第12話 後悔したくないから、いい方法教えなさい!

〈登場人物〉

マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。

ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。



マイ「あーあ、言わなければよかったこと、つい言っちゃった……」


ヒツジ「気にするな。何を言ったか知らないが、どうせお前が言うことなんてつまらないことなんだから、相手も気にしてないだろ」


マイ「なぐさめ、どうも! でも、これ、相手がどうこうって話じゃないのよ。自分が後悔しているんだから……ああ、後悔しないで生きられる方法って無いのかな? なんかあるなら教えなさいよ!」


ヒツジ「だから、気にしないことだろ。図太くなれよ」


マイ「そういうんじゃなくて!」


ヒツジ「そういうんじゃなければ、前もって後悔しないようにするなんてことは不可能だ」


マイ「なんでよ!?」


ヒツジ「後悔っていうのは、定義上、ことが起こった後にするものだよな。ことが起こる前にすることはできないだろ?」


マイ「もっと分かりやすく言ってよ」


ヒツジ「何かを言う前に、それを言ったら後悔するかどうかは分からないってことだ。もしもそれが分かったら、それは『後』悔じゃない。『先』に分かっているわけだからな」


マイ「でも、後悔するかもしれないっていう予測は立てることができるでしょ?」


ヒツジ「バカか、お前は。予測なんていくら立てたって、現に後悔するかどうかは、それが起こった後にしか分からないってことが今の問題なんだろうが」


マイ「わたしは後悔しないで生きたいのよ!」


ヒツジ「よくそういう風に言うヤツがいるよな。あるいは、そういう風にアドバイスするヤツもいる。『後悔しないように、今を精一杯生きよう』みたいな。いくら今を精一杯生きたところで、後悔しないかどうかは、後になってみないと分からない。もしかしたら、『精一杯生きてきたけど、そんなに精一杯生きなければよかった』と後になって悔やむ可能性は、常に、この現在に残されている」


マイ「じゃあ、どうすればいいのよ!」


ヒツジ「だから言っただろ。後悔なんて感じないほどに図太くなれって。あるいは、起こったことはただ起こっただけであって、お前が起こしたわけじゃないと思いみなすことだな」


マイ「わたしが起こしたわけじゃない?」


ヒツジ「そうだ。お前が言ったことやしたことは、お前がそうしようと思ってしたことであるように見えて、実はそうじゃないと思え」


マイ「何言ってんの!? わたしが言ったことやしたことは、わたしがそうしようと思ってしたことに決まってるじゃん!」


ヒツジ「こう考えてみろ。物語の登場人物が何かを言ったりしたりしても、それは、その登場人物自身が意志を持って言ったりしたりしているわけじゃないように、この世界の登場人物であるお前が何を言ったりしたりしても、それはお前が意志を持って言ったりしたりしているわけじゃないってな」


マイ「物語の場合は作者がいるでしょ! この世界には作者なんていないじゃん! ……なに? もしかして、神様とか言うつもり?」


ヒツジ「神様なんて持ち出す必要は無い。ある状況で、お前がある発言をしたとする。そのとき、まずある状況っていうのが存在するわけだが、その状況自体はお前が作ったものなのか?」


マイ「状況はわたしが作ったものじゃないよ。たまたま、そういう状況になってただけ」


ヒツジ「その状況でお前が発言したわけだが、その発言はお前の性格によるものだよな。そのお前の性格っていうのは、お前が作ったものなのか?」


マイ「性格は……わたしが作ったものじゃないよ。なぜだかこうなっているだけ」


ヒツジ「なんでそうなってるんだ?」


マイ「なんでって言われても……生まれつきとか、環境とかのせいじゃないの?」


ヒツジ「もっと可愛い性格だったらよかったのにな」


マイ「ウルサイ!」


ヒツジ「生まれつきや環境のせいということは、お前の意志でその性格を選んだわけじゃないってことだな」


マイ「……まあ、そう言ってもいいかな」


ヒツジ「ということはだ、ある状況で、お前がお前の性格から、何かを発言したとしても、その状況もお前の性格も、どちらもお前が作ったものじゃないんだから、お前の意志で発言したとは言えないことになる。後悔っていうのは、自分の意志でしたことに対してするものなんだから、自分の意志でしたわけじゃないってことになれば、後悔する必要も無いということになるだろ」


マイ「…………ちょっと待ってよ! そんなこと言ったらさ、人がすることは、全てその人の意志とは関係ないってことになるじゃん!」


ヒツジ「そうなるな」


マイ「そんなの全然納得いかない! だってさ、そしたら、人間には全然、自由が無いってことになる!」


ヒツジ「事実、そんなもんは無いんじゃないか? 生まれることも死ぬことも自由にできないっていうのに、どうしてその間の人生だけ自由に生きられると思うのか。後悔なんていうのは、人生を自由に生きられると思うことからくる錯覚なんじゃないかとオレは思うね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る