6-8.
スタジアムの観客席、その中で貴賓席を除けば一番高価な席であるVIP席。
他の有象無象の観客たちから完全に隔離された個室は、フィールドを全て見下ろせる場所に作られていた。
VIP席で彼らの盟友の戦いぶりを観戦していたロンとメイリンは、ワークホースの敗戦濃厚な状況に表情を固くしていた。
「兄さん、このままでは羽広さんたちは…」
「…」
競技用ブロスを載せた純正のブロスユニットに一方的にやられる、ワーカもどきという図には既視感があった。
それは少し前までのロンとドラゴンビューティーの姿を思い返させ、メイリンの感情は徐々に打ち沈んでいった。
幾らセミオート機構という力を手に入れても、所詮ワーカもどきではブロスファイトの世界で勝つことは出来ないのか。
今の歩たちの姿から未来の兄の姿を見たメイリンは、悲痛な表情で硬い顔をする兄の姿を見やる。
「…ふっ、心配するな、メイリン。 我が友はこの程度で挫けるほど弱くは無い。 動きを見れば分かる、我が友はまだ諦めていないのだ」
「兄さん…、そうよね。 兄さんがそう言うんだったら…」
しかしメイリンの沈んだ心は、兄の自信満々な笑みによって振り払われる。
先程までの硬い表情から一点して何やら嬉しそうに笑いながら、ロンは何時ものように根拠が見えない自信満々の言葉を口にする。
理由はどうであれメイリンに取って兄の言葉は天啓に等しく、その力強い言葉はメイリンの表情から悲痛な物は消えていた。
眼下では先程と変わらず追い掛け回されているワークホースの姿が見えるが、もうメイリンはその姿に不安を感じていなかった。
そしてロンの言葉が呼び水となったかのように、歩と光崎のエキシビジョンマッチの戦いの状況は一変する。
それはルーチンワークの如く繰り返されている戦いの中で起きた、初めての異変だった。
戦闘中に幾度も通ったことによって枝葉は落とされ地面が地均された、森林ステージの獣道を駆け抜ける鉄の巨人。
最初の頃は自機が障害物に足を取られないよう、光崎は周囲の地形の情報に絶えず目をやりながら操縦していた。
しかし既に何度も通ったことで地形が完全に頭に入ったため、周囲の確認を最低限に押さえて逃げるワーカもどきに対して意識を集中していたのだ。
それ故に彼は気づけなかったので、前回通った時には無かったその新たな障害物の存在に…。
「ぁっ!? くっ…」
コックピットの光崎は足元から来る何かの衝撃と、地面へと近づいてくる視界によって自機が転倒しかけている事に気付く。
声にならない悲鳴を漏らしながらも光崎は、動揺を抑えながら必死に自機の体勢を立て直そうと試みる。
彼に取って幸運だったことは、ストライクエッジの握っていた物が薙刀という長物の武器だったことだろう。
転ばぬ先の杖、倒れそうになった自機の体勢を立て直すには杖をつくのが一番簡単な方法である。
「一体何が…」
「"足元を見ろ!!"」
「これは…!? 落ち零れが、小癪なことを…」
手持ちの武器を杖代わりにすることで転倒を回避した光崎は、この事態を引き起こした原因について探る。
その答えはストライカーチームの監督によってすぐに明示された、監督の指示通りに光崎は足元付近に視界を向けた。
そこには森林ステージに乱立する木々とは明らかに異なる、金属製の障害物があったのだ。
光崎にはそれが何なのか一目で理解できた、今日幾度もなく自分に向かって振るわれた二振りの剣。
ワークホースが使用していた競技用の模造剣である、これが丁度ブロスユニットの足に引っ掛かるように木の根元部分に突き刺さっていたのだ。
これが逃げる相手が偶然に剣を取り落とした結果である筈も無く、歩とワークホースが明確な意図を持ってやったことは明白である。
まんまと相手の小細工に引っ掛かってしまった光崎は、憎々しげに足元に刺さった剣の姿を見ていた。
「"これが奴らの仕業なら…。 まずい、来るぞ!?"」
「しまっ…」
歩が自らの武器を手放すという危険を犯してまで、このような小細工を行った理由は明白である。
相手の足を止めること、無抵抗となってしまう背後から狙われ続けるという状況から抜けるための一瞬の間を作る事だ。
そして背後から襲ってくる相手の足が止まった時、次に歩たちが行おうとする行動は一つしか無いだろう。
敵の思惑を察した丸井監督は慌てて、落ち零れ相手にしてやられた怒りと恥辱で思考が停止して棒立ちになっていた光崎に警告を与える。
しかし監督の警告に光崎が反応する前に、鉄の使役馬は既にストライクエッジに手が届く所まで来ていたのだ。
「ドラゴン・クロウ、ってね…」
「くそっ、離せっ!!」
この唯一無二の隙を作るために武器を手放したワークホースは当然のように無手であり、今の彼らに出来ることは一つしか無かった。
相手が自分が仕掛けた即席のトラップで掛かって動揺する隙に接近したワークホースは、そのまま有無を言わさず敵機の腕を掴み取る。
歩は賭けに勝った事に対する高揚感から壮絶な笑みを浮かべながら、冗談めかしに自称ライバルであるあのお坊ちゃまの台詞と得意技を真似るのだった。
森林ステージに出来上がった獣道が、ストライクエッジに行動パターンが出来上がっていることは明白であった。
今の戦いを続けていれば相手はまた同じ道を通る、そこに事前に障害物を仕掛けるというのが歩の考えた博打である。
武器を手放すこと、相手がワークホースが武器を持っていないことに気づくこと、相手が障害物に引っ掛かる前にその存在に気付くこと。
センサーが自動で障害物などの異常を検知して伝えるような便利機能が、あの競技用ブロスに存在しないことは分かっていた。
しかし操縦者が少しでも足元や相手の手元を注意していれば、すぐに歩たちの小細工は見つかっていた事だろう。
このような上げてみれば幾らでも穴のある作戦であり、成功したのはまさに奇跡と言って良かった。
「"あぁ、良かった…、上手くいったわ!? 緊張で心臓が止まるかと思ったわよ…。"
"いい、ここで相手を逃したら勝機は無いわ、絶対に此処で決めなさい!!"」
「"分かってます、この手は死んでも話しませんよ!!"」
地面に武器をつくことで転倒から逃れたストライクエッジであったが、その行動によって光崎は詰め寄ってくるワークホースを武器で迎撃するという選択を失った。
そのままワークホースに組み敷かれてしまい、この近接状態では長物の武器を振り回すことは不可能である。
今の状況で使えない武器に拘って片腕の自由を犠牲にするわけにはいかず、光崎は武器から捨てた。
フリーハンドとなった両腕を動かし、光崎はワークホースを引き離そうとと抵抗する。
「落ち零れが俺に触れるな! 離せぇぇ!!」
「離すかよ、このまま地面に倒してやるさ!!」
まるで柔道の試合のように二体の巨人たちは互いの道着ならぬ装甲を掴み合い、相手のバランスを崩そうと揉み合う。
既に武器を手放しており、ダメージも少なからず蓄積している歩とワークホースは此処を逃したら勝機は無い。
光崎の方も一方的に押していた状況からの大逆転など認められる筈も無く、相手にやられまいと挑みかかった。
ワークホースとストライクエッジは相手の体を左右に揺すり、手を引き、足を掛けて倒そうと試みる。
木々に囲まれた森林ステージのため、移動しながら時には木々にぶつかったりもしながら両機体の格闘戦が続いていた。
「何故だ、相手はナイトブレイドを模倣した剣を主体としたスタイルの筈なのに!? 何故、此処までこの距離で戦える…」
「ロンさんとの模擬試合のデータをしっかり取っておいて良かった。 悪いがこの距離での戦いは、少し前までは毎日のようにやっていたからな!!」
オールラウンダーである光崎は当然のように、今の武器を振るう間すら無い互いに組み付き合う状態での戦い方も身に着けていた。
あらゆる状況で卒なく対応できる万能型というべき自分に対して、歩は剣を主体としたスタイルであった筈だ
しかし今の歩は光崎の操るストライクエッジと互角に戦っており、そこには確かな近接での格闘戦に対する技術が見て取れた。
光崎は知らないだろうが、歩は今のようなブロスユニット同士の近接状態での格闘戦を幾度となく経験していたのだ。
近接による組み付きに可能性を見出したドラゴンビューティーとの訓練、その過程で歩はワークホースに近接状態での戦いに関する経験を積ませていた。
新たな動作は創造できないが一度覚えた動作は完璧に再現するセミオート機構、それはこの戦いにおいても十二分にその性能を発揮していた。
「"そんな付け焼き刃なんかに、落ち零れなんかに俺が…、俺が負けるかぁぁ!!"」
「"誰に何と言われようと、俺はこいつとブロスファイトの世界戦うんだ。 踏ん張れ、ワークホース!!"」
互いの意地と意地がぶつかりあう熾烈な格闘戦は、この十数分後に呆気なく決着を迎えることとなる。
最終的に地面へと倒されてしまい、足元に転がっていた武器でその頭部を破壊されて力尽きるブロスユニットの片割れ。
そしてスタジアムに流される試合終了を告げる放送音は、その激し攻防を称える観客達の声援によって塗りつぶされるのだった。
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