10-4.


 拳闘スタイルの戦い方を貫き、あの手この手と相手のダウンを狙ってくる薔薇の女拳闘士。

 その華麗な戦い方に対して鉄の使役馬は泥臭く食らいついて行き、未だにその足で大地を踏みしみている。

 プロ未満の試験者同士によるライセンス試験とは思えない激しい試合展開は、スタジアムに居る少数の観客を激しく沸かせていた。

 特に二代目シューティングスター目当てに取材に来ていたマスコミたちは、まさにダークホースと言うべき白馬システムの使役馬の活躍に度肝を抜かされたようである。

 新たなスターの凄さを際立たせる噛ませ犬でしか無かったワークホースでは、今では本来の主役と同等にマスコミのカメラが向けられていた。

 しかし熱狂するスタジアムの中で、冷ややかな目で試験を観戦するサングラスを掛けた男の姿があった。


「ちぃ…、二代目シューティングスターも大したこと無いな…。 あんな紛い物に梃子摺るなんて…」


 ワークホースが見せる転ばぬ先の杖と呼ばれている回避動作、そして先程の神業言うべき長物を使わず自力で体勢を立て直した動作。

 あの使役馬の秘密を知らない人間であればワークホースの動きに関心を見せて、ワークホースのパイロットの腕を素直に褒め称えただろう。

 しかし男はワークホースが全うなブロスユニットでは無く、ワーカーもどきの同類である作業用ブロスを載せたまがい物である事を知っていた。

 あの機械染みた正確な動きも何の事は無い、パイロットの操縦を介さない機械に頼ったインチキでしか無いのだ


「あれは俺たちブロス乗りへの侮辱だ。 あんな物が俺たちの世界に割り込むことなんて許されないんだよ…」


 男…、かつてワークホースと模擬試合を行ったユウキオーガのパイロット、佑樹は苦々しげな表情でスタジアム内の鉄の使役馬の姿を睨みつけた。

 プロのブロス乗りになる、つまりは競技用ブロスを勝ち取るために佑樹はこれまで血の滲むような努力をしてきた。

 しかしあの機体はそんな佑樹の努力を嘲笑うかのように、機械の力に頼って自分と同じ土俵に上がってきたのだ。

 ワーカー用の免許しか持たない凡人が自分に勝った、それは佑樹自身の才と長年の努力を踏み躙る結果であろう。

 今の佑樹の憤りを例えるならば、21世紀初頭に将棋界で話題になったスマホ問題が近いかもしれない。

 全うに己の頭脳で将棋を指す者と、スマホに入れたツールに頼って指す者では、明らかに後者の方が優位に立ち互角の勝負とはとても言えない。

 凡人である歩はセミオート機構が無ければブロスファイトの世界に挑むことすら出来なかったが、そんな事情など知らない佑樹から見ればそれはチート行為にしか見えない。

 佑樹は無遠慮にブロスファイトの世界に入り込んだチート搭載のワーカーもどきと、そんなもどきを相手を倒しきれない自分と同じ競技用ブロス保持者に対する苛立ちを感じていた。











 コックピットの中で葵は、自分の頬を伝う汗の冷たさを感じていた。

 試合が始まってから既に十数分、パイロットに過大な負担を強いる競技用ブロスを操り続けた葵の消耗は明らかである。

 訓練であれば葵はこの程度の時間は余裕でこなせるが、対戦相手という異物が存在する試合では訓練の時と比べてパイロットへの負担は数倍にも跳ね上がる。

 パラメータ入力を一手間違うだけで致命傷となる競技用ブロスを操るには、パイロットは極度の集中状態を絶えず維持しなければならない。

 それはパイロットの心身に大きく負担を強いることになり、その消耗によってヒューマンエラーが起きる確率は加速度的に上昇していく。


「"ああ…、これは詰みか…。 まさかあんなトンデモ機体とは思わなかったなー。"

 "くっそ…、デンちゃんめ…、次はこうはいかないんだからね…"」

「"詰み、私が負ける…!? そんなこと…"」


 監督の元には自らが指揮するブロスユニットの機体状況だけで無く、それに乗るパイロットのステータスも一緒に送られてくる。 

 これらの情報を元に監督は試合での方針を決定し、場合によっては監督がタオルを投げてチームの敗北を判断する事もありえた。

 相手の攻撃を殆ど受けていない機体の方はほぼ無傷であるが、パイロットの消耗は無視できない段階まで来ており試合をこれ以上長引かせるのはまずそうである。

 しかし堅物で生真面目な相手監督の薫陶を受けた相手方は、拳闘スタイルの対策をほぼ完璧に講じており正直言って打つ手が無い。

 相手がこちらの動きに慣れてきた兆しも見え、今のパイロットの状態ではそう遠くない内に競技用ブロスには致命的な操作ミスが発生するだろう。


「"とりあえず今日の試合ぶりならライセンスは確実に取れた筈だし、今日の所は負けを認めましょう。 結局、お嬢様の言う通りになったわね…。"

 "試合の後でデンちゃんがこれでもかって言うくらい、ドヤ顔してくるだろうな…"」

「"…嫌よ、私はまだ負けていない"」


 今日の試合が自チームの命より大事なポイントが掛かったブロスファイトの公式試合であれば、猿野も此処まで簡単に諦めなかっただろう。

 何度も繰り返すが今日の葵たちの試合はあくまでライセンス試験であり、試合の勝敗に関わらず一定以上の実力が示せればライセンスは付与される。

 猿野から見ても既に自分たちのチームは合格圏に達しており、此処で試合を終えても目的であるライセンスは確実に手に入るに違いない。

 幸運にもナックルローズはほぼ無傷であり此処で試合を終えれば、彼女たちのチームの整備班の仕事を少なく出来る。

 逆に此処で無理をして試合を続行し機体に少ないダメージを与えれば、その修理や整備のために時間や資金を取られてしまうのだ。

 この敗戦は二代目シューティングスターの名に少なくない傷を付けるだろうが、それは自シーズンからのブロスファイトの活躍で取り戻せばいい。

 しかしパイロットである葵は、此処は今後を見据えて敗北という損切をすべきと言う監督の指示を受け入れようとしなかった。


「"諦めが悪いのはパイロット向きだけど、大人しく言う事を聞いて。 どんな種があるか知らないけど、あの気持ち悪い位正確な回避動作を崩すては無いでしょう? それとも拳闘スタイルを諦めて、相手の武器でも奪ってみる?"」

「"…確かに今の私では歩の機体からダウンを奪えないでしょう。 けど…、まだ手は有るわ"」

「"…ちょっと、あれは使わないって約束でしょう! こんな所で私達の二年を無駄にするの!?"」

「"私は…あいつに勝ちたいのよ!!"」


 事前に対策をしていれば解らなかっただろうが、初見では拳闘スタイル殺しというべきワークホースのあの回避動作に太刀打ちできそうに無いのは葵自身も認めていた。

 競技用ブロスを掴んだ葵・リクターは馬鹿とは対極に位置する人間で有り、勝ち目が無いと判断すれば自身の感情を押し殺して敗北を選ぶ事も出来た。

 逆を言えば勝ちの目がある状況で負けを認めれるほど、葵・リクターは諦めのいい女でなかった。

 彼女たちにはワークホースに勝つ方法が、この試合で使わないと約束していた奥の手の存在があったのだ。

 そして監督の静止を振り切って葵は飛び出していく、教習所時代に付けられなかった決着を果たすために…。











 ライセンス試験での戦いの行方は、歩が駆る鉄の使役馬の方へと天秤が傾いているように見えた。

 ナックルローズは果敢にも相手の懐に飛び込んで相手を殴りたそうとするが、その度にワークホースはセミオート機構に学習させた回避動作でそれを凌ぐ。

 そして相手の動きに慣れてきたワークホースの刃が徐々に当たるようになっており、ナックルローズの体に剣戟の跡が付き始めていた。


「"変ですね…、さっきから馬鹿みたいに同じことを繰り返して…。 今のままで俺たちからダウンを奪えないのは分っているだろうに…"」

「"負けを認められずに無駄なあがきをしているだけ、このまま相手を削っていきなさい! 猿野ー、あんたたちはこっちの操作ミスを狙っているんだろうけど、セミオート機構にそんな事は有り得ないのよ!!"」

「"しかしあの葵がそんな運任せをするとは…"」


 執拗にこちらのダウンを狙ってくる相手の出方に、ワークホースに乗る歩は違和感を覚えていた。

 セミオート機構と言う種が解らなくとも普通の拳闘スタイルでは、転ばぬ先の杖など回避動作を完璧に再現できるワークホースからダウンを奪うのは不可能である事は相手も理解できている筈だ。

 しかし相手は馬鹿の一つ覚えみたいに、拳の連打でダウンを奪おうとする拳闘スタイルを愚直に繰り返し続けている。

 普通に考えれば犬居が言うようにこれは相手のミスを誘う苦肉の策であると判断すべきだろうが、葵・リクターという人物を知る歩は彼女がそのような消極的な手を取るとは思えなかった。


「"羽広くんの考え過ぎ、それなりに試合時間を経過したし相手パイロットも疲れているの。 無駄な手打ちも多くなってきたし、このままいけば崩れるのはあっちの方よ…」

「"確かにそうかもしれませんが…。 確かにワークホースはほぼ無傷です、このまま行けば勝利は…"」


 犬居の言う通りナックルローズの動きは試合開始時と比べて精細を欠いているように見え、こちらのダウンを奪うために放られる拳の数も増えてきていた。

 足を止めて打ち出す拳の数が増えるということは、それだけ相手に反撃を繰り出す時間を与えることになる。

 試合当初であれば相手のバランスを崩す最低限の拳のみだったのだ、疲労が重なった今ではそんな精密動作が出来ないのか明らかに見当違いな場所にも拳が飛んできていた。

 手数を増やして牽制する意味もあるかもしれないのか、それらの拳はまさに当てに行っているだけの手打ちと言える。

 そんな物を幾ら食らってもワークホースの体が揺さぶられることは無く、ましてや頑丈なブロスユニットにダメージを受ける筈も無い。


「"あれ…、犬居さん。 そっちの方でワークホースの機体状況、ダメージレベルを見てくれますか"」

「"はぁ、何よ突然。 拳でペチペチ叩かれただけのワークホースにダメージなんて殆どある訳…、何よこれ!?"」

「"やっぱりそっちでもそうなってますか。 機体の各部位でダメージレベルが既にレッドゾーンに突入。 このダメージではその内、ブロスが戦闘不能を判断しますよ"」

「"どういうこと、こんなダメージレベルは有り得ないわ! まさか、これが猿野たちの狙いだと言うの!?"」


 こちらに通じない戦い方を繰り返す無駄な行動、そしてその行動の間に無駄に増えた手打ちの拳。

 何となく違和感を感じた歩はワークホースの状態を確かめるために、コックピット内のモニターに現在の時期の情報を映し出した。

 そして歩はそこで有り得ない物を見てしまい、慌てた様子で監督である犬居に対して同じ物を見てくれと願う。

 歩に促されてワークホースの状態を出した犬居は、先程に歩も見た有り得ないワークホースの被害状況を目にすることになる。

 ほぼ無傷である筈の実際のワークホース、しかしパイロットと監督に元に届けられる情報は現状と矛盾する不可解な情報であった。

 直感的に今の状況はナックルローズが作り出した事に気付いた犬居は、悲鳴に近い甲高い叫び声を出してしまう。



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