第4話

 翔太と晶が住む梅田神岩町の町外れまでくると、そこから先はなだらかな住宅地とは急変し唐突に斜面が盛り上がって丘陵地帯を形成している。急斜面の岸壁はまるで街そのものを封じるような壁にも見られ、それから先の地域との何もかもを断絶しているかのようにも感じられる。実際は、壁沿いに南へ向かい隣町まで出れば斜面の大きな切れ目が走り込み、そこを大幅に削り取って向こう側へ横断する道はできているし、電車も通っている。しかし、梅田神岩町の人間からすれば。丘陵の向こう側に出るにはバスを使い隣町まで向かい、そこから電車に乗り込まなければならず非常に煩わしい位置にあるため、誰もが閉塞感を感じていた。また、隣の地域から丘陵地帯を上ろうとすると逆に比較的ゆるやかな坂が伸びていて梅田神岩町とは違い楽々と頂上へ登ることができる。そのために、丘陵の上は高級住宅地として宅地開発されていた。それがまた、大衆的な雰囲気の梅田神岩町と丘陵の向こう側との心の断絶を招く結果にもなっている。


 そんな町民の心を遮る絶壁を、翔太と晶は見上げていた。子供の二人にとっても、その存在は薄気味悪く畏怖の対象になっている。崖の頂には斜めに生えた木々が二人を見下ろして監視しているかのようにも見えてならないし、その木々に棲息した野鳥たちの鳴き声がギーギーと頭上から降り注いできて、二人達を威嚇しているようにも感じられる。ここまで来ると、民家もまばらになり公道からも少し離れているために人影はまばらだ。本当にこの崖を超えれば高級住宅地が広がっているのが不思議でならない。ゲームに出てくる魔王の城が建っている方が二人にはしっくりとくる。


 そんな大人でも事情がない限りは立ち寄りたくない場所でも、二人はおろかクラスメイトの何人かはここ数ヶ月で何度も訪れだしていた。そんな小学生が恐れも知らず立ち寄る理由が、『お宝』探しである。


「あそこで高柳君が見つけたんだって」


 晶は、地上から五メートルくらい登ったところにある崖の出っ張りを指さした。そこは、ほんの一メートルほど崖から膨れて突き出した場所だ。地上から見上げても、その突起した場所がどうなっているかは分からない。


 しかし、クラスメイトの高柳隆はその崖の突起地帯で宝玉『黄龍の目玉』を手に入れたという。


「どうやって登ったんだよ?」


 翔太が不服そうな口調で聞いた、


 確かに、翔太が疑問に感じる通りに崖は急角度で登るのはかなり厳しく、子供の力で五メートルほどの斜面を登れるとは思えない。隆がロッククライミングをやっていたなどという話も聞いた覚えはない。そもそも、隆は運動能力が翔太よりも劣り、その翔太もこの崖を自力で登れる自信はない。


「噂なんだけど、上から飛び降りたんだってさ」


「はぁ? 飛び降りるって……」


 晶の予想外の言葉を耳にし、翔太は二度ほど地上と崖の高さを確認した。どう見ても、ビルの高さで十階以上ある。十階のビルから飛び降りるのは、小学生でも自殺行為だというのは瞬時に分かることだ。翔太は、晶が冗談を言っているのかとも思えたが、そもそも晶から冗談を聞いたこともなくどう反応していいのかもわからなくなる。仕方なしに、顔をしかめて晶の顔を睨むしかない。


「そんな顔をされても、僕だって分からないよ。見た奴から聞いた話なんだから」


「飛び降りたところをか?」


「飛び降りたというよりも、飛んだっていう方がいいのかもね。なんか、フワッとして降りてきたとか。たぶん、別のお宝を見つけてたんじゃないのかな。それ使って飛んだんだよ」


「……チッ」


 翔太は晶の説明に一瞬間を開けてから舌打ちした。晶の予想が正しいなら、隆は既に黄龍の目玉だけでなく別のお宝も手に入れていることになる。そうなると、先を越されたのではなく、先の先を既に快走されているのだ。それに気が付くと、翔太はなんだか腹ただしくなって落ち着かなくなる。


「あいつ……悔しい!」


 翔太はやり場のない怒りをぶつけるかのように晶を睨みつける。自分の手には、お金さえ出せば買えるバクダンが二つあるだけなのに、既に隆にはお宝が二つも手中にある。お宝そのものを一つでも持っている人も学校全体を通してみたとしても数人程度だというのが実態だ。その事情は翔太でも知っている。それくらいにお宝を手にするのは簡単でない。それなのに、隆は既に二つのお宝を手にして翔太のずっと先を突っ放している。あのマラソンで負けたことのない隆に歴然とした差を付けられている。それが実感すればするほど、やり場のない怒りが膨張して晶を睨みつける目に力を込めるしかない。


「分かったよ。分かったからそんな目しないで。怒らないで」


 晶は怯えたように翔太の目線から逃れ体を大きく背けた。


「怒ってねーてっ!」


「……怒ってるじゃん」


「うるせーよ! さっさと見つけるぞ!」


 翔太は大股でグイグイと斜面の方へ歩き始めた。途中見つけた、少し大きめの石ころも蹴りつけて飛ばす。


 仕方なしに、晶も翔太の後を遠慮がちに追った。内心では、いつも以上に不機嫌な翔太に苦笑いを浮かべている。


 二人の目的は既に定められていた。二人が崖下に来るのは初めてではない。ここでお宝が見つかる話は既に何人かの人間に知れ渡っている。知れ渡っているからこそ、隆がお宝を見つけられたのだ。


 そして、二人の目的地は分かり易いほどに明確だった。


「ここだ」


 翔太がとある崖下の箇所で歩くのを止めた。翔太はじっと崖を見つめている。その部分だけが他と違い雑草がきれいに取り払われていて、斜面の地表がくっきりと露わになっている。そして、そこにはまるで斜面が大きな裂傷を負ったかのように、少し斜めにくっきりと亀裂が走っている。裂傷の横の深さは三十センチほどだろうか。手を突っ込めば、肘を少し過ぎたところまで入る。それほど深くもないように感じられる。しかし、稲妻が走りそのまま刻み込まれたかのようなその裂傷は、内側から雛が殻を突きぶち破ろうとしているような様に見えて不気味な様相を醸し出している。二人の脳内にも崖から何かが生まれてきそうな連想が浮かび上がっていた。


 翔太は、崖の亀裂に近寄り軽く拳で表面を叩いてみせる。ガンガンとしっかりとした感触が跳ね返ってくる。明らかに土が持つそれとは違う。硬すぎる。しっかりとした反発はコンクリートの感触に近い。子供の感覚からしても、この感触は首を捻ってしまう。


「やっぱ、おかしい」


 翔太は、崖の表面をなでながらつぶやいた。



第5話へ続く

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