺を呼び止める事もない訳で、一先ずその先を聞く事とした。


「エルハンド卿はまだ眠っている様ですが、彼が今後この様な事態に陥る事も考慮した対応が必要と思っています。」


「ああ……つまりはオリエルの野郎を、この機関に何かしらの形で出向をさせる——てな所か?」


「早い話がそう言う事です。」


 狂気の浸蝕に対する、確実な治癒の叶う施設を有する機関はそうはない。

 それを考えれば機関へ聖騎士を組み込むのはやぶさかではなく……むしろ無用の弱みを放置する危険を減らす事にもなる訳で——

 だがそれを嫌な予感しかしなかった。


 そしたら俺の反応を予想してのモノだろうが、シエラさんは涼しげな顔でサラリとその予感を現実の元へ引っ張り出して来た。


「その仲介をあなたに頼もうと思うのですが——」


「……言うと思った(汗)。てか、そこへ至った経緯が聞きたいモノだけどな。」


「剣士と言う者同士は、聞き及んだのですが?」


「聞いた俺がバカだった……。まさかここでもあの……。」


「……厨、二?よく分かりませんが?」


 それが言うに事欠いてあの燃え女の語りの様に間違った——まあ、そう遠くも無いんだが……少々現実離れした回答を寄越した少佐へ盛大に嘆息した。

 ことこの現代では、剣を交えると言う死語を発する奴は二次元サブカルチャーを趣味とする者か――若しくは間違った文化理解を経た世界に数多いる日本好きの諸外国人ぐらいである。


 言うなればその逆もまたしかりではあったが、確実にシエラさんの発言は

 結果、本質が燃え女と似通った言語カタチとなって発されていた。


 そこまで思考した俺は、ささやかな笑いがこみ上げる。

 何がおかしいって……俺が少し前まではイケ好かないと思っていた眼前の女性は、であったから。

 本人の望まぬ重すぎる業を背負って生きて来た故、それが災いし――正確な情報を得るヒマもなかったんだと察してしまう。


 思わず似た境遇の聖騎士を思い浮かべ、「こっちもこっちで、同じ穴のムジナだな……」と零した俺を怪訝に見やるシエラさん。

 言葉の意味の理解に苦しむ姿は微笑ましくすら見えて来た。


 きっとそこからなのだろう。

 俺が彼女の存在を、本気で見定めようと思いだしたのは。

 その時はまだ世話の焼ける女性——だがしかと俺の心に、シエラ・シュテンリヒとの名が刻まれた。


「……はぁ~~分かったよ!シエラさん立っての頼みなら、俺が何とかして見せるさ!どの道世界の命運がかかってるんだ——やるだけの事はやらなけりゃな!」


「そうですか、ではその件は界吏かいり君に一任しますので……あなたの気の済む形で彼からの協力を取り付けて下さい。ああ、それと――」


「ここまで何とか、マスターテリオン機関が揃わぬ備えで持ち堪えられるのは……あなたと――そしてアイリスが立ち向かってくれているからです。その……感謝しています。」


「……唐突で焦ったよ(汗)。けど――俺とアイリスが……ね。良いって、気にすんな!」


 俺への中々な無茶振りをかましたシエラさん。

 その最後を締めくくったのは……俺が見てきた彼女では初めてだろう――

 少し視線を逸らし、僅かに紅潮した頬で謝意を送る残念美人の姿だった。



§ § §



 盾の大地ヒュペルボレオス中腹階層の医療施設。

 研究室で一通りの検査を受けた聖霊騎士オリエルは、そこへ運ばれベッドの上で意識を取り戻す。

 見慣れぬ景色を一望した彼は、己がしでかした失態に眉根を寄せていた。


「あの!……気分は如何ですか?騎士様。」


「貴君は――あの当主といた人形。いや……、比べるまでもなく充分に人と呼べるか。心配は無用だ。」


 騎士の眠る間、浸蝕していた狂気を緩和するべく立ち会っていた星を戴く少女アイリス

 が……彼女も顔合わせの際に感じていた不安が和らいだ騎士へ向け、いたわりの言葉を投げかけた。


 同時に――

 そのいたわりは聖霊騎士の惨劇の記憶をフィードバックさせ……己が警戒する様ないわれが少女に無い事も悟らせた。

 そこから出た同じ人と接する様な表情に、人ならざる少女も安堵を覚える事となる。


「やっとお目覚めか?騎士さんよ。全く……少しは敵の情報を詰めてから討滅任務に向かう事をお勧めするぜ。俺達が今相手取る存在は、ただの魔なんて概念は当に超越してんだからよ。」


 聖霊騎士の目覚めにちょうど鉢合わせた救生の当主界吏も、掛かった迷惑分を嫌味にて被せる。

 それにはさしもの騎士も反論の余地も無しと項垂れた。


 当主としては彼を説得する算段でこの医務室へと訪れた形だったが――

 騎士が項垂れたままに、それを察した様な吐露を零し始める。


「私は貴君にあれだけの言葉を吐いた。にも関わらず、結果がこの様だ――」


「故に私は奴ら異形を知らねばならぬ。――代わりと言ってはなんだが……一つのケジメとして、我が過去を洗い出して置きたい。聞いてくれるか?草薙 界吏くさなぎ かいりよ。」


 何の心変わりかと騎士を見やる救生の当主。

 そのまま、「いい傾向か?」と人ならざる少女へ視線を向け……「まさにです!」の視線を笑顔で受け取った当主は――


「ああ、いいぜ?奴らが心へ踏み込んで来たって事は、あんたもがあんだろ。そういうのは、奴らと戦い続けるためにしっかり吐き出しておいたほうが良い。」


 笑顔で拒絶する事無く受け入れた。



 だがすでに当主の心へは、その一部始終が流れ込み始めている。

 重なりし者フォースレイアーの力が――、深き器を広げ……本人から語られる言葉を洩らすまいと耳を澄ましていたのだ。

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