第52話 ダブルリクエスト
「おう!帰ってきたのか、オルレオ!お客さんがお待ちだぜ」
“陽気な人魚亭”のドアを開けると、カウンターの向こうでグラスを磨いていたマルコがニカッとした笑顔で白い歯を見せた。グラスを握る左手からごつごつとした長い指が伸びてカウンターの一席を指さした。
その先にエリーがいた。
「やっ」とオルレオが軽く手を挙げれば、エリーもそれに応じて手を挙げてパッと華やぐように微笑んだ。
「……ってなんだ?イオネ?忘れ物でもしたか?」
若人二人が軽く挨拶を交わしたところで、マルコがオルレオの後ろから続けて店に入ってきたバイトにやや不思議そうに声を掛けると。
「ふふん!今日は!なんと!本業のお仕事の話で来たのです!!」
豊かな胸を大きく張りながらそう宣言するイオネに店のあちらこちらから視線が集まる。
男どものぶしつけな視線もあれば同年代の少女からの憧れの瞳や真逆に嫉妬を含んだ目など様々なものがぶつけられるがそれらをものともせずにイオネは一直線にマルコの前まで歩いていく。
「こ、れ。“鐵の鎚”からオルレオ君への指名依頼です!!」
カウンターに依頼書を丁寧に置いたイオネがやや上目遣い気味にマルコを見れば、その表情は驚愕を通り越して呆然としていた。
「この度、オルレオ君にはウチのスミスで大盾を新造してもらうことになりまして!ちょっと在庫の心もとない鉱石の採取に護衛として来てもらおうかと……」
「大声で依頼内容を話してんじゃないよ!そういうのは静かにやるもんだ!」
嬉々として大声で話していたイオネが、エルマの声ひとつでピンっと背筋を跳ね上げるように伸ばして姿勢を正した。
「とりあえず、こんなところで立ち話も何なんだし、向こうのテーブル席にでも着きな。
「三人?」
エルマの指示にオルレオが首をひねると、依頼書を2枚手にしたマルコがひらひらと手を振りながら答えた。
「“お客さん”って言ったろ?オルレオ。ご指名ってやつだ!」
そのうちの一枚をオルレオに差し出すように手を伸ばせば、オルレオは即座に前へと歩み出てそれを受け取った。
依頼者は、“妖精の釜”。
依頼内容は“鉱石採取の護衛”。
「これって……」
依頼分の内容を読んだオルレオが驚愕に顔を染めながら上げると、マルコと視線が合った。
「世の中、偶然ってのはあるもんだな」
肩を竦めたマルコがどこか困惑しながら、笑った。
さて、改めてテーブル席に移ったオルレオ達は三者三様に顔を突き合わせて驚いた顔をしていた。
「まさかの依頼かぶりとはね……」
最初に口を開いたのはエリーだ。
「あはは……でも、よかったと思うよ?行き先が同じだし!!」
フォローするイオネの声は逆に元気に満ちていた。
「エテュナ山脈なんだっけ?」
オルレオが確認するように口にすると。
「そう、正確にはエテュナ山脈にあるタティウス断崖」
静かに言いながらエリーは机の上に地図を広げた。
「エテュナ山脈のはずれにある大断崖の一つ。“異界の勇者様”が敵ごと山を真っ二つにして吹っ飛ばしたから出来たって伝承が残されてるほど古くから知られた土地で巨大な鉱床があることでも有名なの」
その説明を引き継ぐようにイオネも語りだす。
「特に鉄なんかに魔力を伝導させやすくしたり魔法使いの杖なんかにもよく使う“地霊硝”が多く産出されてるところなんだよ!」
「地霊硝?」
聞きなれない言葉にオルレオが首をひねる。
それを見たイオネとエリーは二人とも何かを話し出そうとして……、お互いに相手に気づいて視線を合わせた。
スッと目を閉じて先を促すイオネにエリーは小さく目だけで頷いて、再度口を開いた。
「“地霊硝”っていうのは、魔力を含んだ砂粒みたいなものでわりとその辺にあるポピュラーなものなの。それにほとんどの素材と相性が良いって特性があることから、あらゆる素材を組み合わせるときの接合材なんかによく使われるの」
「オルレオ君の新装備にもこの地霊硝が無くてはならない素材なんだけど、一番近い産出地のタティウス断崖が、ほら、魔物の残党が住み着いちゃってるってのがわかったから今は閉山しちゃってて……」
軽くほほを指で掻きながら、たはは……と乾いた笑いをイオネが漏らした。
「っで、他所から輸入しようとすると時間もお金もかかっちゃうから、ここは冒険者を雇ってお金だけかけて地霊硝を確保しよう!ってことで今日はオルレオにお願いしに来たわけ」
「なるほど」
オルレオは大きく頷くとエリーとイオネの二人の方を見て言い切った。
「じゃ、三人で行こうか」
何でもないことのようにあっけらかんとそう言うと、オルレオは「すいませーん、日替わりのディナーで」っと話は終わったとばかりに夕食の注文をしていた。
「……正気なの?」
「流石に依頼二つ一気は難しいんじゃないかな?荷物もかさばるだろうし……」」
対する二人は「何言ってんだコイツ」っとでも言いだしそうな目でオルレオを見た。が、そんなことをまったく気にしないでオルレオは笑った。
「荷物に関しては空間拡張バッグを買ったから大丈夫。それに……」
二人の目を見ながらオルレオは少しだけ背筋を伸ばした。
「エリーとは『護衛に付き合う』って約束してるし、イオネには装備の件で個人的なお願いを聞いてもらうわけだからさ、これぐらいしないと二人に悪いかなって」
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