第81話 危うく全てを手に入れる所だった……。


 妹と一緒に寝ながら手を繋いだ……暖かい手……柔らかい手……僕はその手をギュッと強く握る。妹も握り返してくれた。


 一緒のベット……一緒の布団……一緒に寝ながら手を繋ぐ。


 もう僕はドキドキしない……だって……これ以上は無いんだから……。


 恋人ならこの後どうなるんだって、ドキドキするだろう。一緒のベットに寝てそして手を繋ぐ……この後どうすれば良いのかって悩むだろう……抱き合うのか? キスするのか? それとも……もっと凄い事だって……。

 

 でも僕と泉は……いや、妹は……兄妹なんだ。だから、これ以上は無い……。


 安心して目を瞑る。一緒に寝て手を繋いだまま目を瞑る……目を瞑ると僕の頬に冷たい物が流れた。


 なぜだろう……欠伸もしていないのに涙が出た……。


 暫くすると隣から「スーースーー」と寝息が聞こえて来る。


 ああ……やはり……妹は僕の事を男として認識していない……妹なんだから当たり前か……。

 

 完全に理解した。そうなんだ……始めから僕はこれ以上近付け無かったんだ。


 中学受験の時知り合ってからずっと近付きたかった……でも泉はクラスカーストの最上位、僕はカースト最底辺……この距離は変わっていない……どんなに近付いてもこの距離は全く変わっていない……今でも、この時でも……。


 僕が今、泉の側に居られるのは……兄だからだ。泉の兄としてなら側に居られるんだ。泉の死んだ兄の代わりとしてならば……カーストの距離はなくなる。


 僕が僕で無くなれば……その距離は無くなる。


 だから僕は泉の前では僕を捨てると決めた。これからは泉の死んだ兄として、代わりとして生きていく……僕が泉に認識されるのはそれしか無いから……カーストの距離を無くすにはそれしか無いから。


 泉の死んだ兄に代わる為に今、僕は自分を殺した……そう……今、僕は死んだんだ。


 さっきからボロボロと涙がこぼれる。僕は妹と繋いでいる逆の袖で溢れる涙を拭った。

 

 僕の初恋は、告白もなく……終わり、僕は……僕自身を今……殺した……自殺した。


 でも……これでいい……これでずっと一緒に居られる。ずっと家族で居られる。

 

 これで泉の兄になれるんだ。ずっと一緒に居られるんだ。


 それが泉にとって、妹にとって一番なんだ……。



 そして僕達は……今…………本当の兄妹になった……。



◈ ◈ ◈ ◈



 翌日目を覚ますと既に泉はいなかった……僕はいつの間にか眠っていた。高そうな厚手のカーテンの為外が明るいのか暗いのかわからない。


 僕はどれくらい眠っていたのだろうか?


 とりあえずベットの上で身体を起こし暗い部屋を見回し時計を探す。


「……おはようございます」


 キョロキョロしていると扉の前から声が聞こえた。薄暗い部屋、扉の方向に目を向けると……メイド服姿の人が立っているのに気が付く。

 いつからそこに居たのか? そしてこの声とメイド服のシルエットで僕はその人物が誰だか直ぐにわかった。


「安桜さん?」


「……はい……おはようございます、こんなに暗いのによく私だとお分かりになりましたね? 声ですか?」


「あ、うん……声よりもイド服の着こなしでわかる」


「…………お着替えのお手伝いに参りました」

 安桜メイド長様は僕の言葉を無視し電気を点灯した。やはり僕が起きるまで待っていたのだろうか?

 しかし……ああ、今日も素晴らしいメイド服……あの着こなし……最高だよ…………え? 誰が昨夜自分を殺したって? いや……泉の……妹の前じゃないから良いんだよ、ああ、メイド様最高! これだけはこの思いだけは死なない。



「……着替えって?」


「はい……ご朝食前に奥様がお話したいそうなので……」


「お婆さんが?」

 そう言って僕は慌ててベットから立ち上がるとメイド長様は僕の目の前まで歩いて来る。そして僕の着ているパジャマのボタンを外そうとした。


「えええええ! な、何を!」


「お着替えのお手伝いです。宜しいですか?」


「いや宜しく無い、やるから、自分で出来るから!」


 僕はメイド長様が持っている服を奪い取る。


「あら……乱暴ですね…………お嬢様にはお優しいのに」


「え?」


「……昨夜はご一緒に寝られた様で……仲の良いご兄妹でいらっしゃいますね」


「!! いや……えっと……!」

 メイド長、安桜さんの顔を見上げると口元は笑っていた……しかし目は笑っていない……いやそれどころか凄惨と言える程の顔をしていた。


「……お嬢様とどういう関係なのか……お聞かせ願いますか? ……それによっては」


「……よ、よっては?」

 僕はごくりと生唾を飲んでその答えを訪ねる。


 そう言うとメイド長様は今度は満面な笑顔で持っていたネクタイを両手でピンと張った。


「夕食に七面鳥料理が1品増えます……」


「…………」

 死刑執行来たーーー! よ、良かった……泉に何もしないで……昨夜自分を殺しておいて……本当に良かった。


 僕は危うくメイド様に絞め殺され今夜の食卓に並ぶ所だった。


 誰だある意味本望だろって言った奴! 僕も少し……そう思ったぞ!!

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