第50話 入浴ニューヨーク

 

 泉に支えられ浴室に入る。僕は上半身裸、泉はバスタオル一枚で……泉の腕が僕の腕に絡まる。泉の肌が僕の腕に直接触れる。


 そんな状態にあって、僕は冷静だった。今ここまでは……だって意味が分からない、あの泉が、旧姓薬師丸泉と一緒にお風呂に入るなんて、これは夢か幻か。


 僕は今まで泉と何度もデートをした……何度もキスをした。何度も……全て空想の中でだけど……

 だから今回もその一つだと、現実では無いなにかなんだと、そう思っていた。


 でも違う、違うって分かる……だって夢には絶対に無かった感触が……僕の腕にあるから。


 今まで無かった、夢では全く無かった泉の感触が 今僕の腕には確かにあるから。


 そしてさらに夢では無かった匂いが、泉の匂いを僕は確かに感じている。


 まだお風呂にも入っていない泉から、いつも以上にいい香りが……バスタオルだけのせいなのか? いつも以上に良い匂いが漂う。


 なんで女の子ってこんなにいい香りがするんだろう。

 りんちゃんからも、愛真えまからもいつもいい香りがした。

 化粧や香水なんかじゃない、甘い香り……特に泉は本当にいつもいい香りがしていた。

 そう言えば前に聞いたことがあったっけ?「泉って香水付けてるの?」って、でも泉は「いえ、香水は滅多に付けて無いですけど……お兄様何か好きな香水とかあるんですか?」って答えていた。


 好きな香水なんて無い……と言うか、香水の銘柄なんて殆んど知らない。

 なんとかの5番とか、そう言うのがあるって程度の知識。


 じゃあ一体この泉の匂いはなんなんだろう?


 脳が痺れ蕩けそうに成る程の匂いが今僕の鼻から伝わる。


 腕には泉の肌の感触がそして……バスタオル越しに感じる胸の柔らかさ。


 視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚以外の全ての感覚で、今、泉を感じている。


 ああ、もう何がなんだか分からなくなってきた。



「お兄様、先に身体を洗いましょうね」


「は、はい!」


「じゃあまず座って下さい」


「は、はい!」


 いつも入っているお風呂場なのに、緊張が走る。足を曲げない様に泉にしがみつきながらゆっくりとシャワーの前の椅子に座る。


 泉は僕を抱く様に介助するって、あああああああああああああ…………


 バスタオル越しに泉の胸の感触が僕の背中をゆっくりと通過して行く。

 何? この柔らかい物質は……この世の物とは思えない感触……もう僕はどうにかなってしまいそうだ。


 右足を伸ばしつつゆっくり座ると、スッと胸の感触が背中から離れる。それと同時にとんでもない喪失感が僕を襲う。ああ、もう僕はもうこれが無いと生きていけないかも知れない……とまで思わされる。


「はいお兄様、シャワーかけますね」

 泉はシャワーを持つと温度を調節し手首にお湯を当てた。それを見て僕は前に床屋で聞いた事を思い出す。手のひらだと温度が分かりづらいので手首の内側で確認するって言っていた事を……流石泉だこう言う所は抜かり無い、僕は安心して泉に身を委ねた。


「うん、大丈夫」

 泉は手首にお湯を当てながらそう言うと、僕の背中辺りにシャワーをかけ始めた。


「熱くないですか?」


「あ、うん大丈夫」


「頭にかけますね、目を閉じて下さい」


「うん」

 もう僕はよく躾された犬だ、今犬の美容室でトリマーさんに綺麗にして貰っている犬なんだ。そう思う事にした。そう思わないと、もう僕はどうにかなってしまいそうだから。


「シャンプーしま~~す」

 楽しそうな、実に楽しそうな泉の声が浴室に響き渡る。それと同時に頭に泉の指先の感触が伝わる。

 ワシャワシャと髪を洗う泉、僕は目を閉じたまま、そのえもいわれぬ感触を堪能する。


 小さい頃に父さんに洗って貰ったのと、床屋でおじさんに洗って貰う以外僕の髪を洗う人なんて居なかった。美容室にさえ行った事は無い。

 母さんと一緒にお風呂に入った記憶さえ無い。今初めての経験だ、女の人に髪を洗って貰うなんて。

 僕の髪を、頭皮を泉がワシャワシャと10本の指を動かしながら洗う……あああ、なんて快感、なんて幸福感、女子に髪を洗って貰うのがこんなに気持ち言いなんて想像すらした事が無かった。


「痒いところはありませんかお兄様?」


「……だ、大丈夫だよ」

 お約束を言う事も出来ない程、僕はこの快感に酔いしれていた。


「はい、一回流しますね~~」


 僕は言われるがまま泉の指示に全て従う、別に両腕が怪我しているわけじゃ無い、座った後は泉を外で待たせる事も出来た。


 でも……言えなかった……言いたくなかった……もう僕は泉の感触を、この快感を知ってしまったから。


 好きな女子と一緒にお風呂に入る、アニメとかでもよくあるシチュエーションだ。不思議な光や怪しい煙に遮られ大事な所は見えない、でもそれが良いみたいな、そんな視覚ばかり、裸の事ばかり。

 でも実際はあんなあっさりした物じゃない。こんなにも生々しい感触があるなんて聞いてなかった。


「お兄様~~リンスしま~~す」

 そう言われ僕は一瞬鏡を見た。少し曇った鏡に映る泉の顔は笑顔に満ち溢れていた。


 今度は優しく泉の指が僕の頭を通り過ぎる。洗うと言うよりは擦り付けると言う感じだ。

 泉はいつも自分の髪をこう洗っているんだろうか? ここでいつも……

 お風呂上がりの泉とすれ違う度に想像しそうになった事が何度もあった。

 でも妹だから、妹のお風呂での姿を想像するなんて駄目だと、いつも頭を振って考えない様にしていた。


 もう駄目だ、もう今は想像してしまう、泉のお風呂場での姿を……だって……泉はどうやって髪を洗っているかを僕は体験してしまったから。


「はいお兄様、流しますね~~」


「あ、うん」


「お兄様みたいに髪が短いと楽ですね、私洗うの大変なんです、シャンプーの量もリンスも一杯使うし」


「へーー」


「へーーって! もうお兄様ったら、私の事にもっと関心を持って下さい!」

 鏡越しの泉は膨れっ面になっていた。いや、関心が無いって、そんなわけ無いじゃないか……だって……だって今僕は……


「そ、そんな事無いよ!」

 僕は慌てて否定する。そんな事無い、だって今僕は……裸でここに座って髪を洗う泉の姿を想像していたから……その姿を思い興奮していたんだから……妹なのに……妹のお風呂姿を想像して……僕は興奮していたんだ。


「うふふふふ、じゃあ今度は身体を洗いましょうね」


「身体……」

 髪の毛だけでこの状態だ、身体なんて洗われたら一体どうなってしまうんだろう……でも……僕は断らなかった、もうこの快感を断るなんて……出来なかった。




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