第93話 最悪の告白
まるで重りでもつけている様に足が前に進まない。
ずるずると足をを引きずる様に歩いている。
帰りたくない……出来る事ならずっと凛ちゃんの家に居たかった。
美味しいご飯、温かいお風呂……いい匂いのお布団、ミイちゃんが……凛ちゃんが恋しい。
どんよりとした天気……冷たい風……スマホに表示されている雪のマーク。
今夜は雪の予報……。
お金もあまり無い……どこかに泊まる宛もない。
「何でこんな事に……」
思わずポツリと呟きふと気が付く……あんなに幸せだったのにって……。
泉と一緒に居られる事が、妹になった事があれほど嬉しかったのに、あれほど楽しかったのに……今は苦痛でしかない……。
きっぱり諦めた筈なのに、浮かぶのは泉の事ばかり……。
会いたくない……泉に会うのがこんなにも辛いなんて……。
故意に切っていたスマホの電源を凛ちゃんの家から出てすぐに入れると、画面に泉の着信履歴が数十件……メールも同じくらい来ていた。
どれも開かずに僕はゆっくりと家に向かって歩いている。
友達が居ない事がこれ程辛いと思った事はない。
家に帰る以外に選択肢は無い……。
寒空の中ゆっくりと家路につく……どんなにゆっくり歩いてもいつかは家に着
く、帰る所はそこしかない……。
そしていつもの3倍程の時間を掛け僕は家の前に到着した。
ポケットから鍵を取り出し家の鍵を開ける。
そもそもここは僕の家……なんでこんな気まずい思いをしなけりゃいけないんだとばかりに開き直り扉を開けた。
「お兄さま!!」
扉を開けると玄関に泉の姿が、泉はコートを来て今から出掛ける様な格好でその場に立っていた。
「……あ」
僕が何を言おうか迷っていると、泉は構わずに僕に近寄りそして……。
『パチン!』
僕の頬に痛みが走る……冷えきった顔に強い痛みが襲う。
親父にも殴られた事無いのに……なんてセリフが頭を過る……でもそれを言える雰囲気ではなかった。
泉の顔が……今まで見たことも無い形相だったから。
目は真っ赤に血走り、涙を浮かべ、眉間には深いシワが寄り、歯をくいしばっているのか? 口角が歪んでいる。
鬼の形相で僕の頬をひっぱたく泉……。
「し、心配……し、して……く……お、お兄さま……また……」
僕の頬を思い切り叩き、そのままの姿勢で泉は泣き始めた。
ボロボロと涙をこぼし、わんわんと子供の様に泣く……。
「ご、ごめん……なさい……」
今度は顔の……頬の痛みより、心の痛みが僕を襲う……。
「し、心配で……お兄さまの身に……何かあったらって……」
「……ごめんなさい……」
僕の事をここまで心配してくれていたなんて……あの目は、あのやつれかたは多分昨日は寝ていない……僕が凛ちゃんのベットで寝ている時、泉は……そう考えたら……僕は泉に謝り、昨日の事を悔いた。
しかし……泉の次の言葉でその全てが、怒りに、憎しみに変わった。
「こんな事……お兄ちゃんはこんな事しなかったのに……」
泉はそう呟く……そしてハッとして自分の口を塞いだ。
「……だから……なんだ……それがなんだ……」
「お、お兄さま……ご」
「お兄さまなんて呼ぶな! 僕は……僕は……お前の兄になんて……なりたくなかった!!」
「お、おに…………」
「うるさい! 僕が何をしようとお前にとやかく言われる筋合いなんて無い!」
何故だろう……あんなに恋しかったのに、あんなに好きだったのに……今は憎しみしかない……あんなに幸せだったのに……今は不幸しかない。
もう沢山だ、これ以上こいつの顔なんて見たくない……。
僕は泉を突き飛ばす様にして玄関から部屋に向かった。
これ以上一緒にいたら全てを言ってしまう……これ以上一緒にいたら……。
逃げ込む様に自室に入りベットの上、布団の中に潜り込む……今は一人になりたい……頼むから一人にさせて欲しいと祈る。
しかしその願いは叶わなかった……僕の部屋に鍵はついていないから。
布団の中で目を閉じて身体を丸める。落ち込んだ時、いつもこの態勢になる。母親の胎内にいるかの如く落ち着くから……。
でも今は一人ではない……このまま過ごせる筈は無い……泉が僕の部屋に息を切らして入ってくる。
「お兄……真君……」
久しぶりに名前で呼ばれた……ふん……「僕の名前覚えていたか……」
布団の中でそう呟く……そう悪態をつく。
黙ってやり過ごそう……そして明日謝ればまた元の関係に……兄妹に戻れる。
そう思い泉に頼み込む様に、そう願う様に僕は目を閉じた……。
「──真君……ごめんなさい、比べたわけじゃ無いの……ただ心配で」
でもそんな願いもむなしく、泉はそう言い訳をし始める……そんな事はわかっている、悪いのは僕だって、家族として心配するのは当たり前……。
だからこのままほっといてくれれば、明日になれば……そう思っていた……でも泉はこの場から僕の部屋から立ち去ろうとしない……。
いつまでも僕の部屋にベットの上にいる……僕は思わず布団を捲り起き上がって泉に言った。
「僕は……泉のお兄ちゃんじゃない……泉のお兄ちゃんの代わりじゃない……僕は僕だ!」
「……はい……ごめんなさい」
「謝るな!!」
「…………」
「謝ってなんか欲しくない……僕はそんな物は求めていない」
「……はい……」
ベットに腰かけている泉を見て……僕は再び怒りが込み上げる……どうせ何もわかっていない、僕の事なんて何も……。
クラスカースト頂点の人間が底辺の者の事なんて見てるわけが無い、僕の気持ちなんて全くわかっていない。
ほら、今も哀れみの様な泉の視線……そう……泉は常に僕を哀れんでいる……そんな目で僕を見ていた事に気が付く。
あははは、なんか……どうでもよくなった……もう……どうでも……。
僕はどうでも良くなった……もう兄妹とか家族とかどうでも……だから全てを打ち明ける……泉に全てを。
「あははは……知ってる? 僕はね……泉の事がずっと好きだったんだよ? どうせ僕の事なんて……今まで眼中になかったでしょ?」
僕は言った……ヘラヘラと笑いながら……泉に……最悪の告白をした。
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