第34話 近衛隊

 目出し帽を取ると、昨夜、俺の部屋に入って来た男だった。

「さて、まずは所属と氏名、それに目的を言って貰おうか」

「…」

「なるほど、言えないという訳か」

 俺は縛り上げている手を折った。

「ボキッ」

 嫌な音がするが、男は声を上げる事はない。それでも顔からは汗が噴き出ている。

「ふむ、声を上げないところを見ると訓練された人物と言う訳だな。では、ご期待に応えて死んで貰うかな。

 そうすると明日の朝、警察が来て、どこの誰か調べてくれるだろうし。

 おっと、警察もグルだったら、それもないかもしれないな。さて、どうしたものか」

「…」

「そうだ、交通事故にしよう。そうすると、相手もいるし、さすがに無しには出来ないだろうから」

「…」

「出来ないと思っているのか?さっき、俺がブランコまで投げたのを見ているだろう。ここから、道路までお前を投げるのは訳ないさ」

「わ、分かった。は、話す」

「ほう、では、所属は?名前は名乗らなくていい。俺には必要ないし、戻ればお前だって生きていないかもしれないからな。死んでいく人間の名前を聞いても仕方ない」

 その瞬間、男が「ギョッ」とした顔をした。

「なんだ、お前の組織は失敗したやつをのうのうと生かしておいてくれる組織なのか?

 お前は、話しても話さなくても失敗した時点で、将来は決まっているだろう」

「たしかにその通りだ。俺は、防衛大臣近衛隊所属の『高橋 洋二郎』だ。目的はお前の正体を探る事。力ずくでも構わない、生死を問わないという事だった」

「防衛大臣近衛隊なんてあったのか?」

「大臣が創設した」

「創設の目的は?」

「大臣の命令で、何でもやる」

「例えば、新聞社を襲ったりとか?」

「そうだ、あれは俺たちの組織の仕業だ」

「右翼への資金提供とかは?」

「あれは大臣から武器メーカーへ言って、武器メーカーが援助している」

「その代わりに武器を購入するという訳だな」

「その通りだ」

「その他には?」

「俺たちは武闘派だ。そちらの方しか知らん。政府内の方は大臣がやっている」

「なるほど、ところで、お前には家族は居るのか?」

「い、居る。妻と娘だ」

「そうか、可哀想に。恐らく、お前の家族は大臣に殺されているだろうな。

 お前が俺を見張っていたのと同様に、お前も恐らく見張られていただろう。

 失敗したお前の家族は、もう生きてはいまい」

「な、何?」

「このまま、お前を放してやる。もし、確認できるのであればしてみろ。ただし、生きていればの話だがな」

 俺は、「高橋」と名乗った男を放した。高橋の右手は俺が折ったため、ブラブラしているが、そのまま公園から駆けて行った。


 防御の能力だろうか、それとも攻撃の能力だろうか、俺を狙っているライフルがある事を俺の感覚が訴えて来る。

 俺は、公園に倒れている男の身体を起こし、その影に入ると、男の身体にライフルから発射された弾が当たるのを確認する。

 俺は、男の身体を放り出し、ジクザクに走り、木の間を走り抜ける。

 襲って来た男の手から逃げる時に外した鉄サックをライフルの方に目掛けて投げると、とても人の投げたものとは思えないほどの勢いで、鉄サックが飛んでいく。

 鉄サックはスナイパーの頭に当たると、その頭の形を変えると同時に、スナイパーが倒れた。

 視力も既に人のレベルでないほどの能力が備わっている。


 俺がアパートの部屋に走り込むと同時に、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

 きっと、誰かが通報したに違いない。

 だが、翌朝のTVでは公園で起こった事は放送していない。恐らく裏の力ってやつだろう。

 だが、この街の人の口に戸は立てられない。誰彼言うはなしに公園での事は知れ渡っていた。

 それでもメディアでは一切、この街で起こった事は放送されない。


 しかしネットでは、この事は囁かれている。

 特にSNSは誰かが書き込むと消えてしまうが、次にはまた別の人が描き込むといった状態になり、ネツトの上では公然の秘密になっている。

 俺も大学にある共有のパソコンから、例の高橋というエージェントを縛り上げた時に、スマホで録画していたものをアップした。

 それをアップすると直ちに反応があった。偽物だという意見と本物っぽいという意見だ。

 それに続いて、TVで録画していたものもアップすると、撮影者は誰だという事になり、この近所付近に動画投稿で一攫千金を狙おうとする目的の人が押し寄せる事になった。

 そうすると、防衛大臣も簡単に手を出せない。

 スマホやカメラを片手にしているパパラッチのような人が、あちこちに居るのだから、国としても対策が難しい。

 そんな中、1週間が過ぎ、カナレが帰ってきた。

 カナレは玄関からではなく、押し入れの中から出て来たので、理由を聞くと、俺のアパートの付近にスマホとカメラを持った人たちが沢山いたので、アパートの近辺で人の姿に戻れないと判断して、店の控室から来たという事だ。


「カナレ、どうだった?何か分かったか?」

「東富士演習場の中に特別組織が出来ていて、そこでは人殺しの訓練が行われていました」

「それは、例の近衛隊とかいうやつらだろう」

「それと、ミサイルや強力な武器もありました」

「狐はどこかと戦争でもするつもりかな?」

「それは、何とも言えません。

 ところで、何でカメラとかを持った人が沢山居るのですか?」

 俺は、カナレが留守にしている間の事を話すと、カナレと女神さまが怒っている。

「ご主人さまに。攻撃の能力を付与していて良かったです」

「えっと、今のは、女神さま?」

「はい、そうです」

「ちょっと、女神さま、今は私が、ご主人さまと話をしていたのです。邪魔しないで下さい」

「ご主人さまの事を心配しているのは私の方が上よ」

「いいえ、私の方が上です」

 俺は溜息を吐く。

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