第91話 vsラブのコメ消滅宇宙大連合

 ビシビシッ!


 針の側を向けて飛来してきたコンパスを、それぞれ両手の指でつまむように、咄嗟にキャッチするクラウド。

 その方向を見ると、フォロースルーをしている雨森ブラザーズの姿が。


「おい……。ブラザーズ、どういうつもりだ?」


 対するブラザーズは、その問いに答えず。


「マントを」

「はっ!」


 クラスメイトの男子生徒から、かいがいしく差し出された黒いマントを受け取ると、ブラザーズはそれをバサバサッと羽織りながら教壇の上に並び立つ。


「おいおい、そりゃなんの冗談だ?」

「無礼者! ここにおわす方々をどなたと心得る! 我らが『ラブのコメ壊滅世界連合』の統領、雨森北斗皇帝陛下と、雨森南斗大将軍であらせられるぞ!」


 男子生徒の前口上を受け、ブラザーズはクラウドに向かって言い放つ。


「たった今から、オレらはお前に宣戦布告する!」

「……は?」

「この前の戦いで、お前はよーく頑張った。だから、晴海ちゃんとイチャイチャするのは許してやる。本当に頑張ったもんな」

「だが、まさか雪姫ちゃんまでたぶらかしていたとは、断じて許せん! これは、万死に値する!」

「いや、オレは別にたぶらかしてなんか……」

「問答無用!」

「お前だけがモテるのは、納得いかーん! オレら、『ラブのコメ消滅宇宙大連合』は、全勢力を上げてお前の幸せを叩き潰す!」

『うおおおおおおおおおおーーーーーっ!』

「逆恨みもいいとこじゃねーか! しかも、組織の規模がめっちゃデカくなってるし!」

「あと、お前のせいで『おっぱい相対性理論』も立証できなくなったからなー」

「どうしてくれんだ! 謝れ、このやろー!」

「知るかーっ!」


 しかし、ブラザーズは余裕の表情で。


「ほっほう、オレらにそんな口の利き方をしていいのかな?」

「オレらはお前が、雪姫ちゃんのおっぱいを触ったという疑義情報をつかんでいるぞ」

「な……に……?」


 それを聞いて、ギクッとするクラウド。

 雨森ブラザーズは、手持ちのボイスレコーダーのスイッチを入れる。


『ううう……、白鳥さんのおっぱいを触ってしまって、ごめんなさい、ごめんなさい……、おしりの穴に竹串をいっぱい刺しますから、かんべんしてください……』


「この前、3人でアトランティスの謎を徹夜でやってた時に、お前が寝落ちして言ってた寝言だ」

「これが、どういう事か説明してもらおうか」

『事と次第によっては、殺す!』

「蔵人くん……、どういう事?」


 ブラザーズやクラスメイト達のみならず、晴海からも詰め寄られるクラウド。


「オレの寝言って、いったい……」


 事実だけにうまい言い訳が思い付かず、ダラダラと油汗をかきながら後ずさるクラウド。

 絶対絶命のピーンチ!


「あの~、三雲くんは晴海ちゃんを裏切るような事は、絶対なさらないと思うのですが……」


 そこへ、おずおずと手を上げながら、雪姫が話に割って入る。

 当の本人が、まったく被害をこうむった様子でもないので、ブラザーズやクラスメイト達は。


「まあ、お前にそんな度胸はミジンコもないよなー」

「おい」

『ちっ、このヘタレが!』

「おいっ!」

「あたしは最初から信じてたよ」

「晴海……」

「だって、蔵人くんにそんな甲斐性があるわけないもん」

「おーいっ!」


 とはいえ、雪姫のフォローのお陰でなんとかごまかす事ができて、一安心のクラウド。

 見ると、雪姫が周りに気づかれないように、人差し指を唇に当てて、クラウドに向けてウインクをしてみせている。

 その可憐な姿にクラウドは、白鳥さんマジ天使、晴海と付き合ってなかったらオレ絶対惚れてるなーと思った。


「まあ、オレらもこの寝言がお前の妄想でしかないとは思っていたが、これが事実かどうかは大した問題ではない」

「?」

「どっちにしろ、これを全校放送で流したら、既成事実になるからなー」

「本気かっ!? 汚ねーぞ、お前ら!」

「汚い? 卑怯? それは、負けた奴の負け惜しみ」

「敵の嫌がることをとことん突き詰めるのが、戦略というものだ」


 ぐはははは、と悪人笑いをするブラザーズ。


「くそーっ! この猛毒キノコどもがっ!」

「蔵人くん……、ブラザーズくんたち……、あんたたちホントに親友なの?」


 晴海のツッコミもおかまいなしに、ブラザーズはフオオォと怪鳥のような威嚇音を発しながら。


「昨日の友は、今日の敵じゃー!」

「真のラスボスとは、どういうものか教えてやるぜー!」

「このまま、ラブコメ展開で終われると思ったら大間違いだぞー!!」

「てなわけで、みんな後よろしくー!」

「あっ、待ちやがれっ!」


 言いたい放題言いながら、教室から飛び出すブラザーズを追うべく扉に向かうクラウド。だが、そこに1-1の男子生徒たちが立ち塞がった。


「頼む、そこどいてくれ!」

「ことわーる! 我々、ラブのコメ消滅宇宙大連合は、全力で陛下たちのサポートをする!」

「たとえ、この命に代えたとしても!」

『ハイル、雨森っ!』

「あいつら、どんだけカリスマなんだよ!?」


 こうしている間にも、ブラザーズは放送機器がある場所に到達してしまう。そうなると、クラウドの高校3年間は暗黒に包まれる事になるだろう。

 焦るクラウド。すると、雪姫がしずしずと男子生徒たちの前に進み出る。


「みなさん、道を開けていただけないでしょうか。わたしにとって、三雲くんは大切なお友達なのです。どうか、お願いいたします……」


 祈りを捧げるように、ひざまずく雪姫。その天女のような儚い姿を見た男子生徒たちは。


「白鳥さんのためなら、よろこんで!」


 先ほどまでの忠誠心はどこへやら、目をハートマークにした男たちは、モーゼが海を割ったかのように、雪姫の前に道を開けた。


「ありがとう、白鳥さん!」


 すぐさま、ブラザーズの後を追おうとするクラウド。


「蔵人くん、あたしも行くよ! 相棒のピンチを放ってはおけない!」

「すまねー、晴海!」

「だって、あれが放送されたら、蔵人くんのあだ名が『ちかん』か『やきとり』になりそうだもん」

「ううっ、面目ねえ……」

「2人とも頑張ってくださいね~」


 雪姫に手を振って見送られる、クラウドと晴海。

 だが、2人の前にグリーンベレーと迷彩服を纏い、物干し竿を持った戦士が、先ほど開かれた道をふさいで立つ。


「へへっ、ここを通す訳にはいかないね」

「ニワカくん!?」

「谷若……、なぜだ!?」

「ここを通りたけりゃあ、ラブのコメ消滅宇宙大連合の四天王の一人、『ストライクイーグル』こと、この谷若鷲羽を倒していく事だなっ!」


 ムラサメ小隊の副隊長兼(以下略)のニワカは、棍をヒュンヒュン振り回し、ビシッと決めた。


「四天王だと!?」

「雪姫の祈りが通じないって、どういう事? ニワカくん、やっぱりアッチなの?」

「いや。あいにく、俺は夏山派なんすよ」


 えっ……と、ニワカの思わぬカミングアウトに、たじろぐ2人。


「ま、俺は単なるファンってだけなんすけどね。人の恋路を邪魔するような野暮な真似はしたくないっすが、とりあえず任務なんで、足止めさせてもらいましょーか」


 すると、クラウドはニワカに歩み寄ると、手のひらを上に向けてスッと突き出す。


「なんだ、三雲? その手は?」

「その物干し竿の代金、まだ貰ってねえ」


 ニワカが手にしている物干し竿は、この前の戦いの際にクラウドから譲り受けた、三雲雑貨店の商品『如意物干し竿』である。


「えっ! 金取るのか? くれたんじゃなかったのかよ!」

商売人ばいにんが、そんな生っちょろい事するわけねーだろ」

「しっかりしてんなあ。じゃあ、払うよ。いくらだ?」

「税込、五千五百円」

「高っ! ぼったくりじゃないか!」

「れっきとした定価だ。だが、ここを通してくれるのなら、その竿はくれてやってもいい」


 長年の願望であった如意棒を手にしてしまい、既にこの棒無しでは生きていけない身体になってしまったニワカは、苦渋の決断を下す。


「くっ、通れ!」

「サンキュー、谷若」

「ごめんね、ニワカくん」


 道を拓いたクラウドと晴海は、急いで関門を突破する。

 やれやれと苦笑いしながらも、どこか晴れやかな顔をしたニワカは、グリーンベレーを脱ぎつつ2人の後ろ姿を見送った。



 *



 第二校舎の廊下をひた走る、クラウドと晴海。

 上沢高校の館内用の放送設備は2箇所あり、1つは放送室、もう1つは職員室。

 さすがに、ブラザーズも教師がたむろする職員室の放送設備は使えないだろうという事で、2人は放送室へ向かう。


「ニワカくん、自分を四天王って名乗ってたね。ということは、あと3人誰か出てくるのかな?」

「多分な。ブラザーズは『真のラスボス』とか言ってたから、ラスボス前にボスラッシュがあると思う」


 そんな会話を繰り広げていると、階段の手前でブラザーズが風神雷神のような格好で待ち構えていた。


「追いついたよ、蔵人くん!」

「いや、あれは釣り野伏せだ! 気を付けろ!」


 まったく親友を信用していないクラウドに、ウキウキぺディアで『親友』の定義を調べたくなる晴海。

 すると、天井の空調ダクトのフタが外れ、クラウドと晴海の前に、上から紫色の忍者装束の男が現れた。

 目出し帽子で顔を覆った、どこかで見たようなその人物とは。


「うわ、雷也!」

いな、服部雷也ではござらん! 拙者の名は『しのびますく』! らぶのこめ消滅宇宙大連合、四天王が次鋒でござる」

「雷也くんが2人目!?」

「正体バレバレなのに、押し切るつもりか!?」

「くらうど! この前の対決はうやむやになってしまったでござるが、今度こそ雌雄を決するでござる!」


 シノビマスクは全身に力を漲らせ、戦いの構えをとる。

 晴海はすぐさまパチンコでクルミを放つと。


 ドゴォ!


 シノビマスクの股間に炸裂した。


「ふ、不覚……。拙者の出番はここまででござる……」


 最後のセリフを残しながら、崩れ落ちるシノビマスク。


「あれ? あたし、ヘッドショット狙ってたつもりだったんだけどな」

「まあ、結果オーライという事で」


 だが、その光景を見たブラザーズはたいして動揺もせずに。


「フフフ、そいつは四天王の中でも最弱……」

「ラブのコメ消滅宇宙大連合のツラ汚しよ……」

「お前ら、絶対そのうち友達なくすからな!」

「雷也くん、ごめんね~」


 ピクピクしている雷也を置き去りに、クラウドと晴海は逃げる雨森ブラザーズを追って、階上の放送室へと向かう。

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