第32話 平穏なうちに、準備しておきましょう

 魔獣の討伐を終えて、ギルド本部へ報告に行った帰り道。シルヴィアは自分の剣を磨ぎに出す為に鍛冶屋を訪れ、そしてついでに消耗品を買い足す――――――ふりをした。

 ギルフォードの気配がないことを入念に確認した後、とある建物に入る。

 そこは『ロバート商会』の店舗で、買い出しという目的は嘘ではない。

 ま、気付かれるかもしれないけど、とは思う。だがシルヴィアが誰と接触したかまでは、すぐには分からないだろう。

 建物の奥の暗幕がかかった部屋に、一人の少女が座っている。その彼女がシルヴィアを見て、ふっと微笑んだ。

「お久しぶりですわ。お噂はかねがね。さすが、元、完璧公爵令嬢、ですわね?」

「ええ、久しぶり。貴女も相変わらずのようね、侯爵令嬢様」

 シルヴィアも彼女に微笑み返す。

「誉め言葉なのでしょうけれど、嫌味に聞こえますわ。こちらがどれだけ骨を折ったと」

 顔をしかめる侯爵令嬢、アルメリアに、しかしシルヴィアは満足げに言った。

「ということは、貴女は計画通りにやりとげてくれた、というわけね」

 アルメリアは「当たり前です」と、つんとすまして言った。

「計画通りだからこそ、こうして目の前におりますのよ。

 ええ、ここに私がいることは学園の誰一人、気付いてはおりません。私は現在、寮にいることになっておりますわ。

 ばれるような下手は打っていませんし、あのルシウス様にさえ、気付かせてはおりません」

「さすがよ、アルメリア。いいえ、この場合は、さすが天才ベイゼル・ロバートと言うべきかしら」

 学園にいるとみせかけ、遠くのこの地にアルメリアがいる。この術を編み出したのは他でもない、ベイゼルだ。

「もちろん、大魔道師を褒め称えるべきです」

「ふふっ、相変わらず令嬢の鏡ね」

「そちらはずいぶんとお変わりになられたこと。まあ、冒険者などしていれば、そうならざるをえないのでしょうけれど」

「これはこれで、私は気に入っているのよ?」

「の、ようですわね。私には考えられないことですが。

 家を棄てるなど、たとえ国家の危機を回避する為だとしても、私にはできないことです」

「そして、そういう者にはそういう者の役割がある。違う?」

「まったく、その通りですわ。

 では、これを。ベイゼル様から貴女に渡すように頼まれた品です」

 特殊な加工をほどこされた、とんでもなく貴重な魔法石をシルヴィアは受け取った。

「ありがとう、と先輩に伝えて」

「これをお礼一つですませるだなんて、本当に相変わらずなお方。

 で、これだけではないのでしょ? 貴女のことです、私を指名した理由がおありのはず。何のご用事?」

 ベイゼルを通じてシルヴィアからコンタクトをとられたアルメリアは、理由も知らされず、表向きは新たなる魔法の実験被験者としてここにいる。が、その意味を悟れない侯爵令嬢ではもちろんない。

「ええ。貴女はある意味において、あの男の盲点なのよ。

 あの男のなかで、貴女の役割はすでに終わった。接触もしていないはず」

「はい。私が聖女様を突き落とした事件以降、あの人物は私に接触してきてはいません」

 いつ接触されても良いようにシルヴィア達は用心したというのに、徒労に終わった。おそらく、もう利用価値がないと、そういうことなのだろう。

「だからこそ、貴女に頼みたいの」

 アルメリアならば彼の目を欺いて行動できる。そう判断し、シルヴィアは幾つかの地名が記載された紙を彼女に手渡した。

「貴女なら、誰にも知られずにこれをクリステラ公爵家に渡すことができるはず。

 そう、ベイゼル先輩やルースにすら、気付かれることなく」

「ずいぶんと私を高く評価してくださるものね?」

「もちろん」

「つまりこの情報は、ルシウス様やベイゼル様には知らせてはいけない、いいえ、そこからの漏洩を防ぐ必要があるもの、と」

「そうよ」

「…………………分かりました。やりましょう」

 少し考えてから頷いたアルメリアに、シルヴィアは確信した。彼女には公算がある。

 そして彼女の公算とは、ひいてはリフィテインの利益に繋がることだ。

「ありがとう、アルメリア。貴女がいてくれて良かったわ」

「手札が多くなって?」

「そう。強力な手札よ。本当に頼りにしてるわ」

「私は危ない橋などわたりたくないのですけれど」

 肩をすくめるアルメリアにシルヴィアは真っ直ぐに言った。

「でも、貴女はきてくれた」

「仕方がありませんわ―――――――シルヴィア様からの呼び出しでは」

 まだ自分のことを様付けしているアルメリアに強かさを感じ、そしてそんな彼女をシルヴィアは頼もしくも思う。

 きっと彼女なら上手くやるだろう。

 その後、幾つかの情報をやり取りし、シルヴィアは肝心なことを思い出した。

「そうだ、ハルカは? 元気にしている?」

 そんなシルヴィアにアルメリアはため息を吐いた。

「けっきょくそれですか。貴女のなかで聖女様がどんな存在なのだか、時々分からなくなりますわ。まるで運命の恋人のよう」

 その的を射たアルメリアの言葉にシルヴィアは苦笑いした。

「あながち、間違いでもないわ。で? 彼女は今、どうしてるの?」

「どうしているもなにも、普通に学生をしてますわ。エドワード様が学園を去ってからもルシウス様ががっちり守っていらっしゃいますし。

 でも最近、少しお痩せになったかも。噂ではエドワード様から引き離されたからだとか言われていますけど。それにしては食欲がおありだし。

 時々、ルシウス様と姿を消していることと関係あるのかしら? なんて」

「あー、それは、たぶん剣の稽古をしているからだと思うわ。手紙にそう書いてあったもの」

「剣!? 聖女様が? ………………ああ、でも納得ですわ。時折、腕や足に傷がおありだもの。

 でもルシウス様と? だって、顔に湿布を貼ってらしたこともありましたわよ?」

「なんですって!? ちょっと、やりすぎよ!!」

 ハルカからの手紙でスパルタなのは伝わってきていたが、それほどまでとは。

「アルメリア、ルースに伝えてちょうだい。女の顔に傷をつけるような男は地獄に落とすって」

「分かりましたわ。それとなく、忠告しておきます」

 物騒な忠告はお手のもの。にっこりと笑うアルメリアに、シルヴィアはやって良し! と頷く。

 思考回路が近いと話が早くすんでいい。

「では、こんなところで良いでしょうか? そろそろベイゼル様がやきもきしてしまいますので」

「ええ。今日は本当にありがとう」

 再度お礼を言うシルヴィアにアルメリアはしれっと言う。

「お礼はけっこうですわ。いつか、倍にして返してもらいますもの」

「分かったわ。いつか必ず、貴女の力になると約束いたします」

 シルヴィアのそれにアルメリアは満足げに笑うと、彼女は椅子の上で何度か手を動かした。

「下がってください。魔法が発動します」

 アルメリアの言葉に従い、シルヴィアは部屋の隅まで下がる。すると、アルメリアが座っていた椅子の下に魔方陣が浮かんだ。そしてあっという間に彼女の姿は掻き消えてしまった。

 これだけの距離を一瞬で移動できる魔法とは。天才の名をほしいままにしている魔道師を思い浮かべ、シルヴィアは身震いする。

 いまさら敵に寝返ることはないと思うが、それでも彼の力は恐ろしい。敵にまわさないよう、気をつけなくては。

 とはいえ、シルヴィアはすでにベイゼルの逆鱗を把握している。

 彼の逆鱗は『研究の邪魔をされる事』と、分かりにくくはあるが、実は『身内を害される事』なのだ。

 ああ見えて、自分が認めた相手には弱い、ということを知っているシルヴィアは、だからこそ彼をこうして頼ることができる。

 転生者だと明かせる程の信用はもちろんないが。

 だが、彼ならばその情報がなくても状況を把握できているだろう。

 これで少しはマシになるかしら、とシルヴィアは考えた。

 きたる災厄を前に、悪役令嬢は策を練る。準備はしてもし足りることはない。災厄は必ず訪れるのだから。

 けれど、だからこそ。

 一人でも多く、救う努力をしなくては。

 闇に絶望しない為、希望を見失わない為に。

 ただ一人、大切な友人の望みを叶えよう。

 シルヴィアはそれだけを強く思った。





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