第34話 とりあえず、皇子は連れていきません

 どれだけ、ハルカがこの日を待ちわびたか。彼女の目の前に、この二年、会いたくて会いたくて堪らなかった人が、とうとう現れた。

 リフィテインの各地に魔獣が召喚され始め、二日たったこの日。聖女はその地を浄化する為、旅立つことになる。

 そのお供として呼び出されたのは、他でもない。

「ただ今、参上つかまつりました」

 大陸一の冒険者である、とある男女のパーティーだった。

 方膝をついて頭を垂れている彼女の髪が、ばっさりと切り落とされていて、ハルカにはそれがとても悔しかった。

「う、む………………このようなこと、冒険者のお前達に命ずることは気が引けるが。

 そなた達の実力は知っての通り。どうかリフィテインに力を貸してはくれまいか」

 どこか悲壮感すら漂うリフィテイン王に、冒険者の二名は頭を下げてはいるものの態度は不遜で、ある意味において冒険者らしい二人だった。

「ここにいる時点で契約はなっている。今更だ」

 黒銀の髪の男がそっけなく言った。

 そして女の冒険者は王をじっと見つめると、淡々と事実を口にした。

「私は冒険者です。そして今回の依頼を受け、すでに正当な金額が支払われております。

 であれば、後は仕事を遂行するのみです」

 王は彼女に頷いた。

「では、よろしく頼む」

「はい。承知いたしました」

 そして二人の冒険者は、聖女一行の前にやってきた。

 真っ先に口を開いたのは、冒険者の女だった。

「さて、今からリフィテイン各地に出現した魔獣の討伐、及びその地の浄化に赴く。わけですが」

「が?」

 ハルカはここで首を傾げた。もちろん彼女の意見に反対したりする気はないが。

「危険な旅になることに違いないので、危機回避案を提案したい」

「危機回避? 何だ、それは」

 怪訝そうな顔のエドワードに、彼女ははっきりと告げる。

「端的に申し上げましょう。エドワード皇子、貴方は連れていけない」

 ああ、そゆことね、と、ハルカは内心で納得した。

「なっ!? なっ、何だと!」

 もちろんエドワードは納得しなかった。だがそれも彼女の想定内のこと。

「貴方はこの国の皇太子。貴方と聖女様を守りながら旅をするのは、正直に言いまして、荷が重すぎます」

 説き伏せる彼女に、エドワードが食ってかかった。

「ならば、なおのこと! 得体の知れない冒険者などにハルカを任せられるか!!

 ハルカは私が守る!」

 ん? 得体の知れないって?? エドワードの言葉にハルカは顔をしかめた。

 もしかして皇子は目の前の女性がシルヴィアだと気付いていないのか? え、そんなことってある? と、ハルカは愕然とした。

 髪切っちゃってるけど! そして、妙にたくましく精悍になっちゃってるけども!! 気付きませんか、フツー!

 しかし、そんなハルカの驚愕をよそに、シルヴィアは皇子を相手に冷静に話を進める。

「もちろん、そうでしょう。ですから、エドワード皇子の右腕とも言われているルシウス様、貴方に随行していただきたく思います」

 あ、もうシナリオ無視なんだ、とハルカは思った。

 このルートのシナリオでは、聖女と一緒に旅に出るメンバーは皇子と騎士と冒険者二名のはずだ。

 これはシナリオ通りに話を進ませたくないってことかな? とハルカは勘づく。その理由にも。

 シナリオ通りにするということは、シルヴィアの敵、つまり今の状況を作り出した人物の思惑にそってしまうから。

 そして何より、このシナリオで死ぬ人物がいるから、だ。

「殿下、俺が必ずハルカ様を守りましょう」

「だ、だが!」

 諦め悪く言い募ろうとするエドワードを、リヒャルトが止めた。

「エド、悪ぃが、ここはルースが行くのが正解だ。

 お前に何かあったら、この国はどうなる? お前はたった一人の皇太子なんだぞ?」

 リヒャルトにまでそう言われてしまっては、さすがのエドワードも何も言えなくなった。

「それに、ルースの他に頼りになるヤツをついていかせるから、安心しろって!」

 バンバンっとエドワードの背中を叩いて、リヒャルトが後ろを指差した。

 そこにいたのは、赤髪の女騎士だった。

「まったく、薔薇騎士団を何だと思っているんだ、リヒト。勝手に使える私兵じゃないんだぞ?」

「淑女の護衛は薔薇騎士団の専門だろーが。……………………頼んだぜ、フェル」

「もちろんだ」

 え、何、このナイスチョイス。誰かさんの誘導にしか考えられませんね! さすが悪役令嬢ですよ!! ハルカは心のなかで拍手喝采する。

 ヒロインのハルカはこんな展開、何一つ知らなかったけど!

「では、そういうことで」

 もう完全にシルヴィアに仕切られている。皇子、貴方の勝てる相手じゃないよ。

 それに、ヒロインのハルカとしても、皇子は連れていけないのだ。

 だってこのルートのシナリオで死ぬのは―――――――――エドワードなのだから。

 この想いは誓って愛ではないけれど。死ぬかもしれないと分かっているのに連れていくわけにはいかない、と思うくらいにはハルカも彼に情はある。

 シルヴィアの思惑通りか、リヒャルトはエドワードの元に残るようだし。だとするなら、皇子が死亡するシナリオは変えられるのかもしれない。

 今までハルカとシルヴィアはシナリオを変えたことがなかった。だがたぶん、この旅が正念場なのだ。

 私達は、私達が望んだ未来を選んでみせる。そうハルカはギュウと拳を握る。

 誰も死なせない。そう約束した。それは、シルヴィアも同じ想いのはず。

 だから、絶対、諦めない。

 聖女は心から、それを祈っていた。





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