第38話 30点が評価される社会ってどういうの?

〈登場人物〉

マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。

ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。

〈時〉

2023年2月下旬 寿司テロ横行時



マイ「本当にひどい。この一連の回転ずし関連の事件は。なんでこんなことするのか、全然理解できない!」


ヒツジ「しょうゆ差しペロペロとか、除菌剤をレーンの寿司にかけるとか、よくもまあ、こんなことを考えるもんだ。考えてそれを現に実行するんだから、面白いよなあ」


マイ「何言ってるの!? 面白がっている場合じゃないでしょ! このせいで、回転寿司店は迷惑しているんだから! 株価が下がったところだってあったんだしっ!」


ヒツジ「まあ、そうだな。しかし、この一連の寿司テロリストたちがけしからんことをした、というだけの話だったら、そんな話をしたところであまり意味は無いだろう。『刑事・民事で厳正に対処します』ということにしかならないからな。問題は何でこんなことをしたのか、この行動の裏にはどういう意識があるのか、そこのところを確認しないことにはな」


マイ「どういう意識って……ただ目立ちたかっただけなんじゃないの?」


ヒツジ「どうしてまた目立ちたいなんて思うんだ?」


マイ「どうしてって……目立ちたいことに理由なんてないでしょ。強いて言えば、『承認欲求』ってヤツじゃない」


ヒツジ「ということは、彼らは承認欲求が満たされていないってことだ。だから、今回の事件を起こした」


マイ「まあ、そうなるわね。みんなに知られたことで、随分、満たされたんじゃないの」


ヒツジ「しかし、承認欲求を満たしたいとしても、なぜ他人に迷惑をかけるような違法行為でそれをする必要があるんだ。彼らだって、まさかしょうゆ差しをペロペロしたり、除菌剤を寿司にかけたりということがまっとうな行為だとは思っていないだろう。もっと、社会的に許容されるような行為で承認欲求を満たすこともできるんじゃないか?」


マイ「例えば?」


ヒツジ「勉強なりスポーツなりを頑張って有名になるとか」


マイ「そのためには努力が必要でしょ。それに才能だって必要かもしれない。そういうものを持たない人が、手っ取り早く承認欲求を満たすためには、くだらない動画を上げるしかないわけ」


ヒツジ「この種の問題に関するお前の頭の回転は驚くほど速いな」


マイ「褒められてる気がしないんだけど」


ヒツジ「さて、そうだとすると、仮に、これらの行為を厳しく非難し取り締まった場合、努力もしたくないし、才能も無いような子は承認欲求を満たせなくなるというわけだ」


マイ「でも、それはしょうがないんじゃないの。だって、努力しないで有名になりたい、みんなから認められたいなんて虫が良すぎるじゃん」


ヒツジ「しかし、努力したからと言って誰しもがイチローになれるわけじゃないよな。努力しても報われないことはいくらでもある。だとしたら、努力して社会的に認められた方法で成功して賞賛を受ける、ということができない人は一体どうすればいいのか。こういう事件の背景には、実は、そういう問題があるんじゃないか?」


マイ「だとしたって、人に迷惑をかけるような行為でそれを満たすなんていうのは絶対におかしいでしょ」


ヒツジ「おかしいかもしれない。じゃあ、そういう風に、人に迷惑をかけることでしか認められないような人間はどうすればいいんだ。どういう方法で承認欲求を満たせばいい?」


マイ「うーん……やっぱりそれは親じゃないの。親が認めてあげるべきじゃない?」


ヒツジ「親が認めてやるべきというのは確かにそうかもしれない。しかし、たとえば、お前自身は親に認められたいと思うか? 何かをしたときに親から、『すごいね』って称賛されたいか?」


マイ「……けなされたくはないけど、だからと言って、もう親から『すごいね』って褒められて喜ぶ年ではないかな」


ヒツジ「だろ。幼いうちは親の承認は必要かもしれないが、いったん成長したらそれだけで満足はできないんだ。親以外の他者からの承認を必要としているわけだ」


マイ「必要としているからって言ったって、それなりに何かしないとその人のことを認めることなんてできないでしょ。あるがままで認めるわけにはいかないんだから」


ヒツジ「人間の価値は同じじゃないのか。お前、まえにそういうことを言っていたよな」


マイ「それは、差別しちゃいけないっていう意味で、そう言ったわけで、称賛される人と称賛されない人がいるっていうこととは別の話でしょ」


ヒツジ「だからその称賛されない人はどうすればいいのかっていうのが問題なんだ。称賛されないけど、承認欲求はあって、他者から認められたい。しかし、努力もしたくなければ、才能も無いから、社会的に許容される行為で人の耳目を集めることが難しいヤツは。そういうヤツはどうすればいい?」


マイ「どうすればいいったって……我慢するしかないんじゃない? 大体、そんな人なんて普通にいるじゃん。この世の中、成功した人と違法行為をする人ばかりじゃないんだから」


ヒツジ「我慢できずに違法行為に走ったわけだから、そういう人間に対して我慢しろと言ったって意味が無い」


マイ「じゃあ、この件はどうしようもないってこと?」


ヒツジ「現に承認欲求というものがあって、しかし、それを満たすために努力する気も無ければ才能も無いとしたら、まあ、そうなるしかないな」


マイ「納得いかないな。わたしにも承認欲求的なものはあると思うけど、そのためにスシテロ起こそうとは思わないし」


ヒツジ「だから、問題はそう思った人間に関してのことなんだよ。」


マイ「うーん……」


ヒツジ「そもそも、どうして能力が無い人間は認められないんだ?」


マイ「どうしてって……」


ヒツジ「何でテストで100点取ったヤツの方が、30点取ったヤツより偉いんだ? これは差別じゃないか?」


マイ「差別!?」


ヒツジ「能力差別だ」


マイ「えっ、なに?」


ヒツジ「能力が高いヤツを優遇して、能力が低いヤツを冷遇するのは、能力によって取り扱いを別にしているわけだ。これは、れっきとした差別じゃないか」


マイ「何言ってるの? 差別っていうのは、取り扱いを同じにしなければいけないのに、そうしないってことだよ。能力が違うんだったら、取り扱いは違っても仕方ないじゃん」


ヒツジ「なんで仕方ないんだ?」


マイ「なんでって……能力が高ければ、それだけ社会に貢献できるでしょ。そうして貢献している分だけ社会から優遇されてもしょうがないじゃん」


ヒツジ「お前のその考えで行けば、たとえば、男性の方が女性よりも社会に貢献できたら男性の方が優遇されてもしょうがないということになるが、それでいいか?」


マイ「何で男性の方が社会に貢献できるのよ?」


ヒツジ「そこは別に女性でもいい」


マイ「それは……ダメだと思う。それに、そもそも、男性とか女性っていうのはその人の属性なわけでしょ。差別っていうのは、その人が身に着けている属性によって取り扱いを別にしちゃいけないってことだって言い換えるわ。能力っていうのは属性じゃないよね。能力者と非能力者っていう人間の類型があるわけじゃないもん」


ヒツジ「そうか? 本当に、能力者と非能力者という類型は無いのか? お前はこれまで生きてきて、大した努力もしていないのにうまくできるヤツっていうのに会ったことないのか?」


マイ「それは……あるけど」


ヒツジ「そういうヤツラのグループが能力者、その他大勢のお前のようなヤツが属するグループが非能力者だということもできるんじゃないか? それができるとしたら、これは立派に人間の類型と言っていいんじゃないか? お前はこれまで能力あるヤツラを見てきて、『大した努力もしていないのにできてズルい』と思ったことは無いか?」


マイ「……正直に言うと、ある」


ヒツジ「それがお前が社会から能力によって差別されているというそのことなんだ。これは社会による公然の差別だ。今回のような事件は、この公然の差別に対する反逆とも言える」


マイ「ちょっと待ってよ。じゃあ、正当なものだって言うの?」


ヒツジ「そんなことは言っていない。社会のシステムが現にこのようである限りは、そのシステム自身に内在するエラーのようなものだということを言いたいだけだ」


マイ「でもさ、100点取っても30点取っても同じように評価される社会って、一体どういう社会なわけ?」


ヒツジ「さあなあ。そもそも、100点とか30点とかっていう言い方の中に、優劣が入り込んでいるからな。相田みつをの詩に、『トマトとメロン』という詩があって、その中にこんな一節がある。


『トマトにねえ

いくら肥料をやったってさ

メロンにはならねんだなあ


トマトとね

メロンをね

いくら比べたって

しょうがねんだなあ


トマトより

メロンのほうが高級だ

なんて思っているのは

人間だけだね

それもね

欲のふかい人間だけだな』


トマトとメロンをそれぞれ違った個性を持った人間だと考えれば、まあ言いたいことは分かるだろ? ただ、彼も決して、雑草とメロンをいくら比べてもしょうがないんだなあ、とは歌わなかった。トマトとメロンは金銭的価値の違いはあるにしても、どっちにしても社会にとって価値あるものだ。これは誰も認めるところだ。だから、問題は実はそんなことじゃないんだ。社会にとって無価値なものと価値があるもの、雑草とメロンが同じものなんだと言うことだろう」


マイ「何言ってるの!? 人間は雑草なんかじゃないじゃん!」


ヒツジ「まさに、そう思わせているところが、この社会のシステムなんだ。社会は語る、『君たちは雑草じゃない、誰しもに無限の可能性がある』と。その可能性を信じられない、ある意味で誠実な人間が起こしたのがこの一連のスシテロなんだと言えなくもないな」

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