第18話 頼んで産んでもらったわけじゃない!

〈登場人物〉

マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。

ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。



マイ「お母さんもお父さんも、本当にウルサイ! 勉強しろ、門限を守れ、礼儀正しくしろ、早起きをしろ、食べ過ぎるな、スマホを使いすぎるなって、もう、ごちゃごちゃごちゃごちゃさあ! 子どもだから、親の言うとおりにしなくちゃいけないって、どうなの!? 産んでやったからだって? 別に、こっちから、頼んで産んでもらったわけじゃないっ!」


ヒツジ「ま、お前の気持ちも分からないでもないがな。確かに、子どもは親と、『産んでもらう代わりに、言うことに従います』なんていう契約をしたわけじゃないからな。いきなり産んでおいて、お前はわたしたちの子どもだから言うとおりにしろなんていうのは、ある意味で、脅迫みたいなもんだ」


マイ「そうでしょ!」


ヒツジ「が、しかし、彼らにとっても、一体どんなやつが産まれてくるかなんて分からないわけだから、立場としてはお前と同じようなもんだ」


マイ「どういうことよ?」


ヒツジ「彼らは子どもを産むか産まないか、そういう選択はできたかもしれない。しかし、いざ産むとして、産まれてきた子どもを選択することはできなかったわけだ。だから、お前が、『頼んで産んでもらったわけじゃない!』と言うのと同じ資格において、彼らは、『お前が産まれてくるとは思わなかった』と言うことができる」


マイ「あーあー、そうですか、悪かったですね、わたしみたいな子が産まれてきて」


ヒツジ「良くも悪くもない。子が親を選べないように、親だって本当は子を選べないんだ。つまり、巡り合わせなんだ」


マイ「じゃあ、親にごちゃごちゃ言われるのも我慢しろってこと?」


ヒツジ「彼らはどうしてそんなにごちゃごちゃ言うんだと思う?」


マイ「だから、それはさっき言ったじゃん。わたしのこと産んでやったっていうことで、自分たちの所有物だと思っているんでしょ。だから、自分の思い通りにしたいのよ」


ヒツジ「まあ、残念ながらそういう親もいるだろうな。だが、必ずしもそういう親ばかりじゃない」


マイ「他に何があるのよ?」


ヒツジ「親というのは子がいてこその親だよな? 子がいない人のことを親とは言わない」


マイ「当たり前でしょ」


ヒツジ「人は子が産まれる前までは親にはなれない。子が産まれたあとになってようやく親になることができる」


マイ「だから、何なのよ?」


ヒツジ「だから、お前が産まれたからこそ、彼らは親となったのであって、その前までは親じゃなかったわけだ。つまり、彼らは以前に、親になった経験なんてないんだ。いわば、親の初心者だ。だから、子どもを効率よく育てるためにどうすればいいかなんてことは分からない。口うるさくなるのもその意味では当然なんだ」


マイ「そんなの無責任じゃん! 産まれるまで数ヶ月あるわけだから、その間に、子どもの教育については勉強しておくべきでしょ」


ヒツジ「勉強はしたんだろうおそらく。しかし、シミュレーションと現実では勝手が違うわけだ」


マイ「……百歩譲って、わたしは一人っ子だからそういうことが言えるかもしれないけど、二人以上の子どもを持つ親は、少なくとも長男長女以外は、しっかりと育てられないといけないよね。もう子育ての経験があるわけだから」


ヒツジ「ところがそういうわけには行かない。二人目以降の子どもは、最初の子どもとはまた別の子どもなわけだからな。長男長女の失敗を活かして、なんてわけには行かないんだ」


マイ「じゃあ、何? お母さんやお父さんの言うことを、わたしは我慢しなくちゃいけないってこと?」


ヒツジ「別に我慢する必要は無い。反抗するなら反抗すればいいだろ。彼らはそれを受け止める義務と権利がある」


マイ「義務は分かるけど……権利って?」


ヒツジ「子どもに反抗されるのは、親の醍醐味じゃないか。子どもに手を焼かされてこその親というもんだろ。お前が反抗することによって、彼らは十分に親の気分を味わうことができるんだ」


マイ「……はあ、なんかバカバカしくなってきた」


ヒツジ「親子関係というものが、もともとバカバカしいもんなんだ。さっきも言ったが、それは双方が自分自身で意志したものではない、偶然のものなわけだ。お前は偶然、今の両親のもとに産まれてきたし、彼らは偶然、お前を産み落としたわけだ。意志したわけではないのだから、どちらもどちらに何事かを要求することなどできない。しかし、だからこそ、子どもは子どもらしく親を敬愛し、親は親らしく子どもを慈しむものだという幻想が求められる。つまり、親子関係というのは役割演技なんだ」


マイ「いい子を演じろって言うの!?」


ヒツジ「特別にいい子を演じる必要は無い。演技と言ったのは、子どもという役を振られているということに関して、自覚的でいろということだ。子からすれば、親という存在は偶然のものなんだから、それがどのような存在であっても、そういうものとして受け入れるしかない。そこを間違えると、『親なのに分かってくれない』という悩みが生まれることになる」


マイ「……」


ヒツジ「まあ、本来はこういうことは親の方が考えておかないといけないことだ。なんと言っても大人なんだからな。親になったからには、子の親として、子を慈しみ育てる役をしっかりと演じないといけないと心に決める。そうすれば、世の親子関係はよっぽどすっきりすると思うけどな」

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