第31話 愛すべき隣人の為に。


 ユーヤ君はオレの手の甲に手を重ねて、ソレはソレは愛おしそうに言う。



「チャラけてて、優しくて、楽しくて、そんな石神サンが石神先生で良かった。

石神サンの部屋に入って、あの空間に触れて、俺は本気で そう思ったんだ……」



 あの小狭い汚ぇ段ボール部屋を見て?



「俺が愛してやまないあの曲達は この部屋で生まれたんだって、

そう思ったら感動が止まらなかった。

海も砂浜も無いけど、」



 そんなの この辺にゃねぇでしょ。

なに言ってんのよ、この子は?



「どんな所からでも あの音達は生まれて来る。

石神サンのいる所から、全部、生まれて来たんだ……」


「ユーヤ君……」



 ユーヤ君の大きな目がオレを見上げて見つめて、

『あぁ、カワイイなぁ、やっぱり』って思っちゃうオレ、もぉどーしょもないわ。



「俺は、石神サンの全部が好きなんだ」


「……」



 解かってる。分かってる。オレの音楽性が賞賛されてるってコトくらい。

でもね、大好きな顔と大好きな声で こんなコト言われちゃったら、

『口説かれてますよ』って、脳ミソが錯覚 起こすんだ。

ものっそグッチャグチャに弄ばれてますよって、オレ。



「石神サンが石神亮太郎を辞めたいなら ソレでも良い。

でも、作曲を辞める何て言わないで……」

「……、」

「俺、何でもする。ゴハンも作る、石神サンのお世話、全部する」

「ぃゃ、あの、」

「カノジョ作っても我慢する」

「は?」

「どうか、俺のそばにいてください」

「!」



 ギュゥゥ……っと腰にしがみ付かれて、何度も何度もオネダリ。



(どぉ、すれば、イイんだ、ろ?)



 こんなアイドルもどきのカワイ子チャンに拝み倒されて、

ソレでも プライスレスのプライドで振り払う何て出来るだろうか?



 い や 、 出 来 な い ダ ロ 。



 だって、なけなしだもん。

なけなしじゃ、この情熱的な告白を振り払うコトは出来ない。



(オレの男心は、洗いざらい丸っとユーヤ君に絆されてしまったんだから)



 そんな一騒動の後に、オレは再び機材を取り戻し、

頂いた30万の札束を業者に返金すると言う、何とも無駄な時間を過ごしたワケで。



*



「良かったぁ! コレからも石神サンとコレからも お隣りでいられる!」


 草臥れた段ボールと機材が散らかるオレの部屋で、オレはユーヤ君の作った親子丼をつつく。

何コレ、めっちゃ美味いんスけどーー!!


「つっても、どーかなぁ……いつまでココにいられるやら、」

「何でです?」

「……まぁ、大人の事情がイロイロと。ねぇ」


 仕事が無いんだよ、結局のトコ。

結局のトコ、機材 売らなきゃ来月の家賃とか諸々が払えない文無しなのよ。

でも こんなコトを言えば、ユーヤ君は実家に連絡してパパにオネダリかますんだろね。

そんなコトされたら、惨め過ぎて首くくるしかなくなっちゃうのよ、オレ。


(バイトは見つけねぇと。アクセク働かねぇと。

そんな中で どんだけの曲が作れるかっつぅ話だわ……

オレの名前が轟くトコなんて どっこにもねぇから、音源 送りつけるトコから やり直し。

コレまでの人生、全部 仕切り直し)


 オレは傍らを見る。

肩が触れ合う位置に寄り添うユーヤ君の楽しそな顔に、違う意味で腹くくる。



「曲は、書くよ。ユーヤ君の為に」



 表に出なくても、金にならなくても、

ユーヤ君の耳にしか届かない、そんな小っさなサウンドでも。

キミが笑ってくれるなら、



「はい! 俺は石神サンの為にピアノを弾きます!」



 キミのその笑顔だけで、オレは何度だって蘇えるんだ。


愛すべき、隣人の為に。





And that’s all?

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