第36話 黒衣装の男

「それじゃ、カナレ頼むな」

 カナレはレストランの控室で、猫の姿になると俺が裏口を開けて外に出してやる。

 カナレはそのまま家の屋根に飛び上がると、姿を消す能力を使って、人の目から見えなくなったが、カナレの見ている視界は、念話の能力で、俺の方に伝わってくる。

 その視界を見ていると、都会の屋根がすごいスピードで後ろへ飛んでいく。

 カナレはかなりの速度で、屋根を飛び越えているようだ。

 いつもは俺が背に乗っているので、ここまでの速度は出していないのかもしれないが、俺が乗っていないと、まるで空を飛んでいるような感覚になる。

 カナレは、あっという間に市ヶ谷の自衛隊駐屯地に着いた。

 そのまま、敷地の中を廻るが、特におかしいと思われるところはない。

 ビルの中はセキュリティが厳しいところもあるが、ビルの外から耳を澄ませば、聴力の優れたカナレなら、人の話し声ぐらいなら、聞く事ができる。

 それでも、おかしな話は聞けなかった。

「ご主人さま、どうしましょうか?」

 カナレが念話で聞いてきた。

 今はカナレと映像も共有しているので、カナレの見た景色が俺の脳内にも浮かび上がる。

「議員宿舎の方に行けるか?」

「了解です。そちらに向かいます」

 カナレがまた駆け出した。

 議員宿舎に来ると、いくつかの部屋にはまだ灯りが点いている。

 その一つ一つの中から、人の話し声がする部屋を見てみると、額に痣のある男の部屋があった。

 窓枠のところに隠れて、中の様子を伺うと、数人の男たちと話をしているのが聞こえてきた。


「高橋の方は処置しました。最後に暴れたので苦労しましたが、後々の問題となる事はありません」

「そうか、ご苦労だった。家族の方はどうした?」

「家族の方も同じです」

「それ以外は?」

「はい、あの公園に居た者は全て処置が済んでいます。警察の方にも手は回してありますし、上の方の家族も人質に取ってあるので、余程の事がないと問題にはならないでしょう」

「だが、未だにネット上にあの公園の事が出ているそうじゃないか。それに、この前は高橋の画像も出ていたぞ」

「そこについては申し訳ありません。アップロードしてくるのを見つけ次第削除しているのですが、小さな業者まではなかなか目が行き届かなくて」

「いっそ、ウィルスでも流すか。同時にランサムウェアも作って仮想通過の取引所にも送って、金を貰うか」

「ランサムだと、足が付く可能性があります」

「そうか、ならウィルスだけにしよう」


 やつら、コンピューターウィルスをネット上にバラ撒くつもりのようだ。

「交通機関、銀行、水道、電力、全てバラ撒けるか?」

「はい、現在どれもネットワークに依存しているので、それほど難しい問題ではありません」

「あと、証拠は残らないだろうな」

「そちらについては、海外のサーバーを経由させ、出所が不明のように装いますし、中国、北朝鮮の仕業にする事もできます」

「それで、決行は?」

「2月2日を予定しています。電力が必要な時期ですし、決算に向けて企業の繁忙さも最大限になってきた頃ですから」

「それでいいだろう。国会も丁度、通常国会中だしな」


 2月2日にインフラを標的としたコンピューターウィルス攻撃を仕掛けるらしい。

 2月2日といえば、冬の寒い時期だ。その時期にインフラが止まると、死人が出てもおかしくない。

 そこまで聞くと、大臣と話していた男が部屋から出て行った。

「ご主人さま、大臣の方を探りますか?それとも、出て行った男の方を追いかけますか?」

「出て行った男の方を追いかけよう。インフラにウィルスを流されると死人が出る可能性があるからな。そっちを阻止する方が先だろう」

 念話の能力でカナレに伝えると、カナレは男の方を追いかけた。

 念話の能力は大したもので、カナレの嗅覚も同時に伝えてくれるので、出て行った男の臭いもはっきり分かるが、正直あまり良い臭いとは言えない。

 俺もカナレを通して、自分の臭いを嗅いでみたいが、ショックを受けそうなので、それは止めておこう。


 男はビルの玄関に横付けされた黒い高級車に乗ると走り去り、カナレは姿を消したまま、屋根の上を追いかけて行く。

 そのうち、車はあるビルの地下駐車場に入った。

「カナレ、男は撒くつもりかもしれない。ビル全体に注意してくれ」

「分かりました。あっ、男が裏口から出て来ました。服も変えていますが、臭いで分かります」

 カナレの嗅覚が念話の能力でこっちにも伝わってくるので、俺にも同じ人物である事が分かる。

 男は近くの地下鉄の駅に入ると、電車に乗って5つ目の駅で降りた。

 今度はそこから、JRに乗り換え、3つ目の駅で降りる。

 この駅は俺の街の駅だ。なんと、男はこの街に帰ってきた。

 男はそこから歩いて5分ほどのマンションの中に消えた。

 カナレがそのマンションの中を調べたところ、10階の一番端の部屋に居る事が分かった。

 このマンションは10階建なので、男は最上階に居る事になる。


「ご主人さま、どうしますか?」

「屋上に上がれないか。そこから可能なら中の様子を探ってほしい」

 カナレはマンションの屋上に上がり、下の様子を伺っている。

 マンションのベランダにはいくつかのアンテナが設置されているが、それはTV用ではないことは一目見れば分かる。

 部屋の中からは、「ガー」とか「ピー」とかする音が聞こえており、どこかとの通信を行っているようだ。


「おい、斎藤、大臣は何と言っていた?」

「ああ、ウィルスは2月2日に拡散しろとの事だ。あと、死んだやつらの処置については、心配するなとの事だ」

「そうか、高橋もある意味気の毒だったな。しかも、家族まで…」

「今更、それを言っても仕方ないだろう。それに明日は我が身だ。

 ラッキーな事に、我々にはまだ石田兄妹の抹殺命令は出ていない。だとすると直ぐには死ななくてもいいと言う事だ」

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