第201話 報告

「というわけで、帝国の籠絡作戦は振り出しに戻っています」

「……そうか」


 ここはバウアーからの使節団にあてがわれた宿泊施設の一室である。

 私とクレア様はメイとアレアを連れてセイン陛下を訪ねていた。

 教え子たちの事件や立て続けに起きた双子の誘拐事件を始め、これまでの私たちの動きと帝国側の反応について報告するためだ。

 メイとアレアはこことは別の部屋で遊んでいる。


 セイン陛下の暮らす部屋は寮の私たちの部屋よりもずっと小綺麗で洗練されていた。

 青系の色で統一された室内は、どこか海を思い起こさせる。

 セイン陛下はその一室――書斎で私たちの話に頷いた。


「……報告については分かった。礼を言おう。だがレイ、クレア。まず俺は二人に謝らなければならない」

「謝る? 何についてですの?」

「……お前たち二人を留学生として帝国に渡さなければならなくなったことについて、だ」


 セイン陛下は苦々しい顔になった。


「それでしたら、もうお気になさらないで下さいまし。わたくしもレイも、バウアーの置かれた難しい状況は理解しておりますわ」

「第一、セイン陛下が悪いわけじゃないですよ。どちらかというと、妙なことを始めたマナリア様や、そもそも帝国にだって責任があります」

「……そう言ってくれるか」


 クレア様と私の言葉に、セイン陛下は苦笑した。


「……とはいえ、やはり俺は国の政の責任者だ。やはり最終的な責任は俺にある。すまなかったな」


 そう言うと、セイン陛下はわざわざ席を立って私たちに頭を下げた。


「ちょっ……セイン陛下、おやめ下さいな!」

「クレア様、ここは謝罪を受け取りましょう。陛下だってけじめをつけたいでしょうし」

「……レイの言うとおりだ。受け取って欲しい、クレア」

「……分かりましたわ」


 クレア様は渋々、と言った様子でセイン陛下の謝罪を受け入れた。

 と、話が一段落したところで、


「ではこの話はそこまでにして、これからのことを考えようじゃないか」


 その場にいたもう一人の人物が、話題転換を試みた。


「……ドル、帝国側の動きはどうなっている?」


 セイン陛下が意見を求めた相手は、我が義父ことドル=フランソワ様その人である。

 現政権に請われて政治外交への助力をしているドル様は、ちょうどセイン陛下に報告をするため私たちと一緒になったのだ。


 バウアー王国の現在の体制について少し説明しておこう。

 セイン陛下は国王である。

 国の象徴であり、様々な公務や儀式、国の代表としての職務を行うのが仕事だ。

 対して行政権は政府にあり、現首相はアーヴァイン=ラスターである。

 この辺りの関係は私が元いた世界でいうと、日本やイギリスの政治システムに近い。


 忘れている人もいるかもしれないので説明しておくと、アーヴァインは元レジスタンスの頭目だったアーラ=ラスターの弟で、レジスタンスの金庫番だった男性である。

 アーラも新政府のメンバーに名を連ねてはいるものの、ほぼ公務には携わっておらず、名誉顧問的な立ち位置のようだ。

 彼女の役割は、革命を成し遂げた所で終わったのだろう。


 議会も招集されており、議員は国民から普通選挙で選ばれている。

 揉めに揉めた女性の政治参加については、結局、クレア様の意見が通った。

 そのため、数はまだ少ないものの、女性の議員も何人か存在する。


 司法権は昔からその役割を担っている精霊教会がそのまま担当している。

 ただし、バウアーの国内においては、問題有りと目された裁判官――つまり精霊教会の人間に対して、不信任を決議することができ、教会の権力にも一定の制限が掛けられることになった。


 と、まあ、これがバウアーの現状である。

 閑話休題。


「帝国は相変わらず強気な姿勢を変えないと見えます。ドロテーアはずいぶん頑固な女性のようですな」


 ドル様はのほほんとした様子だ。

 以前はもっとシャープな印象だったが、今はすっかり昼行灯である。

 こんな風に見える人が実はやり手の政治家なのだから、人は見かけによらないとはよく言ったものだ。

 まあ、ドル様の「力」はこれだけではないのだが。


「また、これは噂ですが、融和派で放逐されたフィリーネ王女が暗殺されたという情報もあります」


 私はぎょっとした。

 フィリーネが……暗殺……?


「お父様、それは本当ですの!?」

「未確認だが、彼女の遺髪が帝室に届いたという情報がある。魔道具で検証したところ、付着した血はフィリーネ王女のものと一致したらしい」

「そんな……」


 クレア様は呆然としている。

 無理もない。

 数ヶ月の間ではあったが、フィリーネとは懇意にしていた。

 そんな相手が亡くなったと聞かされて、平然としていられるクレア様ではない。


「クレア様、多分、フィリーネは大丈夫ですよ」

「で、でも……」

「大丈夫です」

「……」


 なだめる私の言葉は届いたのかどうなのか。

 クレア様は動揺を隠しきれていない。


「……これで帝国内の融和勢力は随分勢いを減じたことになるな……。なら、首脳会談でこちらの要求がのまれる可能性はどれくらいだ?」

「三割、といったところでしょう。マナリア女王もかなりのやり手ですが、いかんせん絶対的に経験が足りません。アーヴァインも同じです。老獪さではドロテーアの方が上でしょう」

「……ふむ」

「その点、ビルは心配ありません。会談では彼を中心に論陣を張るのがいいでしょう」

「お父様、ビル様とは誰ですの?」


 クレア様が問うた。


「ああ、少し呼び方が気安すぎたな。ウィリアムのことだよ。クレアも会ったことがあるはずだ。アパラチアの国王だよ」

「ああ、ウィリアム陛下のことでしたの」


 ドル様とクレア様は、アパラチア王と面識があるようだ。

 特にドル様はその気安い雰囲気から、かなり懇意にしているらしい。


「と、その前に。お前たち二人はそろそろ帰りなさい」

「? どうしてですの? わたくしたちだって、話を聞いておかなければお役に立てませんわ」


 クレア様の疑問は、そのまま私の疑問でもあった。

 それに対するドル様の言葉は、思いも寄らないものだった。


「今回の首脳会談、お前たちは欠席しなさい」

「えっ……?」

「バウアーはお前たちに頼りすぎている。親として、これ以上は目をつぶれん」


 ドル様は私たちを首脳会談関連の仕事から外す理由をそう説明した。

 革命の際もそうだったが、クレア様と私はあまりにも国の重要事に関わりすぎている。

 このままでは国にとってもよくないし、何より親として自分の娘たちが酷使されている現状に我慢がならない、と。


「……それについては俺も同感だ。レイとクレアはもう十分過ぎるほど働いた。これ以上は頼りすぎだ」


 セイン陛下もそれについては同意しているらしい。


「でも、わたくしはメイやアレアのためにも、自らの道を切り開きに帝国へ来たのです! 今になって指をくわえて見ていろなんて――!」

「気持ちは分からんでもない。だが、現実問題として、首脳会談にお前たちがやることはもうないのだよ。ここからは政治・外交の専門家に任せて欲しい」

「そんな……」

「クレア、お前はもう十分働いてくれた。これからは自分たちの人生を生きて欲しい。本来なら、もっと早く言わなければならなかったことだ」

「……」


 クレア様は難しい顔をしているが、ドル様の声は真摯だった。

 これは私の憶測だが、ドル様はクレア様が自分のようになってしまうのを恐れているのではないだろうか。

 ドル様は生まれた時から政治の世界で生き、革命の裏舞台にその身を捧げ、革命を終えてもなおその世界から逃れられていない。

 ドル様は娘にそんな修羅の道を歩んで欲しくないのではないか、と私は思う。


「クレア様、ここはドル様のお言葉に従いましょう」

「レイ……」

「何も政治に参画することだけが、私たちの未来を切り開く道じゃありませんよ」

「そうだとも。二人は魔法にも長じているし頭もいい。学問を修め、娘たちを育てる――そんな生き方があってもいいのではないかね?」


 これだけ聞くと前時代的な女性観のようにも思えるが、ひょっとしたらそれは、ドル様が願っても叶わなかった生き方なのかもしれない。


「……失礼します!」

「あ、ちょっと、クレア様! 私も失礼しますね」


 気分を損ねたというようにその場を出て行ってしまったクレア様を追いかけて、私もあわててその場を辞した。


「……すまんな。たとえ世界がお前たちを必要としていようとも、私だけはお前たちを守らねばならんのだよ」


 ドル様の独り言のような呟きは、多分、一番言いたかった本音だと私は思うのだ。

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