悪役令嬢はヒロインと手を組むことにした

丘月文

第1話 やっとここまでこぎつけた! 婚約破棄です!!

 王立魔法学園、卒業式後のパーティーは、労いと惜しみを込めた卒業生と在校生の最後の歓談パーティーであって、けしてこんなに緊迫する場ではない。

 しかしパーティー会場は静まりかえり、ただ一人の女子生徒の転落を待っている―――――。

「シルヴィア・クリステラ、貴様との婚約を破棄する!」

 そう居丈高に宣言したのは、この学園の二年生であり現生徒会長、そして将来においてこの国の人々を束ねなくてはならなくなる人物だ。

 そんなお方が大衆のまっただ中で、こんなド修羅場を晒すなど、どう考えてもよろしくないんですが。

 彼の名はエドワード・ルードヴィヒ・リフィテイン殿下。この王国、リフィテインを姓に持つ、つまり王族。しかも皇太子。

 この国、大丈夫? と不安に駆られます。

 実のところ、だいぶの危機に直面しております。水面下に、だけれど。

 蛇足だが、公爵令嬢シルヴィア・クリステラ―つまり殿下の目前のいる女子生徒―と婚約してました。ええ、まさに今、婚約は破棄されたので過去形。

 このまま黙っていても事は進むのだろうから別段口出しすることもないけれど、殿下の感情を逆撫でするとこの後に支障が出るかもしれない。

 シルヴィアは困惑したような表情を作ってみせた。

「………何故でしょう、殿下」

 そんなシルヴィアに、エドワード殿下は実に素晴らしいドヤ顔でびしり! と指を突きつける。

「しれたことを! 貴様がここにいる『聖女』、ハルカ・トキワ嬢に公爵家としてあるまじき行為をしていたのは露見しているのだぞ!!」

 はい、それ冤罪です。だけど反論はいたしません。むしろ、こうでないと困ります。

 なんて内情をぶちまけるわけにもいかないので、シルヴィアは目を見開き、まさか、そんな、バレているなんてっ! という顔をした。

「そ、そんな…………私は」

 社交界で培った演技力が遺憾なく発揮されています。と、ここでエドワード殿下が言葉を遮りました。

「言い訳は聞かぬ! 即刻、ここを去るがいい!!」

 ………………殿下が周りの話を聞いてくださったためしはありませんが。

 シルヴィアがちらりと殿下の隣に目をやれば、ほんの少し頬を引きつらせている少女が見えた。

 そんな顔をしては駄目。バレたら面倒でしょう、と彼女に視線をむけていたら、シルヴィアの腕がぐいっと引かれた。

 屈強な長身の男子生徒、騎士団長のご子息のリヒャルト・バルカスがシルヴィアの腕を掴み、鋭い目で見下ろしていた。

 力ずくでここから追い出そうというのだ。だが、それにはおよばない。

「お放しになって。心配せずとも、ここから去りますゆえ。

 か弱きご令嬢に暴力を奮ったとなれば、騎士の名に傷がつきましょう」

 場違いなほどの微笑みを浮かべたシルヴィアに気圧されたのか、それとも言葉通りに受け取ったのか、リヒャルトはシルヴィアの腕を放してくれた。

 そこでシルヴィアは今一度エドワード殿下に顔をむけると、はっきりと彼の言を受け入れたことを示した。

「殿下の御心、しかと心得ました。

 私はこれよりここを去り、どのような処遇も受け入れましょう」

 あまりに潔いそれに、殿下はぽかんとなさっています。

 ああ、だから、そんな顔をしては駄目。冷めた目で殿下を見るのは止めましょう。うっかりこちらも顔に出てしまいそう、と、少女の顔を見たシルヴィアは思った。

 ここはボロを出す前に早々に退散してしまおう。だいたい、もうここにシルヴィアがいる意味もない。

 そう判断したシルヴィアはさっと踵を返すと、パーティー会場の出口へとむかった。

「それでは皆様、失礼いたしますわ」

 扉の前で優雅にシルヴィアは一礼をする。

 顔を上げた時に、集団の真ん中にいる少女が小さく頷くのが見えた。準備は整っている、ということだろう。

 彼女にだけ分かるようにシルヴィアも小さく頷き返し、そして毅然とパーティー会場を後にした。

 動き出せば、事が進むのは早い。まず、会場の外にはしかめっ面をした一つ年下の弟、ルシウス・クリステラがいた。無言で促された先には馬車が用意されていて、シルヴィアも何も言わずにそれに乗り込む。

 馬車の行き先はシルヴィアの生家、クリステラ公爵邸。

 さて、お父様とお母様は、と探すまでもなく、玄関ホールで二人は待ち構えていた。

 ああ、父の鬼のような顔。恐れる気持ちはもちろんあるけれど、シルヴィアはさほどショックは受けない。

 というより、もう予定調和なので平気です。ええ、お父様の殺されそうな眼光だって平気。

 怯みそうになる心をシルヴィアは叱咤した。

「お前は、なんということを」

 低い声でそう言う父はやはり恐ろしい。だがここでルートを外すわけにはいかないのだ。

 シルヴィアはしっかりと顔を上げ、父と母に対面した。

「言い訳はいたしません。しかし、謝罪はいたします。それは、これまで貴方がたが私にしてきてくれたこと、私を生み育ててくれた行為の全てを、捨て去ろうとしているからです。……………ごめんなさい、お父様、お母様」

 父のクリステラ公爵はそんな娘を鋭い視線で射ぬき、シルヴィアがいわんとしていることを違えず理解したようだ。

「クリステラの姓を、捨てるのか」

 父の言葉にシルヴィアは迷わず頷いた。

「はい」

 母はそこではっと息を呑み、そして夫に懇願するような視線を送る。しかしシルヴィアは畳み掛けた。

「お父様、貴方はご存知のはずです。今この国が脅威にさらされていることが。そして、その現状で、お父様が地位を追われることによる危険が。

 お父様はこの国に必要不可欠な人物ですわ」

 このままでは、シルヴィアのした行為がクリステラ公爵家の汚名となってしまう。権威は失墜するだろう。

 それを回避する方法は一つ。

「保身の為に、娘を捨てろと?」

 苦々しげなその言葉と目を潤ませている母。シルヴィアはもう充分だと思った。

 自分は愛されている。たとえこの国の、いや世界の人々すべてが敵になっても。この二人は確かにシルヴィアを愛してくれている。ならば何を恐れることがある。

「それで防がれるものの数を考えれば、どちらを選ぶかなど愚問ですわ」

 優雅に笑いながらシルヴィアは言った。

「お前はそこまで分かりながら、何故」

 苦しげな父の顔にシルヴィアはいたたまれなくなる。この選択は必要なことだ。けれど痛みが伴わないわけではない。

「これは私の意志です、とだけしか」

 本当にそれしか言葉にすることができない。しかしそんな娘の胸のうちを、目の前の父ならばきっと解ってくれる。

「さっきの謝罪は、それについてか」

「はい」

 交錯した瞳が深く深くお互いの思考に語りかける。

『これは必要な選択なのだ』と。

「――――――分かった。シルヴィア、お前をクリステラ公爵家から追放する。それにより、お前の行った愚かな行為は、クリステラとは一切関係のないものとする」

 非情ともとれる父の言葉に、しかしシルヴィアは微笑んだ。

「はい。では、お父様、お母様――――――どうか、息災で」

 耐え切れず泣き崩れた母をそっと抱く父。きっとこの二人ならば大丈夫だと信じられる。

 シルヴィアは振り返ることなく、その場を去った。

 公爵邸の裏口にはボロ馬車が一台、止まっていた。いや、ボロに見えてもその造りは頑丈で、下手をしたら砲撃にだって耐えうるものだったりするのだか。シルヴィアは当然のようにそれに乗り込んだ。すると馬車は何もかもを心得ていて、合図もなしに動き出す。

 馬車にはあらかじめ用意していた荷物と着替えがあった。シルヴィアは躊躇うことなくドレスを脱ぎ、コルセットまで外して、動きやすい服へと着替える。

 どうせ外から見られる心配はない。そうした魔法が発動しているからだ。そして馬車の中にいるのはシルヴィア、だけではなかったが、女性同士だ。それも裸を見られるくらいどうとも思わないほどの仲の。

 素早く身仕度を整えたシルヴィアは馬車の隅で邪魔にならないように座っている、フードを被った人物の前へと腰を下ろした。

 そこでようやく彼女は口を開いた。

「もーーーーー超絶腹立つ、あのサブイボ皇子ーーーーーーー!!」

 成程、今まで黙っていたのは怒りを抑えていた為だったらしい。

 にしても、それ不敬罪で首落されかねない台詞よ。とは言えまい。シルヴィアもあの殿下の馬鹿さ加減には、ほとほと参っているのだから。

「……………とりあえず、お疲れ様」

 シルヴィアが労いの言葉をかければ、叫んだことで幾分落ち着いたのか彼女はそれはそれは疲れたように「そっちもお疲れ〜」と返して、素顔をシルヴィアにむけた。

 はらりとフードを外してみせたのは、パーティー会場でシルヴィアに汚名をきせたエドワード殿下に、寄り添うように立っていた―――あの茶番劇の中心核にして皇子はもとより騎士団長の息子、宰相の息子、優秀魔道師、いってしまえば攻略対象者すべてに思慕を寄せられている少女。

 つまり、この『君といた刹那』という乙女ゲームのヒロインである、常葉遥その人だった。




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