正規・非正規?みんなハードワーカーさ!👍

 今日は仕事が早く終わったのでせっちゃんの『ダイナー』で夕暮れ時からゆっくりとコーヒーを飲んでる。


「ボン、ウェイターの仕事も板についてきたね」

「ありがとうございます、エンリさん。でもバイトですからねえ」

「何言ってんの、ウェイターとかウェイトレスって、イカした職業よ。ボン、わたしの憧れのウィトレスの話してあげようか」

「え、聞きたいです」

「あのね、中学の時に初めて友達同士で喫茶店行った時のことなんだけどね・・・」


 ・・・・・・・・・・・


「エンリー、何頼めばいいのさ?」

「知らないよ、ワンコ。子供だけで来るの初めてだもん。母さんと一緒に喫茶店行く時はホットケーキとレモンスカッシュとかだけどさー」

「お。ホットケーキ、いいねー」

「2つ取ると高いから2人で分けようか。で、肝心の飲み物は?」

「コーヒー、いっちゃう?」

「うんうん」


 この時、わたしとワンコは中1のゴールデンウィークで、見た目も中身も小学生とほぼ同じだったさ。

 まあ、初子供オンリー喫茶店だったから気合入れて一張羅のリーバイスのジーンズにコンバースのパッシュ、それからガンズ・アンド・ローゼズの銃とバラの黒Tシャツ着てさ。

 ワンコの方も同じ感じでTシャツはストーンズのベロ出しのやつで、女の子らしくスパンコールがついてた。


 どうせなら、と、普段行くパーラーみたいなところじゃなくって、いわゆる純喫茶店にしたんだよね。


「すみませーん、オーダーお願いしまーす」


『すみません』で事足りるものをカッコつけて『オーダー』とか言ってみたりして。


 そしたらそん時やって来たウェイトレスに度肝を抜かれたよ。


 上は真っ赤なブラウス、そして黒のタイトスカート。すらりと伸びる脚には黒の網タイツ、そして靴は真っ赤なハイヒール。


 化粧もすごい。


 マスカラで黒目と白目の区別がほとんどつかないぐらいでチークには紅を入れて、その代わりリップは抑えた淡いピンク。


 髪はアップでお団子。メッシュは入れてないけど、ちょっと不自然に黒いかな。


 年は・・・年齢不詳だけど、間違っても若くはない。


 そう! ティナ・ターナーか、山本リンダか、って感じ! ステキ!


 トレイを左手のひらで少し指を立てて持って、カッ・カッ、ってヒールを鳴らしてテーブルまでまっすぐな姿勢で歩いてきた。


「なんになさる?」


 ゾクゾクしたよ。

『なんになさる?』だよ。

 カッコいー!


「あの・・・ホットケーキ1つとブレンド2つ」

「かしこまりました。あなたたち、中学生?」

「は、はい」

「リーバイス、似合ってるわ。わたしも持ってるのよ」

「あ、そうなんですか」

「ふふ。ボタンフライのやつね。わたしはジーンズ履く時は下着をつけない主義よ。だから、ボタンフライの時だと、ほら、ね」


 ウィンクしてそのまま行っちゃった。

 カウンターの奥に向かって、


「ツーホット、ワンホットケーキ、ねがいまーす」


 全てがカッコいーよ。


「ねえねえエンリ。わたし将来ウェイトレスになろうかな」

「うーん、確かにカッコいーよね。なんか、ビッとしててさ」


 それから月に何回か通うようになったんだよね。


 彼女の名前は、稜子りょうこさん。そのうちにわたし一人でも行くようになったよ。


「稜子さん、仕事、大変?」

「そうねえ。まあ立ち仕事だからね。腰が痛くなるわね」

「あ。なんか年寄りみたい」

「みたい、じゃなくてわたし年寄りよ。年齢聞いたらエンリちゃん多分驚くわ」

「そのミステリアスなところもいいんです」


 こんな感じで行くたびに会話する間柄になってね。


 ある時家族全員叔父さんの娘さん、つまりわたしの従姉妹の結婚式に泊りがけで行ってさ。わたしは期末テストの期間中だったから一人留守番だったんだよね。

 金曜の夜で一人で寂しいから稜子さんの店に夕方から居座って、ナポリタンとアイスコーヒーで粘って、ついでにテスト勉強もそこでさせてもらって。


 閉店の時間が近づいて稜子さんがテーブル拭いたり明日の伝票に通し番号入れたりしてる時に何気なく訊いたんだよね。


「稜子さん、お給料ってどれぐらい?」


 口に出した瞬間、しまった! って自分の無礼さを恥じたけどもう遅かったよ。あわてて付け足した。


「あ、あの。わたしウェイトレスってなんかいいな、って思って。将来そういう仕事もアリかなあ、って」

「そう。いいわよ。聞きたい?」

「は、はい」


 そしたら稜子さんは口元をわたしの耳に近づけて、月の金額を言ってくれたよ。


「え・・・」

「ふふ。幻滅?」

「いえ・・・」


 その金額はさ、世間知らずのわたしでもやっぱり少ないな、ってちょっとショックな金額だった。


「わたしはパートだから。エンリちゃん、それでも女一人で生きてくとしたら、まあ、こんなもんかな、って感じではあるのよ」

「り、稜子さんは、『パート』って職業じゃないですよね」


 そう言ったら稜子さんはちょっとびっくりしたような顔して、それから微笑んでくれたよ。


「ほんとだわ。わたしは『ウェイトレス』だもんね。エンリちゃんのいうとおりだったわ」


 二人で話してると明日のモーニングの仕込みを終えたマスターがテーブルに歩いてきた。なんとなく3人で座って。んで、わたし、言ってみたんだ。


「マスター、稜子さんのお給料アップできないの?」

「エンリちゃん。俺は『マスター』じゃないよ。『雇われマスター』さ。俺もオーナーに雇われてる。ついでに言うと、時給制で稜子さんと同じ、パートさ」

「・・・・・」

「でも、エンリちゃんの言葉は斬新だな。そうさ。俺は雇われだろうとなんだろうと、お客さんにとってはマスターだもんね」


 稜子さんがタイトスカートの足を、くっ、と組んで言ったよ。


「そうね、マスター。わたしたちは、プロよね」

「ああ、プロさ」


 絵になるよ。


 もともと両親共働きだったし、母さんも体調崩したりしてわたしがご飯作ったりしなくちゃいけなくなって。

 だからその喫茶店にも段々と行かなくなって。


 高校入った時に一度行ってみたら、マスターも稜子さんも辞めてもういなかったんだ。


 ・・・・・・・・・・・


「という訳で、ボンの職業は『バイト』じゃなくって『ウェイター』だよ。誇っていいよ」

「うーん。いい話ですね。それでもやっぱり給料がなあ・・・せっちゃん、僕の雇用形態ってなんかなるもんですか?」

「ボン、ごめんよ、わたしがもっと収益上げるような経営できたらいいんだけどねえ・・・真剣に値上げ考えてみようかねえ」

「ボン、耐え忍んで」

「そんなあー!」

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