第6話

「ケホッ!」


 土煙を吸い込んだためか、晶は大きく咳き込んだ。土煙の中、突然何者かに腕を引き込まれ、その瞬間に驚いて大きく吸い込んでしまったようだ。


 晶は、突然の出来事と咳き込んだ影響で半ばパニック状態になり、訳も分からずに体を大きく上下に振りながら腕を振り回していた。そして、その腕が何かにあたる。


「いてっ!」


 一瞬だが、むにっとした柔らかな感触が晶の拳を走った。小さいが、ゴムボールをつぶしたような感触だ。だが、同時に聞こえてきた悲鳴でなんだかすごく悪いことをしたかのような気分にもなり、晶は体を硬直させてしまう。


「触っていいって言ったけどさ、もっと優しくしろよ」


 少しずつ落ち着きを取り戻してきた晶は、ゆっくりと声がした方を確認する。そこには、蹲った翔太がいた。その両手は、自らの股間を包んでいる。


「ああ……ごめん……」


 翔太の痛がる様子を見て何となく事の状況を察した晶は、すまなそうにしながらも小さい声で誤った。しかし、晶はその柔らかな感触の正体を想像すると、うっかりと唇がゆがみそうになるので、慌ててこらえるのに必死になる。


「ちょっと驚かしただけなのに、ビックリし過ぎなんだよ」


「え? じゃあ、引っ張ったのって翔太なの?」


「当たり前だろ。他に誰がいるんだよ。ほら」


 そう言って、翔太は晶がいる逆の方を指さした。


 そこは、薄暗くて日の光の下から入ってきたばかりの晶には少し見づらい空間だった。真っ暗ではないが、詳細を知るには光源が少しばかり足りない。しかし、狭く二人が並んで何とか通れるほどの細長い通路が伸びていることだけは分かった。天井も低く、小学生の二人だからこそ立っていられるが、背の高い大人だったら屈んでいただろう。崖とは違い、壁は土で覆われてはなく、明らかに人口の素材だ。コンクリートとまた違う質感であり、触ると弾力性はあるが微妙なやわらかさも感じる。建材には詳しくない晶には何でできているか判断できない。そんな素材でできた通路が、どうやらかなり奥まで伸びている様子だ。奥の方は目が慣れてきてもはっきりとは見えてこない。


 よく分かったのは、そこには二人しかいないことだ。


「ほら、俺たちしかいない」


 晶が奥の方をじっと眺めているのを見て、翔太は若干の不服な気分を含ませながら言った。


「よかった」


 翔太の言う通り、そこには二人以外に誰もいない。


「でもさ、なんだよ、ここは? なんでこんなところに通路があるの? お宝は?」


「なんでだろう? 昔の防空豪華な」


「防空壕って?」


「戦争の時に使ってた、隠れる場所。爆弾とか落ちてきたら、そういう穴に隠れてたんだって」


「ふ~ん……」


 翔太は、晶の説明に興味なさそうに答えて両手を後頭部の後ろに持っていき、つまらなそうに奥の方を見やる。


「でも、防空壕って前に旅行先で見たことあるけど、もっと洞窟みたいな場所だったな。ここ、なんか違う。綺麗に造られてる。それに、そんな古そうじゃないし」


「じゃあ、なんだよ?」


「……分からない。今も使われてるちゃんとした場所じゃないかな」


「ちゃんとしたって、じゃあ、なんで入り口が崖で塞がれてたんだよ。あれじゃ、誰も入れないじゃん」


「……そうだね」


 晶は、これ以上何と答えればいいか分からなくなり黙り込んでしまった。


 翔太も、何も考えが思い浮かばずに腕を頭の後ろで組んだままじっと黙り込んでしまった。じっと通路の奥を見たまま、晶が喋り出すのを待っている。


 しかし、そこで翔太は不意に目の前に違和感に気が付く。


「……あれ? 奥の方が見えるよな」


「え? うん、見えるけど……」


 晶は、翔太が何を言いたいのか分からなかった。翔太の目線を追って晶も通路の奥に目をやるが、そこは薄らだが確かに奥の方が見える。ずっと長く単調に伸びた通路が。別に、何の装飾も障害物も見当たらない。気に留める場所は、晶には確認できない。


「なんでだ?」


「え? え、なんでって?」


「バカッ、よく見ろよ。照明がないじゃん。電灯も、火もないじゃん。ちょっと暗いけど、なんで先の方まで見えてんだよ」


「あ!」


 翔太に指摘されてようやく晶は状況に気が付いた。確かに、天井に電灯はなく、松明などの明かりもない。間接照明で地面の隙間が点灯しているというわけでもなさそうだ。もちろん、背後から差し込む日の明かりなど、通路入り口から少しだけの範囲しか照らしていない。それでいて、通路は仄暗いながらもある程度奥まで見通せている。


 不思議に思い、晶は恐る恐るだが少し奥の方へ足を踏み出す。


 日の光差し込む入り口からある程度離れた場所にきても、照明はないにもかかわらず薄ら自分の足元は確認できるし、奥の方がぼんやりと見えていた。晶の好奇心は恐怖心を覆い隠し、更に探究の手を動かせる。晶は、壁や天井をそっと撫でてみる。


「これ、ちょっとだけど壁が光ってるんだよ。蓄光石かな? それとも、蛍光塗料でも塗ってあるのかな? どちらも違う感じだけど。全部を蓄光石で作るなんて考えにくいし。蛍光塗料の光り方ともちょっと違うし」


 晶は、壁をさすりながらひとり呟いていた。その手つきは非常に念入りであり、素材の質感をじっくりと味わいたいと言いたげである。実際、晶の好奇心は目の前の素材に惹きつけられていて、少し興奮状態にあった。


「おかしいよ。蓄光石で明かりをとるなら、そもそも太陽光線や紫外線吸収させておかないといけないし。こんな外から奥まったところも光ってるとなると太陽の日もささないし、蛍光塗料ならこんな暗闇でブラックライトでもないと……いや、どちらにしても光り方が全然違うよ。絶対、二つじゃない。じゃあ、なんだろう?」


「なんだっていいよ」


 ぶっきらぼうに翔太がつぶやいた。その顔は、少し斜め上を向きつつ、唇を少し突出し目は半分閉じられている。腕を組んで体を少しばかりだが揺らしているところからも、翔太の様子が晶の発言に向いていないのは明らかだ。


「でも、翔太が不思議がってたから」


「そうだけどさ、それよりお宝だろ? この壁がお宝ならわかっけど、こんなの持って帰れないし、違うだろうし」


「そうだけどさ……」


 か弱い言葉を捻り出すしかなかった晶。お宝もそうだが、むしろ目の前の不思議に好奇心を揺さぶられているだけに翔太の態度は残念でならない。


「もういいから、先進もうぜ。お宝が待ってんだから」


 そう言うと、翔太は晶の反応を確かめる前に先へ進みだす。


 晶は、未練がましくもう一度壁に触れたが、すぐに翔太との差が開きそうになり慌てて小走りに駆けだした。



第7話に続く

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