アンブレイカブル!!

不破 雷堂

第1章 少年の旅立ち

第1話 師匠と弟子

 朱の空に硬質な響きがこだまする。


 日が完全に落ちきる間際の丘陵で、二人の男が打ち合っていた。


 否、正しくは一方的に撃ち込まれているのだが。


 攻め手の男は、20代といえば20代に、30、40代と言われても、納得ができそうな雰囲気を持った不思議な男だ。


 しかし、男の鍛えあげられた肉体と動きには衰えも未熟もない。一部の隙もなく、基本に忠実な剣技で怒涛の剣戟を繰り出している。


 対するもう一人は、まだ少年と言っていいような見た目だ。


 動きにも、緩慢さや未熟が見られ、相対者の一撃一撃を左手で持った大盾で必死の面持ちで防いでいた。

 男が手にした長剣を少年の大盾が受け止める、ただそれだけの繰り返しは終わりなく続き、一方的に少年がいたぶられているようにしか見えなかった。


 だが、少年は退くことも崩れることも、ましてや逃げ出すなんてぶざまなこともしなかった。


 男の打ち下ろしで膝をつきそうになっても堪え、振り上げの一撃でのけ反れば歯を食いしばって前を見据え、突きで後ろに吹き飛ばされても尻餅一つつかなかった。

 男はその様子を見るのがたまらなく楽しかった。サドの気があるわけではなく、単純に少年の―弟子の成長が嬉しいのだ。


 10年前に初めて会った時には、ろくに剣も持てず、盾を構えることすらできなかったというのに、少年は時と共に大きくなり、いまでは男の背丈さえも超え、そして男の基準からすれば、そこそこは強くなった。


 男よりも身体が大きくなった少年は盾役ディフェンダーとしての適性が見られるようになり、男は、少年に盾の使い方を鍛えるように指示し、あとは防御感を磨くためにただひたすらに仮想敵アグレッサーとして剣を振るい続けた。


 男は繰り出す一撃一撃を、どう防げばいいかなんて教えることはしない。少年自身にどう対処すればいいかを考えさせている。最初のうちはボコボコにしてしまっていたが今ではまあ7~8割は防げるようになってきているだろう。


 今日に至っては、一度たりとも有効打を受けることなく、受け、捌き、躱し、いなし、虎視眈々と反撃の機会を伺っている。


「そら、どうした、どうした。この程度も凌げないようなら、とっととおっ死ぬぞ」

 だからそう言って、男は連撃の速度を増した。


 男が繰り出すのは基本の技、およそ刀剣の類を用いる流派ならばいずこでも教えられる基本の9つの型しか繰り出さない。すなわち、真っ向、左右からの袈裟斬りと斬り上げ、左右の薙ぎ、そして突き。


 単純に思える基本技の合わせは、しかし熟練した男が繰り出せば千変万化する自在の剣線へと早変わりする。


 男の初撃は撃ち下ろし、踏み込みと同時に繰り出されるソレを少年は左へ躱し、ついでせまる逆袈裟へ斬り上げを大盾の上部を引くようにして受け流した。


 同時に、少年は男が剣を振れぬように距離を詰め、踏み込んだ脚に力を溜め、盾でカチ上げようと両の腕に力を籠める。


 刹那、男は剣の柄を盾に押し当て、少年が繰り出した一撃をいなし距離を取り、大きく隙を見せた少年に上半身を右にひねるようにして逆撃の突きをお見舞いした。


 しかし、それを予期したように少年は素早く盾を手前に引き戻し、後ろへと飛び退いて威力を殺した。


 一連の攻防を終えて訪れる一瞬の間、向かい合うようにして構えを整えながら、男は口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。


 少年が、腕や肩などの予兆を見切ったのか、それとも見てからの反射で上手く対応したのかはわからない。


 だが、己の弟子が日々成長していることだけは、はっきりと分かった。


 隠遁して一度は剣を捨てようかとも考えていた男ではあったが、何とはなしに拾った孤児が自身の想像を超えた成長を見せていく。今の男にとっては最大の楽しみだ。


 さて、次はもう少しだけ本気でやってみようか、と今まで以上に手数と打ち込む力を増していこうかと身体に力を巡らせた途端、少年が飛び込んできた。


 少年は師に浮かんだ隙を見逃さなかった。連撃を凌いだ瞬間に見せた師匠の笑みとわずかな構えのゆらぎ、師匠がギアを上げようとする際のわずかな隙を弟子である少年は待っていた。


 己の持つ大盾毎突っ込んだ一撃は男の余裕のバックステップで回避されたが、わずかに浮かせた盾を地面に挿すように降り下ろし、盾の持ち手を変え、横に構えるようにして左からの薙ぎ払いを放つ。


 それすらも余裕で躱し、こちらへ突きを穿とうとする師へと相打ち覚悟でこちらも盾を突き出す。


 結果、男の突きは少年のどてっ腹へと見事に吸い込まれていき、少年がふっ飛んでいった。


 対する少年の一撃も男の左肩を痛打していた。


 男は少年からの初めて有効打に困惑4分の1、反省が4分の1、そしてうれしさが半分といった具合で負傷度合いを確認していた。


 一方で、ズザァっと勢いよく後頭部から突っ込んでいった少年は地面を滑走し終えたとたん両手を天に突き上げるようにして跳び上がり、

「今の、今の一発ですよね!俺、師匠に一発いれましたよね!」

嬉しそうに破顔した。

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