ラブコメって新米? 古米? 🌾
秋深し。
この街でもあちこちの地区や町内でそれぞれの氏神さまに豊作を感謝する祭囃子が聞こえる季節となった。
そしてわたしは焦っていた。
「まずいまずいまずいよ・・・」
なにがまずいかというと収穫されたばかりのお米がまずいという意味ではない。わたしの脳内設定がクリアできていないことに焦燥しているのよ。
「エンリちゃん、なにブツブツ言ってるの?」
おっと。ウォーキングしてたらいつのまにか日曜の朝っぱらから『ダイナー』に来ちゃった。夢遊病かい、わたしは。
「せっちゃん、聞いてくれる?」
「うんもちろん。何? 深刻?」
「ラブコメできてないのよ」
せっちゃんは、ぱかっ、と口を開いている。
予想を裏切らないその表情に、けれどもわたしはセリフを言い切らなくてはならない。
「わたし、自分の
「・・・ごめん、エンリちゃん。ボンと2人、若い人同士で話してくれるかしら」
ということで通勤・通学客のいない閑散とした店内で紙ナプキンを折っているボンの隣に座った。
「ボン」
「ええ、聞いてましたよ。エンリさんは『ラブコメ』ですか」
「そうよ」
「僕、『ハードボイルド』設定なんです」
わたしもせっちゃんと同じように、ぱかっ、と口を開いた。
そして、笑った。
「ぷ、ぷはははっ! ボ、ボンがハードボイルド設定!? んなわけないじゃなーい!?」
「笑える立場ですか? エンリさんだってラブコメのカケラもない生涯じゃないですか」
生涯なんていうと終わった感が強いからせめて人生と言って欲しかったけど・・・要はいい大人であるボンもわたしも完全に中二病で、わたしは自分を『ラブコメのヒロイン』、ボンはボンで『ハードボイルドのヒーロー』という設定を脳内で築き上げ日々の
「あー、おかしい・・・で? ボンはどんな妄想対応してんのよ?」
「クルトンちゃんが寝坊して家で朝ごはん食べそびれて、『ダイナー』でコーンスープを注文する時」
「うんうん」
「『お嬢さん、あなたが僕を見つめるハートのようにホットなスープ。心鎮めて、ヤケドしないように』って言ったりとか」
「え・・・いやあの・・・クルトンちゃんの反応は?」
「無言でお冷の氷入れて飲んでました」
「あのさ・・・もうそういうの言わない方がいいよ。ほんとに嫌われるから」
「は、はい・・・気をつけます・・・で、エンリさんは?」
「今年入社したばっかりの男の子と営業に出かける時とかコンビニでお昼食べるんだけどさ。その子がスイーツ好きでチョコとかおすそ分けくれるんだよね。『ありがとう。チョコって人の心を溶かすよね・・・わたしの乙女心も溶ける感じ』とか言ってみたり」
「・・・・エンリさんこそ、セクハラで訴えられますよ」
「うん・・・反省してる・・・」
「それでエンリさんはどうしたいんですか?」
「ラブコメしたいのよ」
「どういう日本語ですか・・・でもいいじゃないですか。職場にかわいい新人がいて」
「わー妬いてる」
「どこからその自信が・・・で、ラブコメしたいって具体的には」
「デート、とか」
「誰と」
「誰でもいいよ・・・あ、そうだ、ボンでいいよ!」
「やです」
「まあまあそう言わずに」
・・・・・・・・・・・・・・・
どうせお客さんも来ないからということでボンは午後の仕事はなくなった。稼ぎが減るとボンはわたしに不平不満を言ってたけれどもまあボンとわたしの仲だからね。
「エンリさん、どこ行きます? これじゃあ近所を散歩してるだけですよ」
「そうね・・・あ、あれどう?」
「ん・・・『
「うん。評判いいよ。リラクゼーションスペースがね、UFOの船内をイメージした光源と音楽で癒されるって」
「なんかチープ感漂いますねえ。それに着替えもなにもないですよ?」
「スーパー銭湯だから一式貸してくれるって。それに日曜の午後、風呂上がりのビールがうまいよー」
「なんか、全くときめかないデートですね」
ボンのコメントを無視してさっさと交差点を渡り、建物に入って行った。
「じゃあ、後でね」
「はい。なんか・・・神田川みたいですね」
ボンって若いくせに古い曲知ってるのね。
さてさて、一通りのお風呂はまあありきたりだね。でも新しいから気持ちいいや。おっと、それどころじゃない。脳内ラブコメを発動しようか。
『彼との初めてのデートは静かな峡谷の秘湯。逢瀬に備え、湯船で紅潮した肌を作り出す・・・』
なんか、ラブコメじゃなく不倫小説みたいになってる。
・・・・・・・・・・・・・
「あれ? ボンまだ上がってないのかな?」
お風呂を出て軽食スペースに来たけどボンの姿はない。結構長湯なのね。
しょうがない。その間にUFOのリラクゼーション体験しとこうか。
あ、スタッフさんいたいた。
「あの、UFOのやつって・・・」
「あ、ご希望ですか? じゃあ、このゴーグルとヘッドフォンをつけてそこのリクライニングシートへどうぞ」
あれ? なんかみんな普通に漫画読んだりスマホ見たりしてるただのリクライニングシートだけど。
「あの・・・」
「
「はあ・・・」
なんだ、VRなのか。安くあげてるわねー。まあ幻想的な映像と心地よい音楽が流れるんだろうな。じゃあ、くつろごっかなー。
『緊急事態! 緊急事態!』
ん? なにこれ。
『当宇宙船はプログラムミスにより残量酸素の計算式を誤認しておりました。不測の事態により供給可能酸素量はあと30分となります!』
はあ? どういう設定よ!
大体計算式の誤認ってそんなの『不測』でもなんでもない、ただの凡ミスじゃない!
っていうか、これ、リラクゼーションの筈だよね!?
『酸素含有可能性が1/10,000,000%の最至近の天体に緊急着陸します。酸素がある場合、大気圏突入により宇宙船の外壁が高温となり断熱材が溶ける可能性があります。皆さんご準備を!』
え? え? 何その天文学的な確率の低さは!
それに断熱材? 溶ける? ご準備?
何の準備!?
『ゴオオオオオオオオオオオオ! やった、大気がありました! 皆さん、ご安心ください!』
いやいやいや! 燃えてるじゃん!
わわわわ・・・視界が、まぶしー!
わー、燃え尽きるーっ!!!!
・・・・・・・・・・・・・・
「エンリさん! エンリさん!」
「ああ・・・ボン・・・遅いよ」
「一体どうしたんですか!? ゴーグルとヘッドフォンつけて仰向けで両手を宙に突き出して硬直して! 周りの人みんな異物を見るような冷たい視線でしたよ! ああ、恥ずかしい・・・」
ボン・・・デートの相手捕まえてそこまで言えるアンタ、凄いよ。
「みなさーん!
今度は何!? なんかスーツ着た支配人ぽい人が喚いてるけど。
獅子舞?
そういえばできたばっかりの銭湯だから秋祭りの獅子舞がご祝儀に来るのか。
なんだか忙しい風呂屋だなー。
「エンリさん、見てください。あの天狗」
「あ。かわいらしい・・・」
ボンが指差すとゆっくりとした太鼓囃子に合わせて獅子が入ってくるところだった。そしてその前を歩く天狗役は小学生のかわいらしい男の子だった。
そして、青年団の団長だろうか、支配人から封筒を受け取って口上を述べ始めた。
「目録ひとつぅー!」
「ヒョオーっ!」
「『
うわ。
盛り上がってきた盛り上がってきた。
口上が終わった瞬間に囃子衆は笛太鼓に鐘もハードコアパンクのようなスピードで鳴らす鳴らす、獅子頭はビートに合わせて歯をガチガチガチガチ、獅子の胴体もミック・ジャガーのように腰を振る振る!
そして天狗の男の子は、マイケル・ジャクソンもびっくりの華麗なステップでターンをくりかえし槍を振り回して獅子頭を突く突く!
「わーっ!」
「いいぞー!」
「ヒョーォウ!」
「かっけー!」
老若男女、お客さんは囃子の爆音と獅子と天狗の死闘に喝采を送る。
そして、さらにビートが速くなり、天狗一が旦逃げるシーンとなる。
『トトトトトト!』
地下足袋にド派手な極彩色の衣装で天狗の面をつけた男の子が、こっちに向かって走ってくる。
「あ」
ボンが恐怖の声を上げた。
「わわわわ。こっちはダメーっ!」
ボンの叫びも虚しく、天狗は獅子を引き連れてボンに向かって突進してくる。ボンの目の前で天狗は瞬間移動のようなサイドステップ。獅子頭がボンの眼前に現れる。
そして。
「わーっ!!!!」
噛まれた。
「痛い痛い痛い痛いっ!」
ボン、わたしはアンタが恥ずかしい。
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