番外編

番外編1 誕生日

※エピローグ後のお話です。

※大橋零誕生日記念小話。


 季節は初夏。

 バウアー王国には四季があり、ようやく梅雨が明けたという頃のこと。

 今日は学院も休日で、家族水入らずを満喫している。

 クレア様と私は自宅でメイとアレアの勉強を見ていた。

 二人は孤児院にいたので最低限の読み書きは習っていたはずなのだが、馴染めなかったためなのかあまり成績はよくないようだった。

 それでも、改めて教えてみれば飲み込みは早いようで、今は書ける語彙も増え、年齢相応の教養を備えるようになってきた。


「クレアおかあさま、これはなんてよむのー?」


 メイがレレアに乗っかりながらクレア様に尋ねた。

 最近のメイはレレアの上がお気に入りらしい。


「これは誕生日、ですわ」

「たんじょうびー?」

「わたくしはしっていますわよ、メイ。それはひとがうまれたきねんびのことですわー」


 クレア様の答えに、首を傾げるメイと得意そうに言うアレア。


「アレアは正解ですわ。二人の誕生日はいつなんですの?」

「わたしはわすれちゃったー。おぼえてる、アレアー?」

「もちろんですわ、メイ。十二の月の十三の日ですわー」


 この世界の暦は地球の太陽暦に似ているが、少し単純化されている。

 一年は十二ヶ月であり、ひと月は三十日である。


「そうなんですのね。その日が来たら、二人ともお祝いしましょう」

「わーい」

「楽しみですわー」


 無邪気に喜ぶメイとアレアを見て、クレア様が目を細めた。

 そして、不意にこちらを向いて、


「そういえばわたくし、レイの誕生日も知りませんわ」


 と言った。


「当然ですよ。私自身にも分かりませんもの」

「どういうことですの?」

「お忘れですか? 私は精霊の迷い子ですので」

「あ……」


 そうなのだ。

 今世の私は幼い頃にユークレッドの街を彷徨っていたところを、今の両親に拾われた。

 つまり、正確な誕生日は分からないのである。


「それじゃあ、誕生日のお祝いなどはしなかったんですの?」

「平民にそんな経済的余裕はありませんでしたからね。せいぜい、新年と収穫祭くらいですよ、お祝いなんて」


 平民は貧しくて多産な家が多い。

 家族の誕生日など祝っていたら、それだけで摩耗してしまう。

 誕生日を祝うというのは、貴族のイベントなのだ。


「そうですの……。じゃあ、レイの前世の誕生日はいつでしたの?」

「前世の、ですか?」

「ええ。レイの前世はそれなりに恵まれた家だったとうかがいましたわよ?」


 革命が起きる少し前に、私が転生者であることはクレア様に説明してある。

 クレア様はそのことをよく覚えていたらしい。


「そうですね。この世界とは暦が微妙に違いますが、ざっくり言えば七の月の十九の日になるでしょうか」

「もうすぐじゃありませんの!」


 そういうことは早く仰いなさい、とクレア様に怒られた。


「レイおかあさま、もうすぐおたんじょうびなのー?」

「おいわいしますのー?」


 メイとアレアもくいついてくる。

 どうも誕生日を祝うということに興味が湧いたようだ。


「まあ、私の誕生日はどうでもいいので、メイやアレア、そしてクレア様のお誕生日の時は盛大に――」

「なに言っていますの! どうでもいいわけないでしょう!」


 思いっきりダメだしされた。


「大切な家族の誕生日ですわよ。きちんと祝わなければダメですわ」

「そうよー」

「そうですわー」


 三人がかりでこられると、私としては弱い。

 でも、前世でももう誕生日なんて忘れたい年齢だったのに、今更誕生日と言われても今一つピンとこない。


「誕生日まであと三日ですわね。メイ、アレア、準備をしますわよ!」

「はあい」

「はいですわ」

「あのう……クレア様、私はどうしたらいいんですか?」

「レイは普通にしていて。普段の家事をしていて下さるだけでも十分ですわ」


 誕生日の準備はクレア様たち三人でするらしい。


「さあ、忙しくなりますわよ」


◆◇◆◇◆


 それからの三日間はあっという間だった。

 色紙を折ったり切ったりして、部屋の中は飾り付けられ、家の中はにわかにお祝いムードが高まっていく。

 クレア様は他にも何か考えているようだったが、私は準備に参加させて貰えていないので分からない。

 ちょっとした疎外感を感じながらも、少しドキドキしている自分もいて、それは意外な発見だった。


 そうして、ついに当日の夜を迎えた。


「誕生日おめでとうございますわ、レイ」

「おめでとうー」

「おめでとうございますわー」


 お祝いはディナーですることになった。

 クレア様を始め、メイとアレアも祝辞を述べてくれる。


「ありがとうございます、クレア様。メイとアレアもね」


 私は心を込めて一人一人にハグを返した。


「ささ、座って下さいな、今夜はちょっとご馳走ですわよ……と言っても、レイが作ったお料理なのが申し訳ないですけれど」

「ふふ、構いませんよ。材料費を出して頂いてありがとございました」

「それくらいさせて頂けませんと、誰の誕生日か分からなくなりますもの」


 クレア様はギリギリまで自分で作りたいと言っていたのだが、他の分野のエリートっぷりが嘘のように、料理の才能だけは致命的になかった。

 そのため、料理は材料費だけ出して貰って私が作ったのだが、革命からこちら節約メニューが続いていたこともあって、存分に腕が震えるのはとても楽しかった。

 メニューはローストビーフ、ポテトサラダ、オニオングラタンスープ、バゲット、クリームブリュレである。


「では、頂きましょうか」

「あ、レイ。ちょっと待って下さる? メイ、アレア。あれを」

「はーい」

「はいですわ」


 そういうと、二人は一旦子ども部屋に行ってから戻ってきた。


「はい、レイおかあさまー」

「おたんじょうびのおくりものですわー」


 そう言うと、二人は丁寧に包装された包みを手渡してくれた。


「開けてもいい?」

「うん」

「もちろんですわー」


 包装紙はどこかで買ってきたものだろうか。

 ラッピングのぎこちなさから、二人が手ずから包んでくれたものだということが分かる。

 私はこの包装紙も大事に取っておこうと思いながら、丁寧に包みを解いた。


「これは……似顔絵?」


 中に入っていたのは、画用紙にクレヨンで描かれた私の絵だった。

 画面一杯に満面の笑顔の私が描かれていた。

 二人からは、私がこう見えているのだろうか。


「がんばってかいたのよー?」

「どうですか、にていますかー?」

「うん、そっくり。ありがとう、メイ、アレア」


 私はちょっとほろっと来そうになりつつ、二人を改めて抱きしめた。

 二人は嬉しそうに目を細めて抱き返してくれる。

 本当に、自慢の娘たちだ。


「わたくしからもありますのよ?」


 そう言うと、クレア様も頬を赤らめつつ、包みを渡してくれた。

 その表情がすでにプレゼントです。


「これは……ハンカチ?」

「粗品で申し訳ないですけれど」


 クレア様の言うことは謙遜に過ぎた。

 ハンカチにはとても細かい花々の刺繍がされており、完全に一般市民の持ち物ではない。

 これは貴族の持ち物だ。

 使うのに躊躇してしまうほどの美しいハンカチだった。

 クレア様が自分で刺繍してくれたのだろう。

 よく見ると、


 ――Dear Rei. From Claire


 という一言も刺繍されている。

 三日間でこのクオリティなのだから恐れ入る。

 こんなの宝物以外の何ものでもない。


「ありがとうございます、クレア様」

「ふふ、喜んで頂けたのなら、嬉しいですわ」


 まさかプレゼントまで用意して貰えるとは思っていなかったので、私はかなり不意を突かれた。

 正直、メイとアレアがいなかったら泣いていたと思う。


「さ、ディナーにしましょう。レイのお料理ですもの。美味しいに決まっていますわ」

「うん。おいしいー」

「あ、メイ。ぬけがけはずるいですわー」

「ふふ」


 そうして賑々しくお祝いのディナーは始まった。


◆◇◆◇◆


「誕生日の一日が終わってしまいますわね」

「そうですね」


 メイとアレアはもう夢の中である。

 二人が寝静まった後、クレア様と私は二人だけで静かにお茶を飲んでいた。


「どうですの、少しは楽しんで貰えまして?」

「こんな嬉しい誕生日は前世も含めて初めてです」


 前世でも家族との仲は良好だったから、誕生日は楽しいものではあった。

 でも、自分で選んで自分を選んで貰った家族と祝う誕生日というのは、また違った嬉しさがある。


「ふふ、良かったですわ」

「ありがとうございます、クレア様」


 私は万感の思いを込めて言った。

 大好きな人と誕生日を過ごせる――それがどれだけ幸せなことか、私はそれを噛みしめていた。


「あなたがいなかったら、わたくしの人生はきっともっとつまらないものになっていましたわ。生まれてきてくれてありがとう、レイ」

「クレア様……」


 その言葉を、クレア様が口にするということの意味。

 それを私は痛いほど理解している。

 クレア様は貴族として何不自由なく過ごしていた。

 そんな生活よりも、私との今の生活がいい、そう言ってくれているのだ。

 嬉しくないわけがない。


「ところで……。わたくしからもう一つプレゼントがあるのですけれど……」

「?」

「……察しなさいな」


 クレア様がもじもじしている。

 これは……そういうことでいいんだろうか。


「私、今日はちょっと嬉しすぎて情緒不安定なので、だいぶオオカミになるかも知れないですけれど、いいですか?」

「今日だけは許してあげますわ。でも、わたくしが猟師になることだってありますわよね?」

「試してみましょうか」

「望むところですわ」


 私はクレア様の手を引いてベッドルームへ向かった。

 クレア様のもう一つのプレゼントは、最高でしたとだけ記しておく。

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