9-3.


 歩はそれが夢である事がすぐに解った。

 この一年ほぼ毎日乗っているワークホースの中、セミオート機構の操縦席の内装は瞬時に思い浮かべられる。

 競技用ブロスを搭載したマニュアル用の複雑怪奇な操縦席と比べれば、セミオート機構のそれは酷く簡単な作りに見える。

 しかし夢の中の歩が乗っている操縦席は、そのセミオート機構より簡素な操縦席であった。

 選ばれた人間しか操ることが出来ない競技用ブロスとは対象的な、少しばかりの訓練さえ積めば誰でも動かすことが出来る作業用ブロス。

 この作業用ブロスを搭載した二足歩行ロボット、ブロスワーカーに夢の中の歩が乗り込んでいた


「これは…、教習所の訓練機か…」


 通常のブロスワーカーは工事用の重機と同等の存在であり、その操縦席は周囲にあらわになっている物が多い。

 しかし歩の乗っている操縦席は完全に閉鎖型であり、外部の情報は全面と左右に設置されたモニターから読み取るしか無い。

 その作りは操縦席周りを除けば競技用のブロスユニットと殆ど変わり無く、そんな特殊なブロスワーカーについて歩は覚えがあった。

 競技用ブロスを取得するために歩が通っていた教習所、そのパイロットコースの教習で使用していた訓練用のワーカーである。


「はは…、模擬戦の授業って訳か…。 懐かしいな…」


 操縦席内のモニターには巨大ロボットが暴れられる広さを誇る、教習所施設内の訓練場の光景が広がっている。

 そして訓練場にはブロスユニットより一回り小さい、訓練生を表す派手な黄色の塗装を塗った訓練用のブロスワーカーが写し出されていた。

 しかしブロスユニットを意識して作られたそれは、単純な工事用のそれよりは洗練された人型ロボットである。

 対峙する二体の訓練用ブロスワーカー、この状況でやることは一つであろう。

 ブロスユニットとは比べ物にならない鈍重な動きで歩に近づいてくるブロスワーカーを前に、歩は何年か振りのワーカー同士の訓練試合に笑みを浮かべていた。







 ブロスワーカー、作業用ブロスは競技用ブロスと比べて操縦性は優れているが、その半面操縦の自由度は全くと言っていいほど無い。

 競技用ブロスに記憶されている動作パターンを選択することで、操縦者はブロスワーカーを操ることになる。

 右腕を前に上げる、右拳を固める、右半身を後ろに反らす、右半身の反りを戻して拳を前に突き出す。

 少々極端な例えだが上記のように動作パターンを一つ一つ入力することで、ようやく相手を殴るという行動が実現するだ。

 加えて予め入力された動作パターンを順番に消化していく作業用ブロスでは、咄嗟に相手の反応を見て対応することは不可能である。

 そのためブロスワーカー同士の戦闘の肝は、如何に相手の動きを先読みするかに掛かっていた。


「おら、足元がお留守だぞ!!」


 歩の操るワーカーが伸ばした足に引っかかり、相手のワーカーは為す術無く訓練場の床に倒された。

 相手の攻撃を透かしその勢いを利用して逆に倒す、教習所時代に歩が得意としていた必勝パターンである。

 拳闘スタイルが相手のダウンに拘る事から見ても分かる通り、二足歩行ロボット同士の戦いにおいて相手を倒す戦法は非常に有効な手段である。

 ブロスユニットであれば神業な操縦で受け身を取れる可能性も皆無では無いが、鈍重なワーカーでは倒された時点で為す術無い。

 しかし言葉にするのは簡単であるが、その操縦方式の関係でリアルタイムで操縦がほぼ不可能なワーカーでそれを実現するのは至難の技である。

 数手先の相手の動きを読みながらワーカーの動作を先行入力し、相手が思惑通りに動いて初めて成功する神業なのだ。


「懐かしいな…、この頃は上手くやっていけたんだよ…」


 マルチタスク、複数の処理を並列にこなす競技用ブロスを操るには必須の才。

 歩はこの才を持たなかったため競技用ブロスに受け入れなかったが、それは彼が決して完全な凡人ある事のイコールでは無い。

 言うなれば戦闘の才と言うのだろうか、相手の動きを直感的に察する嗅覚、勝負所で決して躊躇わない度胸。

 それはワーカー同士の模擬試合というマルチタスクが不要な戦いの場で存分に発揮され、歩は教習所ではトップクラスの戦績を誇っていた。

 しかしどんなに戦いが上手くともマルチタスクを持ちえない歩ではワーカーを操るのが精一杯であり、この男の絶頂期はマルチタスクを用いた訓練を初めた頃に終わりを迎える事になる。


「次の相手は…、この動き、葵か!?」


 実際の教習所では連続して模擬試合を行うことはまず無いが、そこは夢の都合なのか歩が相手を倒す度に続々と次の相手が出てくる。

 そして歩の前に現れた次の相手、ご苦労な事に鈍重なワーカーで拳闘スタイルを再現させる馬鹿など一人しか居ない。

 二代目シューティングスター、歩のかつての同輩である葵・リクターである。

 アウトボクシングの如く常に動き回りながら相手を沈めていく拳闘スタイルは、本来であればブロスワーカーなどでは再現できる筈も無い。

 しかし彼女は不完全ながらもブロスワーカーでそれを再現して見せ、一時期は教習所で無敵を誇っていた時代もあった。


「"さぁ、今年度最後の勝負ね。 悪いけど今日は勝って勝率を五分に戻させて貰うわよ!!"」

「この通信っ!? そうか、これは二年目の最後の試合か…」


 先にも触れた通り葵・リクターの無敗伝説に泥を塗ったのは歩である、しかし歩が彼女に勝った要因は半ば反則技であった。

 実は歩は葵の父であるシューティングスターの試合映像を密かに研究し、それを真似ているであろう彼女の動きを読んで嵌めただけなのだ。

 しかし対策をしたとは言えその勝利は運に頼った物が多く、勝利した瞬間は自分でも信じられない思いであった。

 教習所のワーカー同士の模擬試合はあくまでカリキュラムの一つであり、しかもこれは後に控えているブロスユニットの訓練と比べればお遊びと言っていい物である。

 実際、ワーカーを使用した訓練などで本気を出すのは馬鹿らしいと思っているのか、この訓練で明らかに手を抜いている者たちも少なくなかった。

 本来であればそこまで力を入れる必要は無いのだが、当時の歩は自主的に研究まで行い葵・リクターに勝ちに来ていた。

 ブロスユニットに乗るという夢を叶えるために愚直に努力していた当時の歩には、手を抜くなどという選択肢など思いつきもしなかったのだ。

 そして彼らはその後もワーカーでの試合を度々行い、パイロットコースの二年目カリキュラムの終わり間際で勝率は僅かに歩の方が勝っていた。


「"何よ、気合入っているじゃない。 けどこっちだって…"」

「止めろ、止めてくれ…」


 操縦桿から手を話して操縦を放棄しているにも関わらず、二年目最後の試合は歩の記憶通りに展開していた。

 互いに手の内を知った相手通しの戦い、ブロスユニットとは比べるのも烏滸がましい鈍重なワーカー同士の戦いでありながらその試合は確かな熱を帯びている。

 しかし歩はその試合を見ていられないとばかりに目を手で覆い、操縦席の中で早く夢から覚めてくれてと願っていた。

 パイロットコース二年目の終わり、この時の歩は既にパイロットの夢を諦めて整備科コースへの転科を決めていた。

 言わばこれは歩の有る種の引退試合であり、この時の歩はこれが最後と言う思いで我武者羅に勝ちに行っていたのだ。

 自身の自暴自棄とも言える捨て身の戦い振りを前に、歩は過去に味わった挫折感や絶望をありありと思い出して夢の中でもだえ苦しむ。

 そして戦いの結果も過去と同じく、歩は葵・リクターに勝ち切ることが出来ずに勝負は引き分けに終わった。

 この後で歩は葵・リクターに何も告げる事無くパイロットコースを止め、彼らの道は完全に分かたれた筈であった。











 最悪の目覚めであった。

 あの後も歩の夢は続いてい、この過去の追想は最終的に怒れる葵から思いっきり殴られた所で終わりを迎える。

 寝床の上で覚醒した歩は自らの体から出てくる汗の匂いを感じながら、半ば無意識の内に左頬に手で擦っていた。

 葵・リクターに殴られた痛み、その時に彼女が見せた怒りと悲しみが混ざった眼差しを歩では今でも忘れることは出来ない。

 時計を見ればまだ深夜に当たる時間であり、歩は熟睡とは程遠い浅く短い眠りを得ていたらしい。


「くっそ、最悪だ。 やっぱり精神的に来てるのかな…。 俺はどうすればいいんだろうな…」


 パイロットを諦めた時点で決して交わる事が無かった筈の葵・リクターとの思わぬ再会は、歩を予想以上に追い詰めているようだ。

 整備士兼パイロットと言う半端な状況のまま、自分はあの二代目シューティングスターに勝つことが出来るのか。

 やはり自分はパイロットに集中するべきなのか、このまま整備士の仕事を続けていてもいいのか。

 その答えを見出だせぬまま時は容赦なく過ぎていく、何時の間にかライセンス試験まで数日まで迫っていた。

 そんな悩める歩は周囲の人間に対して、自分の悩みをそれとなく相談もして見ていた。


「何だよ、そんなにパイロットの仕事がきついのかよ。 いいぜ、もう少しくらいならお前の仕事を引き取ってやるよ」


 歩の聞き方が悪かったかもしれないが、寺崎は歩の悩みを単に整備士とパイロットの仕事の両立が大変であると捉えたらしい。

 今でも歩の仕事を一部引き継いでオーバーワーク気味であるにも関わらず、この教習所時代から友人は何でもない様子で更に仕事を引き取ると言ってきたのだ。

 寺崎の友情に胸が熱くなった歩はこの話題をこれ以上続けるのは気が引け、そのまま話を有耶無耶にしてしまった。


「はぁ、そんなのパイロットに集中すべきに決っているでしょう! ライセンス試験に受からないとブロスファイトに出られないのよ、この重要さが解っているの!!」


 監督である犬居は歩の予想通り、自分にパイロットに集中するように言ってきた。

 整備という余計な仕事をすることなく、純粋にパイロットとして訓練を積んで技量を上げる。

 チームを指揮する監督としては、パイロットに自分の仕事に専念してくれと願うのは至極当然の意見であろう。


「君は整備士兼パイロットを続けるべきだ! オートマ免許しか持たないただの整備士でも使える白馬システムのセミオート機構、これは凄くいいアピールポイントになるから!!」


 営業の伊沢はあくまで営業の立場から、歩に整備士兼パイロットを続けるように勧めた。

 これからセミオート機構を売っていく伊沢としていた、それに乗る人間が素人に近い方がセミオート機構の売りになると考えているのだろう。

 歩が整備士兼パイロットを続けていけば、いずれはこの営業の広告塔に仕立て上げられることは確実であろう。


「パイロットが機体の整備に関わる事は悪いことじゃ無い。 パイロットを続けながら整備士の仕事をする事には、別に俺は反対しないぞ」


 そして整備班リーダーの重野は意外にも、歩が整備士としての仕事を続けることに理解を示してくれた。

 よく考えてみれば重野はかつて、機体整備に無頓着なパイロットの暴走に巻き込まれてパイロット殺しの汚名を着せられた。

 そんな重野に取って整備の仕事も行うことで、自身の愛機に対する理解を深める事は望ましい事なのだろう。


「…ただし反対はしないが、賛成もしない。 外野がどうこう言おうとも、決断をするのはお前自身だからな。

 パイロットと整備士、どっちも生半可な覚悟で出来る事じゃ無いぞ。それを両方やるとなれば相応の覚悟が必要になる、お前にその覚悟はあるのか?」


 しかし重野は単に歩に対して、整備士兼パイロットを勧めた訳では無かった。

 決断を他人に委ねようとした歩の甘い内心を見透かしたかのように、重野は決断は歩自身がしなければならないと言い切った。

 そして歩はその決断が出来ないまま、整備士の仕事を捨てられないままワークホースのパイロットを続けている。

 今は少しでも眠って疲れを取るのが先決だと、歩は再び寝床に横になって無理やり夢の世界に入り込む。

 次の夢見も最悪であった。



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