第233話 全ての始まり(3)

 ※クレア=フランソワ()視点のお話です。


「それでは、我々の研究チームが提案する人類存続のプランをご説明致します。お手元の資料A-1からご覧下さい」


 ここは研究所の中にあるプレスルームです。

 わたくしは零とともに研究の責任者として記者たちの前に座っていました。

 これから行われるのは、零が中心となって開発した人類存続のための計画――永劫回帰ループシステムの発表です。


 内容が内容だけに、わたくしの心中は不安でいっぱいでした。

 チラリと横を見ると、隣に座る零の顔に不安げな様子は一切なく、いつもの通り淡々と説明を行っています。

 相変わらずよく分からない人ですわ。


「計画の第一段階として、まずタイムを使って魂を量子データに変換し、それを記憶媒体に保存します。保存対象は現在生存している人類のうち、量子化に賛同してくれた全ての人間です。そして、人類は数世紀の休眠期間に入ります」


 彼女のプランではその休眠期間に、タイムがナノマシンを始めとする自律型ロボットを使って地球の環境改善を図るとのことです。


「ロボットを使うだけで、そのようなことが可能なのでしょうか?」

「ただロボットを使うだけではありません。目指す環境の状態、文明レベルを、いったん科学文明からシフトさせます」


 零の説明に記者たちはざわめきました。

 無理もありません。

 わたくしだって最初に聞いたときは荒唐無稽としか思えませんでしたもの。


「目指すところは科学文明ではない? では一体どこを目指すのです?」

「魔法文明です」


 質問者が思わず失笑しました。

 他の記者たちも顔を見合わせてせせら笑っています。

 非現実的な妄言だと思ったのでしょう。

 ですが、彼らは思い知ることになるでしょう。


 大橋零という稀代の科学者、そして最初の魔法使いの才能を。


「論より証拠です。灯りを消して頂けますか」


 レーネがリモコンを操作してプレスルームの灯りを落としました。

 零は白い杖のようなものを構えて続けます。


「まだ研究の初期ですが、魔法にはこのようなことが出来ます。――照らせ」


 零の言葉と同時に、彼女が握る杖の先が明るく輝きました。

 記者たちが騒然となります。


「そ、それは……!?」

「ですから、魔法です。技術的には初歩の、灯りとりの魔法になります」

「て、手品だ! あんなのインチキに決まっている!」


 別の記者が糾弾しました。

 気持ちは分かります。

 この会見に集まった記者たちは皆、長年科学報道に携わってきたガチガチの理系です。

 こんな現象をそう簡単に受け入れることはできないでしょう。


「魔法は科学の延長線上にある技術です。今からその原理をご説明します。資料B-1をご覧下さい」


 部屋の灯りが戻され、記者たちは疑心暗鬼になりつつも資料をめくりました。

 その目はわたくしたちのインチキを何としても暴いてやろうという、批判意識に満ちたものでした。


「魔法を支えているのは、私たちの研究成果である新しいエネルギー――魔力です。これは時間の流れからくみ出すことの出来る、全く新しいエネルギーです」


 零は記者たちの血走った目など意に介さないように、飽くまで冷静に説明を続けました。


「時間の流れから? どうやって?」

「AIタイムを構築する過程で発見された、脳の未使用領域にそのヒントがありました。人間の脳には元々、時間と相互に干渉し合う能力があるのです。私たちはそれを人工的に励起させる装置を作製しました」


 魔道具、と名付けました、と零は先ほどの白い杖を示しました。


「この杖の先端にある魔法石という石は、実は極小の集積回路で作られたナノマシンの集合体です。これはタイムの端末でもあります。この魔法石が脳の未使用領域を励起して、様々な現象を起こします」


 零は現時点で判明している魔法の種類を次々に列挙していきます。


「これらの魔法のうち何が使えるかは、個人個人違います。便宜上、私たちはそれを適性と呼んでいます。また、起こせる現象を便宜上四系統に区分して、それぞれ地、水、火、風と分類しています」


 記者たちは資料を穴が開くほど見つめています。

 まだ懐疑的な人が多いようです。

 ですが、中にはこの会見が歴史的の転換点であることに気づき始めている者もいるようでした。


「この魔法をベースにした文明を魔法文明と呼称します。私たちの計画では、科学文明をいったん魔法文明へシフトさせることで、地球環境の改善が図れると考えています」

「なぜですか?」

「魔法文明の間は環境破壊の原因となっていた各種エネルギー問題が解決出来ます。魔力はクリーンエネルギーですし、その中核技術となる魔法石の核は、我々が処分に困っていた放射性廃棄物だからです」


 つまり、行き詰まっていた科学文明が、そっくりそのまま魔法文明の礎になり得るのです。

 これにはレーネの研究の功績が大きかったのでした。


「先ほどあなたは、魔法文明へのシフトは一時的なものと仰いました。魔法文明に完全に移行するのではないのですか?」


 もっともな疑問でしょう。


「魔法文明の核となる魔法石には放射性廃棄物が必要です。完全に移行してしまうと、いずれ魔法文明も同じように資源の枯渇に悩まされるでしょう」


 私たちが目指すモデルは別です、と零は続ける。


「私たちが提案するモデルでは、魔法文明と科学文明を繰り返すことを目指します。そして、相互の文明への移行期間は魂の量子化技術を使って休眠状態を保つことになります」


 つまり、こういうことです。

 現世人類をいったん量子化して休眠状態にし、環境を魔法文明に移行して人類を再び繁栄させます。

 さらに魔法文明が疲弊してきたら、再び休眠状態へ移行し、今度は科学文明に移行します。

 全体で見ると、魔法文明が科学文明を回復させ、科学文明が魔法文明を回復させる、という仕組みになっているのです。

 このループを繰り返すことで、人類を永遠に継続させようというのが、零が考えた永劫回帰ループシステムなのです。


「今回の会見はループシステムの概略説明に過ぎません。詳細は追って合衆国政府から発表されますので、そちらをご確認ください。それでは、質疑応答に移ります」


 その後の質疑応答は白熱したものとなりました。

 わたくしたちの研究成果は画期的なものですが、いかんせん絵空事にしか聞こえないのが難点です。

 ですが、最初は食ってかかっていた記者たちも、零のよどみなく体系立った回答を聞くにつれ、わたくしたちの研究が本物であることを感じ始めていました。

 記者たちは批判精神も旺盛ですが同時に理性的でもあり、専門知識を持つプロフェッショナルです。

 彼ら彼女ら自身の理性が、次第にこの計画の正当性を訴えるようになったのです。

 

「申し訳ありませんが、お時間です。会見はこれで終了します。ありがとうございました」


 記者たちに挨拶をしてから、わたくしたちは退席しました。

 自分たちのラボに戻る道すがら、レーネが興奮した面持ちで話しかけて来ました。


「やりましたね、クレアさん! これは間違いなく大きな結果です!」

「そうですわね。零のお陰ですわ」


 わたくしが零に水を向けると、零は「どうも」とだけ言いました。


「嬉しくないんですの? 自分の研究が認められようとしているんですのよ?」

「私の、じゃなくて私たちの、です。それに、私は自分の研究が出来ればそれでいいので、結果とか評価とかにはあまり興味がありません」


 飽くまでクールな零。


「天才には変わり者が多いと言いますが、あなたもご多分に漏れませんわね」

「じゃあ、クレアさんも天才ですか?」

「あなたに比べたら、わたくしなんて凡人ですわよ……って、どういう意味ですの!」

「私の理論だって、タイムがいなければ絵に描いた餅でしたよ」


 零にそう言われると、悪い気はしません。


「ですが、なぜわざわざ魔法などとという反発を受けそうな名前に? それらしい名前くらい、他にいくらでも思いつきませんこと?」

「……別にいいじゃないですか。分かりやすいですし」


 なぜだか零は拗ねたような顔をしました。


「ずーるーいー! 二人だけの世界作らないで下さいよー!」

「レーネさんの科学廃棄物再利用の論文だって、この計画には必要不可欠なものでした」

「えへへー、そうですか?」

「そうですわよ」


 この計画は皆で掴んだもの。

 そう思うと嬉しさもひとしおです。


「ああ、でも、ここらで私はおいとましようと思います」

「おいとま? どういうことですの?」


 零の言葉にわたくしが問い返すと、


「もう、皆さんだけでも計画は進むでしょうから、私は一足お先にリタイヤしようと思います」


 全く変わらぬ表情で、彼女はそんなことを言ったのでした。

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