第218話 無色と四色
「……」
「……」
目の前で繰り広げられる光景にクレア様と私は絶句していた。
ここは帝国が所有する保養地である。
帝都の大きな湖のほとりにある小さなログハウスだ。
私たちはフィリーネやセイン陛下に許可を貰ってここで数日間の休暇を取らせて貰っている。
使徒に言われてイチャイチャしに行きたいです、とはさすがに説明出来なかったので、このところの疲れを癒やす慰労のための休暇ということになっている。
元々、セイン陛下もドル様も私たちにこれ以上負担を掛けることには反対な人たちなので、私たちの申し入れはつつがなく受け入れられた。
魔族の襲撃に対する迎撃戦への参加も渋られたが、そこは流石に参加を認めて貰った。
手前味噌だが、未知の規模の襲撃があるのに、クレア様や私という戦力を使わないのはどう考えても悪手だからだ。
さて、それはそれとして、クレア様と私が今何を目前にしているかというと、メイとアレアの「水遊び」である。
この湖は浅瀬が広いので、二人には深いところに行かないようにと注意して好きに遊ばせていたのだ。
最初は普通に水をかけあったり、泳いだりして遊んでいたのだが、飽きてきたのか、その内に違う遊びを始めた。
「アレア、いくよー!」
「いいですわよ、メイ!」
メイが手を左右に振ると凝縮された魔力が炸裂し、湖に波を作り出した。
波と言ってもさざ波程度の可愛いものではない。
二十一世紀の日本の大型プールで見るような、大人数人を軽々と飲み込むような大波である。
一方のアレアも、襲い来る波を木の枝でばっさばっさと斬り破っている。
普通、メイが起こしたような大波に対して、木の枝による斬撃など何の役にも立たない。
ところが、アレアはドロテーアを思わせるような強烈な斬撃をいくつも繰り出し、アレアの波を相殺している。
「あの……クレア様……」
「……なんですの」
ログハウスのテラスに椅子とテーブルを出してそれを眺めていた私たちは、目の前の光景に圧倒されている。
「もしかしてなんですけれど」
「ええ」
「あの二人って、ひょっとしてもう私たちより強くありませんか」
「奇遇ですわね。わたくしも丁度同じ事を考えておりましたわ」
メイにしてもアレアにしても、元々、才能がある子だとは思っていた。
でも、それにしたってこれは異常だ。
見たところメイはまだ属性を帯びていない純粋な魔力だけであれだけの現象を起こしている。
アレアだって手にしているのはただの木の枝だ。
実戦の経験値があるから、その辺りでまだクレア様や私の方に勝つ見込みは残っているが、純粋な戦闘能力だけなら、二人はもう私たち以上かもしれない。
戦場になど絶対に立たせないが、仮に立っても十二分に通用する強さだろう。
「これは……少し気を付けないといけませんわね」
「何にですか?」
「メイもアレアも危ういですもの」
「危うい?」
はて?
私はクレア様の言わんとすることが分からず、目で続きを促した。
「あの二人はまだ幼稚舎に通うようなれっきとした幼児ですのよ? それなのにあんな不相応な力を持ってしまって……。この天秤の傾きは、必ずどこかで問題になるでしょう」
「なるほど」
二人にとって当たり前のことが、同年代の子たちには全く当たり前ではないことになる。
子どもの集団というものは多かれ少なかれ異端に敏感だ。
天才として持ち上げられるならまだマシだが、異物として排斥される可能性だって十分にある。
事実、メイは既にそれで一度、幼稚舎への登校拒否を起こしているのだから。
「へぇ、四色に無色ですか。これは珍しい」
「!?」
急に声を掛けられて驚愕を露わにしているクレア様を見ながら、私はまたこのパターンかと思った。
「だから使徒さん、急に現れないで下さいよ」
「これは申し訳ない。私としても悪気はないのですが」
今日の使徒は、メイとアレアのボディーガードの内の片方に憑依しているようだった。
以前、少しだけ説明した、ドル様の雇っている女性の二人組の内の一人だ。
彼女は私の元上司であり、クレア様に取っては馴染みの顔でもある。
「今度はメイド長に乗り移ったんですのね」
「近くにいる人間が、この人ともう一人しかいませんでしたので」
そう。
ボディーガードの一人は実は貴族時代にフランソワ家に使えていたメイド長なのだ。
彼女が家事に有能なことは知っていたが、ボディーガードとしても有能だったということは、つい最近知った。
ドル様に紹介されたときは、それはそれは驚いたものである。
ところで、使徒が取り憑けるのは精霊教会の人間に限るのかと思いきや、別に制限はないらしい。
最悪、クレア様や私に憑依してくる可能性もあるのだろうか。
「いえ、その可能性はありません。あなた方二人は例外です。そんなことが出来るのなら、始めから苦労はしないのです」
「ナチュラルに心を読まないでくれますか」
「あ、失礼」
相変わらず、使徒は思わせぶりなことしか言わない。
「使徒。メイの四色は何となく分かりますが、アレアの無色というのはどういうことですの? 単に魔法適性がないことを揶揄しているのなら、わたくしにも考えがありますが」
答えによってはただじゃおかないぞ、という表情のクレア様。
「いえいえ、そんな単純な意味ではありません。アレア=バルベの素質――無色は希有な才能ですよ」
「待ちなさいな。聞きたいことが増えました。バルベというのはアレアの名字ですの? あなた、アレアの身元をご存知ですの?」
「両方ともご説明しましょう」
そう言うと、使徒はログハウスの中から勝手に椅子を持って来て、私たちと一緒に座った。
どうでもいいけど、私たちにいちゃいちゃしろって言ったくせに、邪魔しに来てない?
「メイ=バルベとアレア=バルベの身元はもちろん知っています。私たちは全人類の身元を網羅していますから」
「なら、二人の両親は?」
「ご存知の通り、亡くなっています。親類縁者は何人か生きていますが、誰もあの子たちを愛さなかったようですね」
まるで人ごとのように使徒は語った。
実際人ごとなのだろうが、改めて語られるメイとアレアの境遇に、私は強い憤りを感じた。
「まあ、今はあなた方がいるのですからいいじゃないですか。もう一つ、アレア=バルベの無色は、ドロテーア=ナーと対極の性質ですね」
「というと?」
「ドロテーア=ナーはあらゆる魔法を拒絶しますが、アレア=バルベの無色はあらゆる魔法をその身に宿すことが出来る性質です」
「その身に宿すってどういうことですか?」
「言葉で説明するより、実際にやって貰った方がいいでしょう。二人を呼んで下さい」
クレア様と私は首を傾げたが、仕方ないのでメイとアレアを呼んだ。
「なあに、レイおかあさま? せっかくいいところだったのに」
「わたくしたち、まだおひるねはしませんわよ?」
二人はまだまだ遊び足りないと言った様子だ。
元気いっぱいで大変いいことである。
「メイ様、アレア様。お母様方が、お二人の秘密技を見たいと仰るのです」
使徒はメイド長のフリをしつつ、そんなことを言った。
秘密技?
「えー! めいどちょーさん、はなしちゃったの!?」
「もっとれんしゅうしてからびっくりさせるつもりでしたのに!」
メイとアレアの反応を見るに、二人は何かとっておきのものがあるらしい。
「申し訳ございません。でも、お母様方がどうしても見たいと仰るので、つい」
「もー……しかたないなあ」
「しかたありませんわねぇ」
そう言うと、メイとアレアはログハウスの庭に少し離れて立った。
「よーくみててね! アレア、いくよ!」
「いいですわ!」
何をするのかと見守っていると、メイが手に炎の矢を生み出し、それをアレアに向かって投げつけた。
「危ない!」
とっさにクレア様と私がそれを打ち落とそうと魔法弾を生成するが、使徒がそれを阻むように手を上げた。
「見ていて下さい」
メイが生み出した炎の矢はアレアに着弾し燃え上がる――と思いきや。
「……炎を……纏っている?」
メイの身体が赤い光に包まれている。
まるで魔法を吸収でもしたかのように。
「あれは……一体なんですの……?」
「あれが無色という性質です。彼女は自分自身では魔法を使うことが出来ませんが、代わりにありとあらゆる魔法を吸収して自らの力に変換することが出来るのです」
魔法の吸収――それはひょっとすると、ドロテーアの魔法無効よりもチート的な能力なのではないだろうか。
「おかあさまたち、みててくださいな! メイ、おねがいしますわ!」
「うん!」
アレアの声に応えて、メイが今度は岩塊を投げつける。
「やあっ!」
アレアの木の棒が一閃すると、岩塊は燃えながら真っ二つに両断された。
「アレア=バルベの今の技――便宜的に魔法剣と呼びますが、これはドロテーア=ナーの魔法無効を貫通します。先ほどあなた方は二人が自分たちよりも強いのでは、と仰っていましたが、とんでもない。彼女たち二人のコンビは、ドロテーア=ナーに匹敵しますよ」
くっくっく、と使徒は可笑しそうに笑って続けた。
「もっとも、あなた方お二人の強さは、そういう方向ではありませんけれどね?」
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