病に軽重あるものか🏥

 夏に受けた人間ドックの結果で今頃産業医から強制面談のお誘いを受けた。


 あ、しまった。


 人間ドックなんて言ってる時点でわたしが一定以上の年齢であると告げているようなものだ。


 まあ、いいけど。


 ウチの会社の産業医である門神先生はわたしが入社したての時からすでにおじいちゃんで、けれども容姿がまったく変わらずに歳を重ねている。

 その門神先生からこうして面談を要請されるなど初めてのことだ。


 それだけ人間ドックの結果がまずかったということなのだろう。


「エンリちゃん、なんか変わったことでもあったかい?」

「うーん、先生。心当たりはないんですよねー」

「うーん」


 実際体がダルいと感じることが急に増えたような気はしている。

 けれどもそれも日常となれば、わたしは一体自分の体のどの状態が普通のわたしだったのか、もはや思い出せない。


「先生。そういえば自分のベストな体調って、どんなだったか思い出せないんです」

「うーん。でもね、ほら、この数値」


 超個人情報なので、この場でどの臓器のなんの値かは控えさせてもらうけど、棒グラフ化したそれは、去年のが見えないぐらいに今年の棒が高くそびえている。

 正常値と比較しても、桁外れの倍数値だ。


「とにかく精密検査受けておいで。エンリちゃんが心配だよ」


 ・・・・・・・・・・・


 有給休暇を取ってこの街の一番大きな総合病院に来た。ほかにどこへ行けばいいか正直わからなかったし。門神先生が紹介状も書いてくれた。


「はい。じゃあ、まずは採血からですね」


 なんだか人間ドックと大して変わらないような気もするけれども、いわゆる検査専用の施設ではないので、外来患者さんが大勢いる。


 わたしが採血をしに行こうとしていると、隣で体温を測っていた高校の制服を着た女の子が看護師さんに声をかけていた。


「すみません。エラーが出ちゃいました」

「あら。じゃ、もう一回ね」


 リセットした体温計を受け取り、するん、と制服の胸の辺りの隙間から滑り込ませていた。


「はい。親指をぐっ、と握り込んで」


 わたしの目の前の看護師さんから指示されて我に返ったよ。


 その後わたしはレントゲン室やエコー室や一通りのところをくるくると回った。

 違うのはバリウムを飲む胃の検査がないことだけだね。


 検査の待ち時間になんとなくボンにLINEしてみた。


エンリ:あー。検査やだなー。結果怖いなー。

ボン :何があっても僕は受け止めますよ。


 いやいやいや。なんでこういう時に限ってこんな真面目なコメント返すんだよ? 『大丈夫ですよー。ヘラヘラ♪( ´▽`)』ぐらいのかるーい反応期待してたのに・・・

 まあ、これもボンのいいところではあるかな。


 検査が終わった。


 昼イチで結果を伝えるのでお昼食べてもいいよ、と言われた。


 お洒落なカフェも入ってるけど、なんとなく普通の食堂に入ってみた。職員用の座席と患者や来訪者用の座席が分かれている。

 そして患者・来訪者用のところが満席だったよ。


「お客さん、こっちでもいいですよ」


 食堂のスタッフさんに誘導されて職員用のテーブルへ。

 相席となったのは白衣を着た若い男性。医師なんだろうね。IDフォルダを見ると、『精神科・部長』となってる。この若さで! と思うのと同時に、イケメンだ! とも思った。


 精神科、っていう肩書きを見てわたし自身そう思ったのかな、なんとなく呟いてみた。


「いやー。精密検査なんですけど、なんだか不安で」


 邪魔くさいなとか思われるかと思ったけど、部長さんは丁寧に答えてくれたよ。


「そうですよね。不安ですよね。体調もすぐれないですか?」

「それが、一体わたしの本調子ってどんなだったかよく分からないんです」

「なるほど。では逆に、ものすごく小さい頃はどうでしたか。たとえば幼稚園ぐらいの時」

「幼稚園ですか・・・」


 わたしは記憶をたどってみた。

 ぱっ、と脳裏に浮かんだのは母方の実家に泊まりに行った時のことだ。

 多分幼稚園の年中の時だったと思う。

 従兄弟たちはみんな年上で優しく、数日間の滞在中、『早く朝が来ないかな!』と毎朝カーテンの隙間から朝日が差し込んでくると一日の始まりにワクワクしていた。

 朝が待ち遠しかった。


 この時の話を部長さんにすると、深く頷いてこう言ってくれた。


「立ち入ったことをお聞きしますが、あなたはいじめに遭ったことは?」

「わたしはないですけど、小学校の時、同じクラスの女の子が、『バイキンウーマン』って言われていじめられてました。いつわたしもそうなるかって怖かったです」

「・・・大人になった今はどうですか? 毎朝仕事に出かける時、楽しいと感じますか?」

「そうですね・・・楽しい、とは言えませんね。それに・・・別の会社の友達がパワハラみたいな感じに遭って会社を辞めたりしたので、なんだか漠然と不安ですね」

「なるほど。あなたの本調子は幼稚園の時の『朝が待ち遠しかった』、その時です。そうでない時は、つまりあなたは病気なんです」

「え」

「あ、いや。言葉が過ぎましたかね。でも、わたしはやっぱりそう感じます。朝目覚めて辛い。ワクワクしない。そんな状態が普通だと思わなくちゃいけないような世の中はやっぱり健康じゃない」


 目から鱗、って感じがした。


「でも、全員そんな感じだったらどうしようもないですね」

「そうかもしれません。でもわたしは医師として、世の中のすべての人が、心から人生を楽しめるような、そんな風にしたいという志があるんですよ。だから精神科を選んだんです」

「そうなんですか」

「ただ、今は目の前の患者さんに対して、向き合っていく日々です。医師のできることには限界があるって痛感してます」

「でも、先生はすごく立派だと思います」

「ありがとうございます。でもわたしは医師よりも本当は音楽家になりたかったんです」

「へえ!」

「音楽家、っていうとアレですね。ギター少年だったんで、高校の時に組んでたバンドで本気でデビューしようと思ってました。残念ながら埋もれたまんまでしたけど」

「先生が、バンドを・・・」

「わたしは人生が『楽しい!』と多くの人が感じるヒントは『芸術』にあると思ってるんですよね」


 芸術。

 わたしのワナビ投稿小説も、芸術を名乗れるのかな・・・


 午後、内科へ行って検査結果を医師から聞いた。


「数値は異常値で高いまんまですね。ウィルスなんかの感染症はありませんでした」

「はい。それで?」

「まあ、こっちの数値が高いのはこの数値が高いからそれに引きずられてるんだろうと思います」


 ???


「あの。だから、つまりそれって・・・」

「うーん。正直よく分かりません。様子を見て今後もっと体調に大きな変化があったら更に検査をするということでどうですか?」


 え。どうですか、って、わたしに訊いてるの?


「どうでしょうかね」

「はい・・・わかりました」


 こんなもんか。

 こんなもんなんだろうね。

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