第15話 狐

 俺とカナレはアパートに帰る時に通る公園に来た。

 この公園は、近くで殺人事件があってから、夜に通る人はほとんどいない。

 だが、この日は公園の中に人が居た。

「ご主人さま、あの女の人から警察官が殺された所で嗅いだ臭いと同じ臭いがします」

「あの女の人が殺人者だと言うのか」


 俺とカナレは、その女の人を避けるように通ろうとしたが、女の方から俺とカナレの方へやって来た。

「お話があるわ」

「俺とカナレにはありません」

「その化け猫の事でも?」

「…」

 俺は黙った。

「ふふふ、心当たりがあるようね。何も嗅覚や聴覚が優れているのは、猫だけじゃないわ」


「それで、ご用件と言うのは?」

「そうね、休戦協定かしらね」

「休戦協定?」

「そう、私のする事に関わらないでほしいの。反対に私もあなたたちには関わらない。どうかしら?」

「そんな事が信じられるとでも?それにあんたのしたい事とは何だ?」

「そうね、私のしたい事は復讐。人間への復讐ね」

「何んだって!何で復讐なんて」

「それは、人間的に言えば、話すと長くなるわ」

「なら、俺もそのうち殺されると言う事だろう?」

「あなたはその猫が気に入ってるようだから、殺さずにいてあげる。でもその猫も人間に殺されたのに、人間になってまで、その男を慕い続けるなんてね。

 私も色恋沙汰まで分からないほどの唐変木じゃないわ」


 それを聞いた俺はカナレを見た。

 カナレは、化け狐の言葉を聞いて震えている。

「私が死んでいようが、生きていようが、あなたには関係ありません」

「そうね。でも、その男には本当の事を言った方が良いのではないの?私が代わりに言ってあげたじゃない」

「そんなの余計なお世話です。

「そうね、それは悪かったわね。でも、いいかしら、私の邪魔はしないで、いいわね」

 その時に女の顔を見たが、前の男と違って、痣はなかった。

 女は若く、10人に聞けば10人が美人と言うだろう。それほど、美しい。

 女は言う事だけ言うと、俺とカナレの前から去って行った。


 俺とカナレはアパートに帰ってきて、ちゃぶ台を挟んで向かい合っている。

「カナレ、ご飯にしようか。マスターから賄い物を貰ったので、タッパーに入れてきたんだ」

「ご主人さま、さっきの狐が言った事を信じていますか?」

 俺の質問に答える事なく、カナレが聞いてきた。

「カナレが死んでいるか、生きているかという事か?カナレが死んでいる訳はない。だって、ここに居るんだぞ。死んでいるなら何故ここに居る事ができる?」

「本当です。さっきの狐が言った事は本当なんです。そして、私を殺したのはあのストーカー男です」

「…」

 俺は次の言葉が出なかった。

「私は、あの男が目の前に現れた時、ご主人さまとの生活が続くなら、復讐なんてしなくても良いと思いました。

 だけど、あの男は私たちの生活に踏み込んで来そうでしたが、私は念術で、どうにか出来ると思っていたのです。

 ですが、既にあの男は狐に憑かれていて、念術は効かなかったのです」


「カナレはどうして死んだんだ?それにどうしてここに居る事が出来る?」

 俺は疑問に思っていた事をカナレに聞いた。

「私が公園に居ると、鳴き声でも聞いたのでしょう。あの男が通りかかりました。

 あの男は私を抱き上げると、そのまま河川敷の方に行きました。そして、卑屈な笑いをすると私の首を絞めて殺し、亡骸は川へ放り投げました。

 死んだ私の魂は、女神さまが拾って下さり、天国へ行かせてくれると言いましたが、私はご主人さまの所に居たいと訴えました」

 カナレの話を俺は黙って聞いている。

「女神さまは『人間界に残るという事は、化け猫と言われるようになるかもしれませんが、良いのですか?』と聞かれましたが、私はご主人さまと居る方を選びました」

「何故、カナレは俺と一緒に居る事を選んだんだ?」

「それは、運命でしょうか。私が『この人と一緒に居たい』と思ったからです。ご主人さまと離れてはいけないと思ったんです」

「それだけなのか?」

「それだけです。理由になってませんか?」

「うん、なんだか恋人たちの話みたいになっているが、俺とカナレは人と猫だ。結ばれる間柄とは思えない」

「そうですね、ご主人さまの言われる事は良く分かります。

 だけど、前世か更にそれより昔なのか、私はご主人さまと一緒だったような気がします。

 だから、またご主人さまと一緒に居たいと思ったのです」

「つまり、以前カナレは俺に飼われていたと言う事か?」

「そう思います」


「カナレが、あのストーカー男を殺したのは、復讐もあったのか?」

「ご主人さまと一緒なら復讐はしなくてもいいと思っていましたが、私の心の奥には復讐したいと思う心があったとしても否定はしませんし、あの男は既に人間ではなくなっていました」

「さっきの女の人も既に人間ではないのか?」

「恐らく、あの人も、もう人間ではないでしょう。その証拠に狐に操られていました」

「狐は人の身体に憑いて、その人を操るという事か?」

「そうです。憑いた当初は、人間の欲望のために働きます。ストーカー男は狐が憑いて、それほど時間が経っていなかったのでしょう。

 なので、ある程度の自由意志がありました。でも、さっきの女の人は既に狐が身体を乗っ取っていました」

 その話を聞いて、カナレの身体はどうなのか疑問に思った。カナレの魂も誰かの身体に憑いたものだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る