行っちゃう年、来ちゃう年🐕🐗
「ボン」
「ふわーい」
「大掃除終わった?」
「はい、去年」
「はあ?」
「僕は大掃除は4年に1度、ワールドカップの年にと決めてるんです」
「ああもう」
壁越しに話してたわたしは、ガン、とドアを開け、ガンガンガン! とボンの部屋のドアをノックしたもんさ。
「なんですか? 僕はポリシーを曲げませんよ」
「うっさい!」
ドアが開くと同時に
「わー、やめてくださーい!」
「
「そ、それは僕の大事なボードレールの詩集・・・」
「
「わー、それは見ないでくださーい!」
「
「僕に人権はないのかー!?」
「
ふう。
すっきりしたー。
足の踏み場ができ、掃除機だけで4年分の掃除を成し遂げた充実感にわたしは浸る。
「ふた部屋分の掃除したら疲れちゃったよ。ボン、年越しそばどっかお店に食べに行かない?」
「さすがに今日は混んでるんじゃないですかー?」
「じゃあ、作って」
「いや、です」
そういう訳で大晦日のお昼、寒空の下、わたしとボンはアパートの部屋を出てお蕎麦屋さんを目指して歩いたんだよねえ。
ほんとなら今頃2人ともそれぞれの実家に帰省しておせちやら作ってそれで学生時代の旧友たちなぞと近所のショッピングモールでちょっとだけ売れてるお笑い芸人を招いてのカウントダウン大売り出しなんかに行ってさ・・・
まあ、どっちもどっちか。
そもそも話は昨日の朝に遡るのさ。
・・・・・・・・・・
「ちょっと、ボンちゃん、エンリちゃん!」
「はーい」
一階に居住してる大家のおばあちゃんから呼び出されてなぜかアパート裏の機械小屋へ。
「これね。危ないんだよ」
「これって、給湯器ですよね」
「ああ、ボンちゃんの歳よりもずっと上だよ」
そりゃ確かに危ないわ。
「そんでね、この給湯器。2000年問題をまだクリアしてないんだよ」
「・・・・えっ?」
「だから、2000年問題!」
「えっと・・・2000年問題って、西暦2000年の元旦を迎えたコンピューターとかが誤作動しないかみんなで確認した、って奴だよね。なんか倫社政経の授業で習った気がするけど」
「そうだよ」
「今、2018年だよね」
「ああ」
「何で今? そもそも給湯器にコンピューターなんて搭載されてないでしょ?」
「エンリちゃん。タイマーがついておろう」
「まあ、そうかもね」
「タイマーに内蔵されたカレンダーが壊れておってな。今1999年の年末の状態なんじゃ」
「はい?」
「じゃから今度の元旦、何が起こるか分からん」
わたしらこそ訳が分からん。
「わたしゃ機械が全くちんぷんかんぷんなんじゃよ。ボンちゃん、エンリちゃん、すまんけど年末年始、アパートに残って大丈夫かどうか見届けておくれ」
「そんなこと言ったって・・・」
「もしこの給湯器がダメになったら買い替えにゃならん。そしたら家賃を上げざるを得ん」
「協力させていただきます」
・・・・・・・・・・・・
お昼はお蕎麦屋さんが大混雑。なんと待っている最中に蕎麦が売り切れ、お店の人が平謝りする中、年越しうどんを食べるハメになった。
元旦に備えてボンと2人でレンタルショップに行っても、観たい映画は軒並み貸出中。妥協に妥協を重ねて2人して借りたのが、
『ゾンビ・ボーズ、ニューヨークへ行く!』
どんな映画なんだ・・・
「エンリちゃーん、差し入れだよー」
一応気を遣ってくれてるらしい大家のおばあちゃんがわたしの部屋でコタツに入って神経衰弱をやってるボンとわたしに届けてくれたのは、モツ鍋。
大晦日にモツ鍋・・・まあ、安くて美味しいからいいんだけどね。
「エンリさん、そろそろですね」
「あ、そうだ。紅白紅白」
一応毎年観てるからなんとなくテレビをつけて。
「おつかれさまー」
と、缶ビールをカキン、とぶつけ合って、ボンとわたしのささやかな年越しの宴だ。
侘しいというか、2人きり、だよね。
「ボン。訊いてもいい?」
「はい。なんですか?」
「将来のこととかどう思ってんの?」
「エ、エンリさん!?」
「な、なに?」
「やっぱり2人の将来を意識してくれてるんですね!」
「違うっ! 純粋にアンタの将来を心配してんのっ!」
「僕の将来、ですか・・・」
「そーだよ。バイトだからどうとうかじゃなくって、せっちゃんだって若くないからさー。お店を永遠に続けられる訳じゃないからね」
「うーん。寂しいですけどね・・・」
「ボンの前の会社はさすがにひどすぎたけどさ。何かこう、福利厚生というか、病気になったりした時もそれなりに保険がある就職先というか」
「そうですよねえ・・・」
大晦日の夜にする話じゃないかもだけどわたしは割と真面目だ。
夜が更けていく。
缶ビールの缶も増えていく。
気がつくと紅白は紅組が大差で優勝。初出場ユニットの「かまってベイビーちゃん」が効いたようだ。
そのまま「ゆく年くる年」の鐘がテレビから流れてきてた。
「・・・エンリさんはどうするんですか?」
「え? わたし?」
「そうですよー。エンリさんだってずーっと今のままでいいやって思ってないでしょー?」
「大分酔ってるみたいだね。まあ、わたしもどんどん歳とってくしねー」
「結婚、しますか?」
「だーかーらー。好き好きだけで結婚できるのは若者だけから」
「そもそもエンリさんは僕のことどう思ってるんですか? 僕はエンリさんのこと、好きですよ」
「わたしは・・・」
嫌いじゃないさ。
嫌いじゃないから、ああいうこともした訳だし。
ん?
「エンリさん・・・」
「ちょ・・・ボン!」
ボン、酔ってるんだろうけど、えらい積極的だな。わたしも急に抱きしめられたからちょっと気持ちが高ぶりそうだしな。
「ボン、わ、分かったから・・・シャワーだけ浴びてきて・・・」
「は、はいっ・・・」
ボンがお風呂に入って行った。
どうなんだろうな。
わたしも漠然としか考えずに生きてきたけど。
親のこととか、まだどうとでもなるだろうって思ってるし。
ふう・・・
「つ、冷たーっ!!」
「ボ、ボン! 大丈夫!?」
ま、まさか、ほんとに2000年問題!?
と、思ってたら。
『わっ!!』
いきなり部屋が真っ暗になった。
「なになになになに!?」
素っ裸のボンを真っ暗な部屋に残してわたしは階段を降りる。一階の大家さんの部屋をノックした。
「おばちゃん、大丈夫!?・・・わっ!!」
懐中電灯を顎下から照らした大家さんがのっそりとドアを開けた。
このばあちゃんはほんとに・・・
「エンリちゃん、今自治会長から携帯電話に連絡が入ってね」
「うんうん」
「ほら、公民館でやってる『カウントダウン・アマチュアバンドライブ』ってやつで若い兄ちゃんがギターを叩き壊したんだって。そしたら楽器やら機械がショートしてこの辺だけ停電らしいよ」
・・・KISSの真似でもしてたんだろうか。
「あ、点いた」
「あー、よかった。わたしゃ毎年楽しみにしてるテレビが見れなくなるかと思ったよ。ほら、『
それじゃただの『にらめっこ』だよ。
しかも、この瞬間に新年になっちゃったし。
「ただいまー」
わたしが部屋に戻るとボンは生乾きの髪のまま放心状態でコタツに入ってブルブル震えてた。
「お湯、出たでしょ? 単なる停電だったみたいだから2000年問題もクリアだよね」
「エ、エンリさん・・・それ・・・」
「ん? わっ!!」
テレビの画面に坊さん姿のゾンビが映ってて、患者の内臓をムシャムシャ食べてた。
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