第62話 タティウス坑道8
(もう血が止まってる……)
傷がもう回復し始め居てるのだろうか、それともつけた傷が浅すぎてぶ厚い革と筋肉で塞がれているのか。
(今の俺じゃあ、一撃で絶命させることは難しいな)
そのどちらが理由だったとしても、自分の一撃では必殺に至らない。そう悟ったオルレオは、ひとまずエリーの指示通りにブレスクスを移動させることを目的に動き始めた。
一直線に駆け出したオルレオは姿勢を前に傾けて重心を低く落とした。
それでも、敵対しているブレスクスは不気味なまでに何も動きを見せない。
(隠し玉がある!)
それが逆にオルレオの脳裏に緊張を走らせた。
今更止まることなどできはしない。オルレオは縮まっていく距離の中でじりじりと集中力を研ぎ澄ましていく。
もうあと数歩で剣が届くほどに来たところで、
グワッッ!!
と巨大な
予備動作の一切を
その一撃を、冷静さを努めて保ちながら、オルレオは突進にカウンターを合わせた!
初撃となる盾を下あごの裏に叩き込めば、そのまま“巨人崩し”の要領で全体重と勢いを上乗せしてワニの身体を跳ね上げさせる!!
そのままつられて宙に浮きそうになる両脚でグッと地面を踏みしめたオルレオは、がら空きになった胸へと剣を突き立てた!
跳ね上げられたワニの身体は重力に引かれてオルレオの剣へと寄りかかるように倒れていき、中へ中へと自ら剣を押し込んでいく。
根元までずっぷしと剣を飲み込ませたところで、オルレオは手首をひねって真横へと、ワニの身体を両断してやるとばかりにその腕に力を込めた。
ずる、ずる、と鈍くゆっくりと剣は動いていく。やがて、力を失くし、バランスを崩したワニの身体が斜めに傾いていき、その重さで剣はようやく、ワニの身体を通り抜けた。
それでもオルレオは全身から力を抜かず、集中を切らさずに、ブレスクスへと構えを取った。
ぴくぴくと体を痙攣させながら、それでも尾と足はまだ動き続け、オルレオを正面に捉えようと体を回そうとしていた。
「やっぱり……」
オルレオの声には驚愕も恐怖もなく。かわりにあったのは称賛と感謝だった。
不意の一撃を貰わないよう、慎重に足を進めていき、そして……未だ睨みつけることを辞めない視線を受けながら、オルレオは脳天に剣を突き刺した。
わずかに、ビクッと体をはねさせてようやく、ブレスクスは動きを止めた。
スッと剣を引き抜いたオルレオはわずかに脱力し、呼吸を整えていく。
そのわずかな間も、戦いは続いていた。
イオネは動きが自由なゴーレムたちを相手に一人、多勢に無勢な中でも包囲されないよう、オルレオやエリーのところに行かせないようにうまくけん制しながら立ち回っていた。
エリーもそんなイオネのフォローに回り、足止めしているゴーレムの拘束を強化しつつ、要所要所でイオネの
しかしそれも先ほどまでの話だ。エリーはオルレオが戦い始めるや否やすぐさま気を窺って飛び出し、速やかに地霊硝を回収していた。
自分のすぐそこで、馬鹿デカいワニの化け物とオルレオが戦っている。その恐怖感を心の奥底に押し込んで、エリーはせっせと砂粒よりも小さな輝きを集めていった。
そうして、やたら大きな音と地響きと共に倒れたワニをしり目にして、エリーは自分の戦場へと戻ってきていた。
手には、愛用の杖、そして地霊硝とゴーレムの破片。
自分の魔力だけでは足りない分を地霊硝から吸い上げて
そして。
「おまたせ!! イオネ!」
大きく声を上げたエリーは手にした破片を、イオネを襲おうとしていたゴーレムへと投げつけた!
破片は当たった瞬間に硬さを失ってどろどろとした液体の様に変質していった。同時、イオネがあちらこちらにばらまいていた分も同じように形を失い泥と化していた。
「……ああれれ」
言葉を失う、とはこのことだろうか。変な声を漏らしながらイオネはそんなことを思っていた。
ゴーレムの破片は泥になったと思いきや、あっという間にまた固まってしまい、ゴーレムたちの足元を地面と接着してしまい。身体にかかった分も次々にカチコチになって身動きが取れないようにしてしまったではないか。
「……これは一体?」
一息ついてさあ、これから!とゴーレムの群れと戦うつもりで気合を入れなおしたオルレオも、困惑した声を上げた。
「ふふん、錬金術でゴーレムの破片をセメントに変質させたの!」
エリーは嬉しげな顔で胸を張った。
「破片の一つに魔力を込めて、それを起点に他の破片にも魔力を伝播させて広域錬成することで、一気に全部の破片をセメントに変質させたの。それをそのまま硬化して固めちゃったってわけ」
「はぁ~! なるほど! 錬金術って便利~!!」
感心したように声を漏らすイオネ。
一方のオルレオは少し困惑したように。
「よくはわかってないけど、すごいってことはわかった」
「それだけわかってくれたら十分よ!」
言って、エリーは笑った。
いつもとおなじか、それ以上に華やかな笑みだった。
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