第37話 死闘

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9月5日(水)午後6時1分


 逃走エリア縮小の放送が流れたと思ったら体育館にガラスの雨が降り注いだ。

 床を転がる石。

 どうやら誰かが石を投げ込んできたようだ。


「凛花」

「うん」


 体育館の壁に寄り掛かって奈緒と話をしていた私は、奈緒と顔を合わせた後、飛んできた石を拾うために立ち上がった。

 幸いガラスの下には誰もいなかったのでケガ人は出ていない。


「なにそれ?」

「さあ?」


 石には、紙が巻かれていて取れないようにテープで留められていた。

 私は頑丈に貼られたテープを剥がし、折りたたまれた紙を広げる。すると、そこには『扉を開け!』と書かれていた。


「きゃっ」


 次の瞬間、奈緒の可愛い悲鳴と共に2階の窓ガラスが次々と割れ出した。

 窓ガラスの破片と私が手に持っている石の雨とが体育館に降り注ぐ。


「なんなんだ一体!」


 この騒ぎは何事かと国竹が正面の入り口から外に出て行った。

 国竹さえいなくなれば恐れるものは何も無い。


 現在、国竹以外の警察チームのメンバーは、大吾を除いて全員揃っている。ここにいる人の中で私たちと本気で敵対しようと考えている人はいないはずだ。


 いや、1人だけいる。克也と小町の母、麻紀だけは何度か国竹と話をしていたからどちらの味方か判断がつかない。


 だが、これだけの人数がいれば1人ぐらいどうってことないだろう。

 よしっ。


「みんな! 扉を全部開いて! 投げ込まれた石に貼られてた紙に書いてあったの! きっと太郎さんが私たちを助けに来たんだよ!」

「マジか!」


 横になって目を閉じていた清や恭子の脱落後から酷く落ち込んでいた健三。

 私たちに近寄ろうともしなかった奈緒の母、拓海が鉄の扉を開いていく。


 私の母、真登香も2面あるバスケットボールコートの片方の鉄の扉を開いていた。

 私と奈緒もギギーと音を立てながら重い鉄の扉を1枚ずつ開いた。


「太郎さん、小町ちゃん」


 扉を開いた正面、数メートル先に斧を持った太郎と鎌を持った小町がいた。

 正面の入り口の近くには槍? を持った由貴の姿もある。


「助けるわよ!」

「はい!」


 由貴が太郎と小町にそう言うと、2人が私たちの扉の方に走ってきた。


「どけ! まずは俺を助けろ!」


 後ろから強引に割り込んできた清の衝撃で、私と奈緒はまとめて横に吹き飛ばされた。

 その清が真っ先に太郎に触れてもらい、お礼も言わずに去って行った。

 健三と拓海は、その間に小町に触れてもらって無事解放された。


「凛花ちゃん、遅くなったけど助けに来たよ」


 太郎が私の腕に触れてそう言った。

 再び逃走可能になりホッとしたのも束の間。


「いやーーーー!!」


 隣のバスケットボールコートから悲鳴が聞こえてきた。

 目を向けると母の真登香が国竹に首を掴まれていた。両手で首の根っこを掴む国竹。

 腹からは血が流れている。なんで立っていられるのかも不思議な状態だ。


「うるさい、喚くな、耳障りだ。ふんっ」


 ゴギッという聞いたことの無い不快音と共に真登香の首がありえない方向を向いた。


「おかあ、さん?」


 国竹が母の首から手を離して辺りを見回す。


「なにをボケっと見てるんだ! 早く捕まえろ!」


 国竹の怒号が体育館に反響する。

 その声を受け、麻紀が私と太郎と小町がいるステージ側の鉄の扉に向かって走ってきた。

 同時に国竹も大量の血を流しながらこちらに向かって走りだした。


「凛花、逃げて!」


 奈緒が私の背中を押した。

 しかし、私はあまりに突然の出来事で頭が追いついていかなかった。


「お母さんが……」

「凛花、行くよ!」


 小町が私の手を引いて太郎と一緒に体育館から出た。


 外は雨が降っていた。

 いつもなら日も落ちている時間なので気温も低い。雨が体の熱を奪い、真っ白になった頭を冷やしてくれた。


 私たちは体育館の角を曲がり、校舎の方に向かった。

 校舎の中には入らず、曲がり角を何回か曲がって追ってきている麻紀と国竹を振り切る作戦だ。


「はぁ、はぁ、振り切れたかな?」


 小町が校舎の壁に手を付き呼吸を整え、フラグを立てるようなことを言った。


「そうだといいんだけどな。まさか麻紀が真っ先に追ってくるとはな」


 麻紀は太郎の妻だ。小町の母でもある。

 太郎や小町を追いかけてきたということは、家族だろうと敵対する意思があるということだろう。


 冷えた頭でそんなことを考えていると、足音が聞こえてきた。

 雨音に紛れて聞こえずらいが2人から3人はいる。


「小町ちゃん、その鎌ちょっと借りてもいい?」

「えっ? 別にいいけど」


 小町から鎌を受け取った。

 植物を刈るために使う鎌。それを私は人に向けることに決めた。

 母を殺した国竹が許せない。母には何の罪も無いのに。だから殺されて当然だ。


「見つけたぞ!」


 母のかたき、国竹が現れた。手には太い木の枝を持っている。

 国竹の登場から少し遅れて麻紀もやってきた。これで3対2だ。


「麻紀、やめてくれ。家族でこんなことおかしいだろ」

「何もしなかったら私も克也も死ぬのよ。あなたはいいわよね。ただ逃げれば生き残れるんだから」


 麻紀が国竹の横に並んだ。

 一方、こっちは縦に並んだ陣形で国竹に鎌を向けた私が1番前。やや斜め後ろに斧を持った太郎。太郎に隠れるような形で小町が様子を見ている。


 雨脚が強まってきた。

 髪が濡れ、服が濡れ、体が冷えて手先も足先も冷たい。余計なことは考えなくていい。今やることはたった1つだけ。

 私から母を奪った張本人を私の手で裁くだけだ。


「うおーーーー!」


 木の枝を振り上げ、国竹が突っ込んできた。

 私も国竹に向かって走りながら鎌を後ろに引いた。


「!?」


 左肩に今まで経験したことの無い痛みが走った。信じられない痛みに目から涙が出てきた。


「ぐああああーーーー!!」


 叫び声を上げた国竹。

 木の枝を手放し、左腕があったであろう箇所を押さえていた。


 そう。国竹の左腕は、私の持てる力全てを使った全力の一振りによって切断されたのだ。

 私は痛みに苦しんでいる国竹の背後に回り、喉元に鎌の刃を当てた。


「やめ、やめでぐれ」

「自分の時だけそうやって。私のお母さんも奈緒だってそう言ったんじゃない? それでも国竹さんはやめなかった。あんたみたいな最低な奴は死んで当然だ」


 私は思いっ切り鎌を振り上げた。

 すると、国竹の頭から勢いよく血が噴き出した。

 力が抜けて座り込んだ私の顔や服にも血が飛び散っているが、すぐに雨が洗い流してくれた。


「凛花!」


 小町の呼び掛けに振り返ると、私の背後に麻紀がいた。

 一体いつの間に? 国竹に意識を向けていたせいで全然気が付かなかった。麻紀が私の背中に触れようと手を伸ばす。


 ここでまた捕まってしまったら今度こそ助けに来てくれる人なんていないし、そもそも時間が無い。

 麻紀の手から逃れようと体に力を入れるが、全然動かない。国竹に食らった一撃が痛すぎる。


「ああああ!」


 断末魔にも似た震えた麻紀の声。

 麻紀はそのままうつ伏せに倒れて動かなくなった。あと数センチ前に倒れていたら私に届いていた。本当にギリギリだった。


「危なかったわね凛花」

「由貴さん……」


 バチバチと音を立てて光っている物、恐らくスタンガンを右手に持った由貴が、倒れた麻紀の後ろから現れた。

 由貴が助けてくれたようだ。


「麻紀はどうなったんですか?」


 太郎がそう言い、小町と一緒に倒れた麻紀の元に集まってきた。


「死んでは無いわ。気絶しただけよ。私はここで殺してもいいんだけど」


 由貴が左手に持っていた園芸支柱の先端に付いている包丁を麻紀の背中に向けてそう言った。

 太郎が下唇を噛んで麻紀を見下ろす。


「まあいいわ。それよりもここを移動しましょう。これ以上雨に当たりたくも無いし、校舎の中に入りませんか?」

「そうですね」


 由貴と太郎が昇降口に向かって歩きだした。


「ママ」


 小町が未だ動かない麻紀を見て呟いた。

 小町にとっては、これが母親の姿を見る最後の瞬間になるかもしれないのだ。


「はぁ、もう疲れた」


 そんな言葉が勝手に私の口から漏れていた。

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