第15話 えこひいきする教師なんて、教師の資格無い!

〈登場人物〉

マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。

ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。



マイ「学校の担任が、お気に入りの生徒を露骨にひいきするんだよ! 信じられる?」


ヒツジ「信じられるかも何も、割とよく聞く話だけどな」


マイ「そんなのさ、教師としておかしいじゃん! どの生徒にも公平に接するべきでしょ!」


ヒツジ「教師だって人間なんだ。自分が好きな生徒はひいきして、自分が嫌いな生徒は差別する。ごく当たり前の話だ」


マイ「そんなの教師の資格ないじゃん!」


ヒツジ「教師になるのに、人格的に優れている必要はないからな。教師は聖職者で、人間的に優れているなんていうのは、ただの思い込みだ。お前たちより、20~40年くらい『先』に『生』まれただけだ。それを称して、『先生』と言うんだ」


マイ「じゃあ、なに? 教師もただの人間だから、ひいきも差別も、見過ごせってこと?」


ヒツジ「そういうことだ。度を越しているなら、しかるべき機関に訴えればいいだろ。それほどのものじゃないなら、放っておけ」


マイ「納得いかない。それじゃあ、教師っていったい何を教える人なの?」


ヒツジ「学科知識だろうな」


マイ「そんなの、いくらでもスマホで調べられるじゃん」


ヒツジ「じゃあ、スマホの代わりだと思えよ。スマホで調べるのは自分でやらなけりゃいけないが、教師はカリキュラムを組んで体系的に教えてくれるんだから、学科知識を覚えるのなら、スマホで自分でやるより便利なんじゃないか?」


マイ「でも、そんなの、自分でやろうと思えばできるわけだから、大した話じゃないでしょ!」


ヒツジ「自分でやろうと思えばできるっていう話をしだすと、大抵のことは自分でやろうと思えばできるわけだから、大した話じゃなくなる。トレーニングジムに行ってダイエットコースを取らなくても、自分でダイエットすることもできるわけだから、ジムに行くことは大したことじゃないということになる。問題は効率の話だろ?」


マイ「じゃあ、教師の役割って、生徒に効率よく知識を教え込むだけってこと?」


ヒツジ「それ以外に、何を期待してるんだ?」


マイ「……人生について教えてくれるとか」


ヒツジ「その担任教師だって、教えているじゃないか」


マイ「え、何を?」


ヒツジ「教師というのは、生徒をえこひいきするような人格的に優れていない人間でも務まるっていう、人生の真実をだよ。反面教師だ」


マイ「そういうんじゃなくて!」


ヒツジ「そういうんじゃないことなら、期待するな。たまたま、人格的に優れた教師に出会うことがあったら、お前が期待していることを教わることもあるだろう。だが、そんなことは稀だ。ほとんど無い。そう言えば、お前、前に、教師に指図されたくないって言ってたよな?(→第4話) 指図されたいのかされたくないのか、どっちなんだよ?」


マイ「指図はされたくないよ。ただ、教えてもらいたいだけ」


ヒツジ「何かについて教えるためには、自分で考えていないといけないよな?」


マイ「当たり前でしょ」


ヒツジ「じゃあ、人生について教えるためには、人生について自分で考えていないといけないことになる」


マイ「そうだね」


ヒツジ「残念ながら、人生について自分で考えているやつは、限りなく少ない。そんなものの考え方さえ分からないやつがほとんどだ。たとえば、『人生においては努力することが大切だ。現にわたしも努力してきた。キミたちも努力しなさい』って言う教師がいたとする」


マイ「小学校の先生にそういう人いたなあ」


ヒツジ「この言葉は間違っているわけだが、どうしてか分かるか?」


マイ「えっ!? 別に間違ってはいないでしょ。努力って大事なんだから……え、なに? 努力なんてバカバカしいとか、本当に努力している人は『努力』なんて言葉使わないとか、そういうこと言ってんの?」


ヒツジ「そんな話じゃない。この教師は、自分が努力してきて人生において成功したと思えたから、生徒にもそれを勧めているわけだ」


マイ「それで?」


ヒツジ「ただそれはその教師の人生が成功したというだけの話であって、それによって、生徒の人生が成功するかどうかは分からないはずだろ?」


マイ「その先生は、自分のことからだけじゃなくて、他にも努力して成功した人の話をたくさん見聞きして、それで言ってるんじゃないの?」


ヒツジ「その場合でも、その教師が、努力の相の下に、それらの成功体験を見ているだけかもしれないだろ」


マイ「努力の相の下?」


ヒツジ「本当は成功したヤツらは努力なんてしていなかったのに、その教師は、『人は努力するから成功する』っていう見方を持っているがゆえに、成功しているヤツらが努力をしていたかのように見えたかもしれないということだ」


マイ「でも、本当に努力して成功したかもしれないじゃん」


ヒツジ「本当かどうかというのは、さして問題じゃない。問題は、こういう構造を意識しているかどうかということなんだ。人生について何かを語るのであれば、自分の人生は他人の人生とは違うという単純すぎて見過ごされがちなこの事実を、しっかりと認識している必要がある。その認識が無いままに漫然と語られる人生についての教えなんていうのは何の意味も無い」


マイ「……じゃあ、結局、人生については、自分で考えるしかないってこと?」


ヒツジ「当たり前だ。自分の人生については自分で考えるべきで、教師だろうが何だろうが、他人の言うことなんて、信じ込むべきじゃない。学校の教師は、生徒に対して、くだらん人生論じゃなくて、それをこそ教えてやるべきなんだがな」

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