30 ケジメ
足下にあった鉢植えを蹴り上げる。
先頭を切って飛び出してきた浜岡の額に直撃した。ヤツが後ろに倒れたせいで五人の陣形がバラバラになる。
廉司はすかさず浜岡に押されて尻もちをついた坊主頭に消火器を振り下ろす。
気絶した二人の上で体を起こそうとした廉司の背中に若い男が掴みかかる。背後から首に回された腕を前で押さえつけ、勢いよく後ろ向きにダッシュした。
スピードについていけない男が足を縺れさせ、事務所の給湯スペースを隠していたアクリル製の衝立に背中から突っ込んだ。キッチンラックにもたれた衝立のパネルが男の重さに耐えかねて斜めに割れる。男は打ちどころが悪かったのか、パネルの切断面の上で体を反らせたまま動かなくなった。
残ったのは二人。金のスカジャンとストライプシャツ。少しは出来そうだ。
スカジャンが正面から突進してくる。スピードのある拳。ギリギリでダッキングし、腹に重いカウンターをお見舞いする。持っていた消火器はいつの間にか消えていたが、まぁいい。
体を曲げたスカジャンの吐瀉物を避ける。その背後で構えていたストライプの前まで一歩で踏み込み、男の丹田に前蹴りをめり込ませる。
壁まで後退し座り込んだのを見届けた時、復活したスカジャンが腕を振り回すのに気づいた。
振り向きざまに頬に一発食らう。口は切れたが大した重みはない。
スカジャンの肩を掴み、その布地をぐるりと巻き込んで殴ってきた右腕を封じる。そのまま顔に思い切り三度、拳を叩きこむ。相手はすでにフラフラしていたが、首を両手で押さえ、鳩尾に膝で仕上げておく。
その場にスカジャンを捨てたと思ったら、また背後から首を取られた。
起き上がっていたストライプだ。得意気に人の耳元で雄叫びを上げる。
廉司は舌打ちをし、そのままストライプを背負い込んで目の前にある応接セットのガラステーブルの上へ彼を投げ飛ばした。派手な音を立てて天板が砕け散る。歪にゆがんだフレームの中心でストライプは悶絶した。
難なく自分の元まで辿り着いた廉司に焦った辻は机の引き出しに手を伸ばした。
火薬のはじける音が空気を震わせる。
意識を取り戻し、立ち上がりかけていた男達と辻がフリーズする。
廉司が天井に向けていた銃口をゆっくりと辻に向けた。
「一つ忠告しといてやる」
廉司の親指が撃鉄を起こす。
「城を守らせるなら強い奴を選べ」
辻が引き攣った笑いを浮かべながら、引き出しから手を離した。
銃を構えたまま、廉司は辻と向かい合うように彼の机に腰掛けた。
「……お前、正気か?」
「一人なうえ、丸腰で来るとでも?そっちの方が正気じゃねぇだろ」
「馬鹿な真似はやめとけ。一生ムショ暮らしだぞ」
「あの雑魚共、外にやれよ」
「撃てるわけねぇ。お前に撃てるわけねぇさ」
廉司の空いている手が懐から煙草を取り出し、机上のライターで勝手に火を点ける。吸い始めの大きな煙を吐き出した瞬間、銃口が辻の太腿目掛けて火を噴いた。
「ガアッ!」
血液が宙に飛ぶ。辻の体が跳ね、椅子のスプリングが軋む。男達がどよめく。
痛みに叫ぶ辻のこめかみに銃口が押し付けられる。
「て、テメェ、本当に撃ちやがってぇ……っ!」
「なあ、アイツらがいると邪魔なんだよ。わかるだろ」
淡々とした口調で追い詰める。
その目の冷たさに息を呑んだ辻は、玉のような汗を浮かべながら廉司の背後にいる男達に汗ばんだ手のひらで退室を指示した。
主を人質に取られて手出しが出来なくなった組員たちは、悔しそうな眼をこちらに向けながら一人ずつ部屋を後にする。
鉢植えをぶつけられて額から血を流していた浜岡は、備え付けのロッカーに体をぶつけ、廉司の背中を睨みながらその場を離れた。
静かになった室内に、辻の苦し気な息遣いだけが響く。
廉司は実に寛いだ様子で煙草を一本楽しみ、吸殻を灰皿で丁寧に揉み消した。
いつからかはわからないが、建物の外がガヤガヤと騒がしい。
辻に銃を向けたまま、机上の固定電話を引き寄せた。
床に血液がぽたりと落ちる。あまりゆっくりとはしていられない。
廉司の目に促されるまま、辻は受話器を手にした。
「……誰に、掛けるんだ」
「
目を丸くした辻の太腿に空いた穴を上から踏みつける。
痛みに飛び上がった男の手から受話器が落ちる。本体と繋がるコードが伸びて、床に落ちることなく右へ左へぶら下がる。
廉司は全く気にしない様子で、口元の血を拭った。
「しょ、正気かお前っ!」
「あぁ?」
「こんな事で捕まったら組が無くなるっ。ウチだけじゃねぇぞ!飛廉もだ!」
「ゴチャゴチャうるせぇな」
今度は首筋に掠るように引き金を引く。
大きな音と共に辻が座る椅子の背もたれに穴が空いた。
外が騒めく。やはり大勢集まっているらしい。
辻の後退しかけている前髪を掴み、今一度銃口をこめかみに押し付ける。
音が鼓膜に届くよう、ゆっくりと撃鉄を起こす。
「サツを呼べ」
額を汗で光らせながら、辻が数回頷いた。
慎重に受話器を取り上げ、ダイヤルボタンを押す。
呼び出し音が鳴る。男の声が応えた。
人質に取られ、立てこもられていることを辻が告げると、電話口の男はすぐ別の部署に回した。
新しい人間が出た。辻が辛そうな目で見上げる。
「『要求は何だ』と」
「SITだ」
「シット?」
滝のように汗を流しながら辻が怪訝な表情を浮かべる。もう一度痛めつけるようなことはせず、正確に言葉を伝えさせる。
辻は生まれて初めて耳にした言語をリピートするように、忠実に唇を動かした。
「『捜査一課特殊班の渓一花を連れてこい』」
辻が無事に務めを果たしたのを見届けて、廉司は血の混じった唾を床に吐き捨てた。
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