第253話 流星

 ※ロッド=バウアー視点のお話です。


「やべぇな……」


 更地になったナー帝国の謁見の間。

 そこで繰り広げられる激戦を見ながら、オレは忸怩たる思いだった。


「ロッドさま、うごかないでっていったでしょ!」

「じっとしていてくださらないと、なおるものもなおりませんわ!」

「わりぃ、わりぃ」


 メイとアレアにどやされるが、オレの内心はそれどころじゃなかった。


(このままじゃあ、レイたちは負ける)


 オレの油断でこちらの切り札だったマギ・シブレーが壊されちまった。

 おまけに魔王の防御障壁は、前回よりも強化されてると来てる。

 レイとクレアはまだ何かを試そうとしているそぶりがあるが、それも上手く行っていないようだ。

 このままじゃあじり貧だ。


「何か……手はねぇのかよ……」


 決して悪くはないと自負している頭を必死で回転させるが、出てくる結論は暗いものばかり。

 せいぜいがラテスにやったように、マギ・シブレーの部品を使って、あの魔力の壁を散らす程度しか思いつかない。

 とはいえ、あれは不意打ちだったから成功した策だ。

 魔王は今の戦いを見ていた。

 恐らく同じ手は二度通じまい。


「どうすりゃあいいんだ……」


 オレは無力感に苛まれた。

 こうなるのは初めてのことじゃない。


 バウアーでサッサル火山が噴火した時、オレは大けがを負った。

 火山の麓にある村に避難を促しに行き、そこで倒れた。

 それまでオレは自分に出来ないことはないと思っていた。

 だが、重傷を負い片腕を無くし、魔力も尽きかかっていたオレに出来ることは、ほとんどなかった。


 幸い、避難はほとんどすんでいたため、村人に被害は出なかった。

 だが、小さな村には満足な医療施設もない。

 後から聞いた話だが、オレはかなりの間、生死の境を彷徨ったらしい。


 そんなオレの命を救ってくれたのは、オレが救うべき対象だったはずの村人たちの献身だった。


 村人たちは命は助かったとはいえ住む家をほぼ失い、明日食うにも難儀する状態だった。

 そんな彼らにとって、オレという存在はただの足手まといでしかなかったはずなのだ。

 だが、村人たちはオレを見捨てなかった。

 なぜか。

 オレがバウアーの王子だったからだ。


 村は保守的な価値観がまだ色濃く残る場所だった。

 オレにとっては旧態依然としか見えなかったそこは、だからこそオレを助けようとした。

 もしもオレがただの旅行者に過ぎなかったら、オレはとっくに見捨てられていただろう。

 オレは自分が軽視していた価値観に命を救われた。

 そのことは、オレに強い葛藤をもたらした。


 オレは慢心していた。

 何でも出来るなんていうのは思い込みだった。

 オレは民によって生かされている。

 そしてその民は、オレが良しと思う価値観を持つ者たちだけではない。

 民とは無数の価値観を持つ者たちで成り立っているのだ。


 考えてみると、セインは早くからそのことに気付いていたように思う。

 アイツは自分の思うとおりにならないことが多かった。

 だからこそ、他者や異質に敏感だった。

 ユーは……天才肌だから、あいつもなんとなくで気付いているように思う。

 オレだけが無知だった。

 裸の王様だった。


 オレが王族の籍を捨てたのは、セインが王になるべきという時流を読んだせいもある。

 だが、一番大きかったのは、自分が民の上にたつのにふさわしくないと痛感したからだ。


(オレに出来ることは……何かないのか)


 革命後、オレは軍に入った。

 それが自分にとって一番性に合うと考えたからだ。

 軍の訓練はきつかった。

 魔法なしの格闘戦では、叩き上げの軍人たちに何度も地面を舐めさせられた。

 だが、オレはそうなってようやく、自分に出来ることの限界が見えるようになった。


(考えろ。諦めるな。アイツらはまだ諦めちゃいない)


 レイとクレア、マナリアにリリィ――以前はただ守るべき対象でしかなかった女たちが、人類の未来のために戦ってる。

 アイツらが諦めてないのに、男のオレが弱音を吐いてる場合じゃないだろ。


(悔しいが、オレはもう戦えねぇ。なら、この二人を……? バカ言え)


 オレは自分を必死に治療してくれる小さな人影を見た。

 ホントならこんな戦場にいていい訳がない、子どもとも言えない幼児だ。

 だが、そんな二人よりも、今のオレには出来ることがない。


(いえ、悪くない思いつきです、ロッド=バウアー)


 ふいに、頭の中に声が響いた。

 抑揚のない、平坦な声だった。


(タイムか?)

(そうです。今はリリィ=リリウムの身体を借りるわけにもいかないので、あなたに直接呼びかけています)

(能書きはいい。用件はなんだ)


 オレは先を促した。


(マギ・シブレーを双子に代用させなさい)

(んだと?)

(収集した魔力はまだ魔法石に蓄積されています。あとはそれを変換して集束させるだけでしょう?)


 言われてそちらを見ると、魔法石はいまだ健在だった。

 砕けた破片に埋もれながらも輝きは失われていない。

 それはまるで、バウアーのやつらが、


 ――まだまだこれからだ。さあ行こう。


 とでも言っているように見えた。


(変換して集束させるだけっていうがな、それが一番難しいんだ。こいつを完成させるのに、どんだけの――)

(その二人には出来ます)


 タイムは断言した。

 オレは耳を疑った。

 オレが構想して、何人もの魔法学者の知恵を絞って完成させたこいつを、この二人が再現できるって……?


(二人に説明して下さい。ついでに魔法剣の要領でやればいい、と)


 それだけ言って、声は聞こえなくなった。

 相変わらず、言いたいことだけ言うヤツだ。


 オレは迷った。

 だが、チャンスがあるなら賭けてみたいと思った。

 こんな小さな子どもに頼らなきゃいけないのは癪だが、今のオレにつまらないプライドはなかった。

 もしも以前のオレだったら、こいつらに頼らず諦めていたかも知れない。


「メイ、アレア、オレの治療はもういい。その代わり一つ頼まれろ」

「なに?」

「なんですの?」

「このマギ・シブレーっていう魔道具なんだが――」


 オレはタイムに言われたとおりに説明した。

 魔法剣とやらが何かは分からなかったが、それも含めてできる限り分かりやすく。


「うん、わかった!」

「わかりましたわ」

「……おい、ホントに分かったのか……?」


 双子があまりにもあっさり頷いたので、オレは心配になった。


「ようするに、このまほうせきのまりょくを、まおうのあのくろいかべにぶつければいいんだよね?」

「あ、ああ……」

「なら、わたくしたちのでばんですわね」

「……」


 タイムの言う通り、二人には分かるらしい。


「ロッドさまはここでみてて」

「お、おう……」


 オレの返事を待たず、メイはポシェットをそっと地面に下ろした。


「レレアもそこでメイたちのことみまもってて」

「いってきますわ」


 双子の声に応えるように、顔を出したウォータースライムがふるりと震えた。


「アレア、じゅんびはいい?」

「ええ、いつでも」


 メイが破片の間から魔力収集の魔法石を拾い上げて両手で持ち、目を閉じた。

 アレアはドロテーアから受け継いだという剣を構えて前方の魔王を見据えている。

 そして――。


「アレア、いって!」

「ええ!」


 アレアが幼児とは思えないスピードで走り始めた。

 剣を下段に構えたまま、滑らかな動きで魔王にぐんぐん近づいて行く。


「おい、無茶だ!」

「ううん、いいの!」


 慌てて制止の声を掛けたオレが振り向くと、メイの身体が四色の光に包まれていた。

 それは地水火風の四大元素の光。

 彼女が集められた魔力を引き出し、制御している証しだった。


「嘘だろ……」

「うぅ……っ……!」


 だが、メイの表情は辛そうだった。

 無理もない。

 この魔力収集の魔法石には、今もバウアー中から集めた魔力が流れ込んでいる。

 規格外と言われたオレですら、その身にとどめておける魔力量ではない。


「無茶すんな!」

「おかあさまたちがたたかってる! メイたちもいっしょにたたかうの!」


 メイが叫んだ。

 オレは思い知る。

 まだまだオレは、女こどもたちの覚悟っていうものが分かっていなかったと。

 男だけが戦う時代は、もうとっくに終わっているのだ。


「ロッドさま、どいて!」

「!」


 鋭い声に、反射的に道を空けた。

 同時に、メイの身体から真っ白な――いや、限りなく透明に近い純粋な光の奔流があふれ出す。


「うけとって、アレア!!」


 光は一条の流星のように、戦場を駆け抜けた。

 その先には、剣を振りかぶったアレアがいる。


「はあぁぁぁっっっ……!」


 光がアレアを包んだ。

 爆発したように一瞬周りを眩まし、次の瞬間、光はアレアの剣に集束する。

 光が剣となり、アレアは唖然とする全員を置き去りにしながら流星となって疾駆する。


「やあぁぁぁっっっ……!!」


 アレアの剣が魔王の魔法障壁に触れた。

 光と闇がバチバチと帯電したかのようにせめぎ合う。


「こ……のぉ……っっっ……!」


 光が闇に押し戻されつつあった。

 ダメなのか。

 ここまで来て、ダメなのか。


「!?」


 アレアがふと、驚いたように顔色を変えた。

 直後、アレアが剣の構えを微妙に変えた。


「こうですわね、ししょー!!」


 アレアが何ごとかを叫んだ。

 次の瞬間――。


 轟音と閃光が辺りを満たした。


「ぐっ……!」


 思わず頭を守る。

 嵐のような時間は、ほんの数秒にも満たない時間だった。


「きゃあ!」


 甲高い声はオレのすぐ横で聞こえた。

 見ると、アレアが尻餅をついている。


「あいたた……。ちゃくちにしっぱいしましたわ」

「アレア……お前……?」

「なにをぼけっとしてるの、ロッドさま。メイたち、ちゃんとしごとしたよ?」

「!?」


 メイに言われて、オレは慌てて謁見の間を振り返った。

 するとそこには――。


「……やってくれましたね」


 魔力障壁を失い、片膝をつく魔王の姿があった。


「……マジかよ、おい」

「アレア、おつかれ!」

「メイもおつかれさまですわ」

「はは……フハハハ……!」


 呆然とする大人たちをよそに、双子は無邪気にハイタッチなどしている。

 オレはもう笑うしかなかった。

 レイとクレアも流石に驚いているようだ。


「大したヤツだよ、お前たちの娘は」


 あの母親たちにしてこの子あり、といったところか。

 どっちもただもんじゃねぇな、確かに。


「はあ……つかれたー……」

「わたくしもですわ……」

「おう。疲れたんなら寝ちまえよ。これだけやってくれりゃあ十分だ。後はお前らの母ちゃんたちに任せな」

「そうするー」

「そうさせていただきますわ」


 双子は地べたに二人で横になった。

 そのままうとうとし出す。

 大物だ。


「そういやあ、アレア。さっき途中で構えを変えただろ。ありゃあどうしたんだ?」

「んー……声が……聞こえたんですわ……」

「声?」

「ししょーに……しかられたんですの……。そうではない、こうだ……って……」


 それだけ言うと、アレアは今度こそ眠りについてしまった。


「そういうことも……あんのかなあ……?」


 アレアが戦闘技術を習った相手と言えばレイ、クレア、そしてオレもそうだろうが、誰よりもまずアイツだ。

 オレにとっちゃあ親父の仇だが、アレアにとっては良き師だったのだろう。


「まあ……礼を言っておくぜ、ドロテーア」


 剣神と謳われた今は亡きその女に、オレは苦い笑いを送った。


 ふと、誰かの視線を感じたような気がした。

 見回すが辺りにはオレたち三人以外の誰もいない。


「オレもヤキが回ったかね……」


 疲れ切った身体を地面に横たえると、涼やな風を感じた。

 オレはそのまま抵抗せず、意識を手放してまどろみに落ちていった。

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