6-6.
光崎の取った作戦は、通常のブロスファイトにおいては悪手と言って良かった。
障害物となる木々が乱立する森林ステージで常に動き回り、その上で森林ステージで振るうには大振りすぎる薙刀を振り回すのである。
人間がやるにしても難しいであろう戦闘動作を、有ろう事か二十メートル長の巨人で行わせるのだ。
障害物を避けきれずに足を取られる、長物の武器が引っかかってしまう、と失敗する可能性は幾らでも挙げられるだろう。
加えて普段は行わないような不安定な戦い方を行うとなると、どうして無理が出てくる物だ。
失敗までいかなくともその動作は普段と比べて精細に欠いた物になることは明白であり、それは相手から見れば絶好の好機になる。
「…しかし相手が予習したことしか出来ないポンコツであれば、話が変わってくる! こんなぎこちない戦闘動作に手も足も出ないんだよなー、落ち零れ!!」
「くそっ、逃げ続けるしか無いのか!?」
少し前までは夢物語でしか無かった巨大ロボット同士の戦闘、競技用ブロスという怪物OSの誕生は夢を現実の物とした。
使い手に制限を掛ける特異な操縦方法に適合さえすれば、競技用ブロスは二十メートル長の機械の巨人を人間さながらに動かすことが出来るのだ。
今の光崎の行動は競技用ブロスにおいても難易度が高い難しく隙も多い戦闘動作であるが、それは難しいだけであり決して不可能な訳では無い。
それに対してセミオート機構を使用する歩とワークホースには、今の状況を打破する有効な戦闘動作を行うことは不可能である。
事前に学習した動作した再現できなセミオート機構搭載のワークホースは、残念ながら今の光崎に対して有効な動作を持ち合わせていない。
木々が乱立する今のフィールドを逃げ出そうにも、ストライクエッジの立ち回りによってワークホースの逃げ場は防がれている。
歩たちに出来ることは、ただ光崎の薙刀から逃げることしか無かった。
有効な反撃手段が無いため回避行動に集中している事も有り、一方的な状況にも関わらずワークホースの被害は軽微である。
相手の行動が定石を外した無茶な戦闘動作であるが故に、その攻撃精度が余り高く無いのも今のワークホースの状態の理由になるだろう。
しかし幾ら被害が軽微とは言え、ワークホースがストライクエッジ相手に一方的に削られているのは事実である。
このまま有効な打開策を見出だせないままでは、歩たち残された手段は光崎の操縦ミス待ちという極めて消極的な選択しか無さそうに見えた。
「"…多分、相手の操縦ミスを狙うのは難しいですよね、監督?"」
「"当然でしょう! 幾ら難しい戦闘動作とは言え、ノープレッシャーの状況で操縦ミスをするような馬鹿が教習所を卒業できる訳無いでしょう!! ああ、どうすればいいのよぉぉぉっ!!?"」
反撃手段を持ちえないワークホースは現状、光崎に対して何のプレッシャーも与えられていない。
そのため光崎は相手の妨害を気にすること無く、自らの愛機の操縦に専念することが出来ていた。
犬居の言う通り今のような圧倒的に優位な状況で操縦ミスをしてくれる程、光崎という男は安くは無いだろう。
葵・リクターと言う未来のスターの影に隠れていたとは言え、あれもまた難関の教習所パイロットコースを突破した本物の天才である。
それに対して教習所を落ち零れた自分は、セミオート機構が無ければブロスファイトの世界に足を踏み入れることさえ出来なかった凡人でしか無い。
今まさに持つ者と持たざる者の差をまじまじと見せつけられている歩の精神は、ワークホースと同じく徐々に追い詰められていた。
「…そうだ、あの長物を引っ掛けさえすれば!? 障害物を真後ろに置けば…」
「"…この動きは!? 馬鹿、止めなさい、羽広くん!!"」
そんな苦境の中で歩が閃いた打開策、それは今の光崎の戦い方を封じる物であった。
現在の光崎の戦法の肝は、ワークホースの背後から薙刀と言う高レンジの武器を振り回すことで成り立っている。
逆を言えば背後から薙刀を振るうことが出来なければ、ワークホースを攻撃する手段は無くなってしまう。
そしてこの場にはストライクエッジの薙刀を防ぐには打って付けの、木と言う障害物が幾らでもあった。
歩は藁にもすがる思いで周囲の状況を確認し、薙刀を振るうには難しい木々が密集した箇所を背後にしてワークホースを立たせる。
精神的に追い詰められていた歩には、ワークホースの動きを見て歩の意図に気付いた犬居の静止は耳に入らなかった。
「…そう来ると思ったよ、落ち零れ!!」
「何っ!? うわぁぁぁっ!!」
「人間同士ならまだしも、ブロスユニットなら木を模した障害物程度を砕けない訳無いだろう!!」
木という防壁を背後においたワークホースを相手に、今までのような背後からの攻撃は不可能になる。
そうなれば必然的にワークホースの正面から来るしか無いと考え、歩はストライクエッジが正面から来るのを待ち構えていた。
しかし残念ながら歩の思惑は、背後から木々を薙ぎ払いながら振るわれたストライクエッジの薙刀によってもろくも崩れてしまう。
繰り返すようだがブロスファイトはブロスユニットと言う名の二十メートル長の機械の巨人同士の戦いであり、その巨人のパワーはサイズ相応の物になる。
人間同士の戦いであれば木という障害物は有効であろうが、ブロスユニットのパワーであれば木という脆い障害物を破壊することは造作も無いことだろう。
そして木を背後にして安心していたワークホースに、ストライクエッジの木々をなぎ倒して振るわれる最大パワーの薙刀が命中してしまう。
その衝撃に歩はコックピットの中で悲鳴を漏らし、光崎が勝ち誇ったように笑っていた。
木を模して作られた森林ステージ用の障害物は、その強度も実際の木と同等の物となっている。
光崎はやろうと思えば今のように、障害物を巻き込んで自らの武器を振るうことが出来ることを最初から理解していた。
それなのに光崎がこれまであえて木々を避けて器用に薙刀を振るっていた理由は、先程の歩の行動を見れば容易に想像できる筈だろう。
「"だから言ったじゃ無い!! 森林ステージを更地にした試合だってあるのよ、あんな脆い木を盾にするなんて無謀でしか無い!!"」
「"すいません、焦りました…"」
ブロスユニットのパワーで破壊可能とは言え、やはり障害物という存在は決して無視出来ないものである。
例えば今まさに光崎が振るった薙刀の一撃は、何も無い空間で振るったときと比べてその振りは遅く威力も軽減していた。
そのため障害物を避けて行動するのがベターであることに変わりなく、過去の森林ステージでの戦闘の大半は木々を掻い潜りながら行われることが多かった。
しかし障害物が邪魔とばかりに木々を薙ぎ倒しながら行われる豪快な試合も過去には行われおり、今の光崎の狙いは監督の犬居には容易に想像出来るものだった。
それは犬居と共に森林ステージの研究をした歩も同様である筈なのだが、どうやら一方的に追い詰められていた事で歩は視野狭窄の状態になっていたらしい。
歩は監督である犬居に詫ながら慌てて、背後のストライクエッジから距離を取らせる。
「ふん、まだ致命傷では無いか。 やはり障害物ごとでは、威力が落ちてしまうか…。
まあいい、このまま一方的に遊んでやるよ、落ち零れ!」
「くそっ、このままでは…。 どうする、どうする!?」
光崎の見たところ、光崎の会心の一撃を食らったにも関わらずワークホースの動きは先程と変わりなかった。
やはり木々と言う障害物を巻き込んだ一撃では、試合を決める決定的な一撃にならなかったのだろう。
しかし見た目では分からないがワークホースが少なくないダメージを受けたことは明白であり、光崎の圧倒的優位な状況は何ら変わっていない。
自らの勝利を確信して微笑むストライクエッジの光崎、未だに打開策を見出だせずに焦るワークホースの歩。
現在のエキシビジョンマッチの戦況は、両パイロットの表情を見れば火を見るよりも明らかであった。
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