第46話 晴海の想い

「え? なんで?」

「だって、口を開けばこんなことばっかり言ってるんだもん、あたしって変だよね?」

「うーん、どうだろなあ……」


 変と言えば変だが、夢に向かってまっしぐらなスタンスは悪いとは思わないので、明言を避けるクラウド。


「ほら、あたしこんな性格でしょ。昔は友達がいなくてね、いつも1人ぼっちだったんだ」

「え、そうなのか? インディコみたいに明るい娘なら、友達たくさんいそうだけどな」

「女の子の間では浮いてしまってたし、男の子には女だからって相手してもらえなかったから。だから、雪姫と出会うまでは、本当にあたしは世界に1人きりだって思っていたの……」


 晴海の意外な告白に、クラウドは何もかず、静かに耳を傾ける。


「……あたしは、クラウドくんがうらやましい。友達がいっぱいいて。ブラザーズくんたちと雷也くんとか」


 ブラザーズは赤ん坊の時からの熟成され縁だし、雷也はクラスが一緒になった時に、おもしれー奴だと思って、すぐに仲良くなりに行った感じだったなと思い出すクラウド。


「あとは、雹河くんだって……」

「氷室? オレと氷室が友達だって!?」

「ほら、ケンカするほど仲が良いって言うじゃない。あれだけお互いの感情をぶつけられる人なんて、そうはいないよ」

「まあ、あんなバカみてーに張り合って来る奴は他にいないけど、うーん……」


 クラウドは微妙な顔をしながら、手元にあった石をポチョンと湖に投げ入れる。

 月が写った水面に波紋が広がる。


「あたしも、そういう友達がいっぱい欲しいな……」


 思えば晴海が、仲間になった山瀬を敵から必死に守ろうとしていた事も、草薙に友達と言ってもらって涙ぐんでいたのも、そういう背景を知れば納得がいく。

 出会った頃は、無茶苦茶な言動に閉口したものだが、今ではすべてが晴海の魅力と思えるようになっている自分に気づく。

 ここは一発、ガツンと元気になってもらいたい。


「まあ、インディコが変か変じゃないかで言えば、変だよな」


 クラウドにはっきり断言され、ガクッとなる晴海。


「うー、やっぱり、クラウドくんもそんな風に思ってたのね……」

「それに、自分の事を美少女冒険家って言ってたけど、変じゃなきゃ言わねーし」

「あ、あれは、目指してるってだけで、あたしがそうだというつもりでは……」

「でもまあ、正直オレの周りにゃ変な奴ばっかだぜ。ブラザーズはお笑いコンビ、雷也は自称忍者、氷室は厨二病。それに、オレの親父は雑貨屋だけど、変人発明家という事で東町でも有名だしな」

「えー……」


 自分もその中の1人だと言われてるようで、追い打ちをかけられる。

 普通ここは、変じゃないよ、大丈夫だよと慰めるところじゃないのかなあと思う晴海。


「だけど、オレはそれらは1人1人が持つ、大事な個性だと思ってる。だから、変だなんて気にする必要は全然ないし、笑う奴は笑わせとけと思うんだけどな。それに……」

「それに……?」

「ノーテンキ冒険隊の仲間たちは、もう、お前の事をみんな親友だと思ってるぜ、当然オレもな」

「クラウドくん……」

「山瀬さんと草薙さんとも仲良くなったんだろ? オレも力になるから、これから仲間をどんどん増やして行こうな」

「うん……。ありがとう……」


 こんな自分でも受け入れてくれる。

 その気持ちが嬉しくて、涙腺がゆるむ晴海。


 そして、ウルウルの瞳を向けられ、照れるクラウド。

 これで、少しでも励ましになれてたらいいな、と心から思う。


「クラウドくんは、本当に優しいね……。今も、ずっと前からも……」

「ずっと前から?」

「あたしとクラウドくんは、昔会った事があるんだよ。知ってた?」


 晴海の突然の言葉に、クラウドは驚く。

 こんな可愛い娘に会った事を忘れるはずがないが、クラウドは記憶の糸を手繰り寄せる。

 だが、記憶の片隅にも残っている気配がない。


「ごめん……。覚えてない」

「そうよね。だいぶ昔の事だし、あの時はバタバタしてたもんね」


 晴海は納得した様に、それでいて、寂しそうに言った。

 そして、2人の間から会話が絶える。

 せっかくのフラグを折ってしまったクラウドは、何か明るい話題はないかと、再び話題の矛先を変える。


「あー……そういえば、白鳥さんってどんな娘?」


 その質問に、晴海はしばらく考え込んでいたが、ニヤッと笑って。


「やっぱり、クラウドくんも雪姫の事が気になる?」

「あ、いや、インディコの親友だから、どんな感じの人かなと思って」

「そうねえ、とてもふんわりしている可愛い娘よ。でも、ちょっと世間ずれしていて、1人にしておいたら危なっかしいところがあるかな」


 ただでさえ危なっかしい晴海に、そうまで言わしめるとは、よっぽどだなと思うクラウド。


「そして、とっても優しい娘よ。誰もあたしの事を見てくれなくて、もう友達なんていらないって思っていた、そんな時だったの、あの子と出会ったのは」


 晴海は目を閉じて、語り始める。

 幼い頃の情景を、まぶたの裏に映し出す様にして。

 大きな家に忍び込んだ事。自分と同じく独りぼっちの雪姫との出会い。その日の内に仲良しになった事。冒険ゴッコをしてたら迷子になった事。

 雪姫と過ごした思い出の日々を、湧き出る泉の様に紡ぎ続けた。


「それからも、他の子はあたしの相手をしてくれなかったから、親友と呼べるのは雪姫だけだった。嬉しい時も、悲しい時も、あたしが無茶をした時も、いつもそばにいて微笑んでくれて。雪姫が居てくれるだけで、あたしの心は救われていた」


 そして、晴海は大切な宝物を抱くように、自分の胸の前で拳を握る。


「あたしが心折れずに、冒険家の夢を持ち続けることができたのも、雪姫のおかげ。だから、あの子に何かあったら、今度はあたしが助ける番だとずっと思っていたの」


 夢から覚める様に、晴海はまぶたを開く。

 晴海の雪姫に対する想いの強さを知る事ができ、クラウドは晴海はけなげな女の子なのだなと、改めて感じた。


「クラウドくん、雪姫のこと好きでしょ?」

「え?」


 思いもよらない言葉を、ビーンボールのように投げつけられ、ポカンとするクラウド。


「ブラザーズくんたちから聞いたよ。雪姫はクラウドくんの好みのストライクゾーンど真ん中だって」

「あいつら……!」

「無事に雪姫を助ける事ができたら、あたしが紹介してあげよっか? 親友のあたしの推薦だから、きっとうまく行くはずよ」


 以前なら諸手を上げてお願いするような申し出だが、今のクラウドはなんとなく気乗りがしない。


「いや、オレは特に白鳥さんの事が好きってわけじゃ……」

「雪姫を一目見た男の子は、みんなあの娘に恋をする」

「!?」

「だから、別に恥ずかしがったり、遠慮なんてしなくていいんだよ。雪姫はあたしなんかと違って、とっても素敵な娘だもん。顔も性格も可愛いし、そして……」


 おっぱいもあたしと違って大きいし、と言いかけて、言葉を飲み込む晴海。


「それに、クラウドくんなら、安心して雪姫を任せられるよ」


 そう言って、晴海はニコッと笑う。

 だが、明るく振る舞っているようで、どこかさみしそうな晴海の姿に、なぜかクラウドは胸を締め付けられる思いがする。

 なので、クラウドは思ってることを正直に、少々恥ずかしいので絞り出すように伝えた。


「そんな、自分を卑下するような言い方すんなよ、らしくないな。オレは、インディコはとても素敵な女の子だと思ってるよ」

「クラウドくん……」


 晴海はクラウドの肩に、こてっと頭をもたせ掛ける。

 一瞬ドキッとするが、心の拠り所を求めている、今の晴海を無下にする訳には行かない。


「そっか……。クラウドくんは、あたしの事をそんなふうに思ってくれてたんだね……。でも、クラウドくんにとって、本当にあたしは魅力あるのかな?」


 潤んだ瞳で見つめながら、晴海はクラウドの心に追る。

 晴海は目を閉じると、心持ち顔を上に向けた。


「インディコ……?」


 もしかして、これは世に聞く、キスして体勢なのか?

 クラウドは、どういう風にしたものか良く分からないので、とりあえず首を右や左に傾けたりする。

 キスは鼻から息を吸いながらする物だ、とか本で読みかじった知識が思い浮かぶ。

 ていうか、まだ付き合ってもいない女の子とキスしちゃっていいのか?

 晴海は羞恥に耐える様に、体が小刻みに震えている。

 ええいっ、ままよっ!

 クラウドは、晴海の両肩を抱いて、ゆっくりと唇を近づけた。


(三雲、お前は彼女と釣り合ってない様に見えるがな……)


 突然、雹河の言葉がクラウドの脳裏に響く。


 オレは晴海と釣り合ってない……?


 クラウドはその考えを打ち消す様に頭を振るが、クラウドの心に疑惑の渦が巻く。

 可愛くて、優しい心を持っていて、夢に向かってひたむきで前向きな晴海。

 眩しい程に輝いて見える彼女に対して、強くもカッコ良くも、大きな夢も何も持っていない自分が、ちっぽけでつまらない存在に思えてくる。


 こんな、あやふやな気持ちでいいのか?

 この先、ずっと彼女を守ってやれるのか?


 だからといって、流されるままにキスが出来るような男でもない。

 明確な答えを見出だせないまま、深い思考にはまるクラウド。

 短いようで長い時間が過ぎさる。

 気が付くと、クラウドを見つめる晴海の双眸には、大粒の涙が浮かんでいた。


「やっぱり、あたしじゃ、ダメなの……?」


 図らずも、晴海の気持ちを拒絶してしまったクラウド。

 いたたまれなくなった晴海は、クラウドの手を振りほどいて立ち上がり、涙を流しながら走り去る。

 違う! そうじゃない!

 クラウドも、立ち上がって後を追おうとしたが、晴海を傷付けてしまったという自責の念で、声を出すことも足を動かすことも叶わない。


 晴海を、泣かせてしまった……。


 その場に1人取り残されたクラウドは、ただその場に立ちすくむことしかできなかった。

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