第213話 決着
会談場はパニックに陥った。
事前に帝国側で示し合わせたことでもなかったようで、帝国側の兵士たちも困惑している。
対する三国側は非戦闘員を下がらせ、戦える者たちでドロテーアを包囲した。
ドロテーアは剣を構えたまま、微動だにしない。
「命が惜しい者は逃げるがいい――と、本来は言うところだが、今日はそうもいかんな。すまぬが皆殺しにするぞ」
「出来ると思いまして!?」
開口一番、クレア様が炎槍を放った。
いつかレレアの母親に放ったときのような特大の一撃だ。
しかし――。
「お前から死ぬか、クレア=フランソワ?」
「――! しまっ――」
ドロテーアは炎槍に構わず突っ込むと、そのままクレア様の元に踏み込んだ。
「ピットフォール!」
私はドロテーアの足下を陥没させ、その体勢を崩した。
間一髪のところで、ドロテーアの剣が空を切る。
「気を付けて下さい、クレア様。ドロテーアには魔法は効きません」
「そうでしたわね。なんて厄介な……」
そう。
ドロテーアには魔法が効かない。
それはすなわち、私たちの戦力が大幅にダウンすることを意味する。
今、私が使った落とし穴のように、地形に干渉するタイプの魔法であればその限りではないが、炎槍や氷弾などの直接的な攻撃魔法は一切通じない。
クレア様のマジックレイも同様である。
「陛下を守れ!」
「女王陛下に治療を!」
護衛の兵たちが慌ただしく動くが、ドロテーアにはうかつに近寄ることが出来ない。
生半可な腕では、切り捨てられて終わりだ。
兵たちはドロテーアを取り囲むように剣や槍の先端を向けて威嚇している。
「雑兵ごときが……このドロテーアの相手になると思うか!」
黒光一閃。
ドロテーアがその漆黒の剣を閃かせると、数十人はいたはずの兵たちがみるみる内に数を減らしていく。
「レイ、お姉様の回復を急いで! ドロテーアの剣技に対抗できるのは、この中ではお姉様だけですわ!」
「傷が深いです! もうしばらくかかります!」
ドロテーアは狡猾だった。
彼女は自分に伍する相手がマナリア様だけであることを知っていた。
そして、彼女の弱点をも。
だから、ドロテーアは初手で私を狙ったのだ。
「ここまででいい。行かせてくれ」
「マナリア様。でも、まだ……」
「このままでは我が国の兵が死んでしまう。一国の王女として、それは看過出来ない」
マナリア様は剣を左手に握って立ち上がった。
利き腕である右手は力が入らないようだ。
「無茶ですわ、お姉様! そんな状態であのドロテーアと対峙するなど!」
「それでも、だよ、クレア。ドロテーアの言う通り、ボクはあの瞬間、自分の身よりもレイのことを優先してしまった。大局的に考えれば、大きな判断ミスだ」
スースの女王であるマナリア様の立場からすれば、あの場面、私のことは見捨てるべきだった。
なのに、彼女はそうしなかった。
私を守るために。
「今度は間違えない。だからクレア、キミにはレイのことを任せたい」
「お姉様……」
「レイを連れて逃げるんだ。時間はボクがなんとか稼ぐから」
血の気が引いた青白い顔で、それでもマナリア様は笑って見せた。
彼女らしくもない、儚い微笑みだった。
「待って下さい、マナリア様。自暴自棄になるには早すぎます」
「相変わらず容赦ないね、レイは。何か策が?」
「ええ、時間との勝負ですが」
この会談前に私はある知らせを聞いていた。
分の悪い賭けではある。
でも、私はそれに賭けてみたい。
「作戦会議はすんだか?」
その言葉と共に、ドロテーアがゆっくりと歩み出てくる。
彼女の後ろには無数の兵士たちが倒れている――もれなく血を流して。
ふいに彼女の視線が横にずれた。
それを追うと、一人の帝国官僚が部屋を出て行く所だった。
なんだろう……?
分からないが、ドロテーアが初めて隙らしい隙を見せた。
「行きます、クレア様!」
「合わせなさい、レイ!」
その後は、もう夢中だった。
白兵戦を挑むクレア様を、私が魔法で必死に支援する。
クレア様自身も歩法に爆発力を持たせたり、剣の威力を増すために魔法を惜しみなく使ったり。
そこにさらにマナリア様の援護もあった。
それでも。
それでも、ドロテーアにはまだ届かない。
「貴様らの負けだ。レイ=テイラー」
まるで裁判官か死神のように、ドロテーアが宣告する。
クレア様も私も、もうボロボロだった。
魔力ももうほとんど残っていない。
マナリア様に至っては魔力の枯渇で気を失っている。
打つ手はないように思えた。
だが、私たちも黙ってやられるワケにはいかない。
「はぁ……はぁ……。あなたは強い……それは認めます、ドロテーア」
「言われるまでもない」
「ですが……失礼な言い方ですが、今のあなたは三流ですね」
「……何だと?」
ドロテーアが眉を跳ね上げた。
「はあっ……はあっ……。レイが言いたいのは……こういうことですわ。あなたは個人としてはこの上なく強い。歴史を紐解いても有数の強者でしょう」
「世辞などいらぬ」
「でも、そんなのは、ただの最強程度だということです。強さというものがそれだけでないことを、あなたはご存知ないのですわ」
「最強か……。ばかばかしい。群れとしての強さのことを申しておるのか? 笑わせる。弱いから群れるしかないだけであろう」
ドロテーアがせせら笑う。
「人が集まることを群れとしか表現出来ない。それがあなたの限界ですわ、ドロテーア」
「負け惜しみか。下らん」
彼女が信じるのは、飽くまで個としての強さだ。
確かにドロテーアは強い。
だが、人間には違う強さも確かにある。
「いいえ。人と人との繋がりのことを、人は昔からこう呼ぶのです――絆、と」
「芝居がかった台詞だな。絆で余が倒せるか?」
「あれ? もう忘れちゃったんですか?」
「……何の話だ」
私はクレア様の手を握る。
クレア様は握り返してくれた。
繋いだ掌から、じんわりと暖かなものが流れ込んでくる。
「以前、バウアーに内部抗争仕掛けたじゃないですか。それで? どうなりましたっけクレア様?」
「……ふふ。わたくしとレイ、そして多くの方の絆で乗り切りましたわね」
絆とは、夢物語でも絵空事でもない。
現実に存在する力だ。
「確かにあれは失策であった。余が乗り込んでさっさと剣を振るうべきだった」
「負け惜しみですねえ」
ドロテーアの眉がピクリと動く。
意趣返しされたのが悔しかったらしい。
「もうよい。お前たちはここで死ね」
ドロテーアが剣を振りかぶる。
繋いだクレア様の手から、じんわりと力がみなぎる。
かすかに残ったクレア様の魔力が、私に譲渡される。
「私の地元ではこういうらしいですよ。勝負は最後まで分からない――ってね!」
私は魔法を発動した。
クレア様と私の残存魔力で何とか打ち出した正真正銘最後の一発。
ドロテーアはそれを剣で弾き飛ばし、飛びのいて距離を開けた。
「隠し玉を残していたか。小癪な真似を……」
憎々しげに言うドロテーアが、ふと入り口の方を向いた。
かすかな足音が響いてくる。
それは段々と大きくなり、それが集団のものであることが分かった。
良かった。
間に合ったみたいだ。
「ドロテーア、気がついていますか?」
「何をだ?」
「この会談以前に彼女を解き放った時点で、あなたはとっくの昔に負けていましてよ? ふふ、ふふ……」
ドロテーアがその気なら、一瞬で詰まる距離と突きつけられた切っ先。
ボロボロの体には抗う術は残っていない。
怖いよねクレア様。
私だって怖い。
それでも、私の最愛の人は高らかに勝利の高笑いを響かせた。
「オーーーッホッホッホ!!」
「……なんだと言うのだ……!」
苛立たしく舌打ちするドロテーア。
そして――。
「はぁっ……はぁ……。間に合いました――!」
荒い息のまま会談場へと走り込んできたのは――。
「フィリーネ……?」
そう。
国外に追放されたはずの、フィリーネ=ナーその人だった。
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