第78話 ままならない現実

 というようなことを、私はクレア様とリリィ様に、前世だとかそういう要素を脱色して話した。

 二人の反応はと言えば、


「ずいぶんと酷い方たちですわね。ムカムカしてきましたわ。焼きましょう。レイ、その者たちの所に案内なさい」

「お、お供しますクレア様」


 という過激なものだった。


「まあまあ。あの頃は美咲も家庭が荒れていたみたいでしょうがなかったんです。それに卒業した後に再会しまして、今では一緒にツチノコを探しに行く仲になりました」

「ツチノコ?」

「ああ、すみません。UMAです」

「ゆ、ゆーま?」

「ああ、すみません。忘れて下さい」


 閑話休題。


「ともかく、あの時はホント、色々と複雑な事情がごっちゃごちゃだったんです」

「何も複雑じゃないじゃないですの。そのミサキとかいう女が全ての元凶ですわ」

「それが、そうでもなくて」

「ど、どういうことですか?」


 憤懣やるかたないといった様子のクレア様をなだめていると、リリィ様が説明を求めてきた。


「さっき言った家庭の事情に加えて、美咲は詩子のことが好きだったんです。でも、そのことを自分で認められなくて」

「そ、そうなんですの?」

「はい。私をハブったのは、詩子を取られると思ったからですね」

「う、うわー……三角関係ってやつですか」


 昼ドラのような単語を持ち出して、リリィ様がうめいた。

 しかし――。


「いえ、四角関係です」

「どういうことですの?」

「小咲は美咲のことが好きだったんですよ」

「こ、こんがらがってきました……」


 つまり、こういう片思いの関係である。


 美咲→詩子

 ↑  ↓

 小咲←零


 私は紙とペンを借りて図式化した。


「ドロッドロですわね」

「そ、そうですね」

「まあ、みんな若かったんですよね……」

「あなたまだ十代半ばですわよね?」

「そんな時もありましたねぇ」

「現在進行形でしょう!?」


 おっと、少し遠い目をしてしまった。


「とにかく、その三人とはその後全員仲直りしました。一番笑ったのは小咲の本性を知った時ですね」

「コ、コサキさんにも何かあるんですか……?」

「はい。当時は小動物とか天使とか思ってた小咲なんですが、実は一番の性悪だったんではないかという話になりまして」

「わたくしには何となく分かりますわ。コサキは自分が一番可愛いタイプでしょう?」

「クレア様、大正解です」


 小咲の言動は全て、計算尽くのものだったのだ。

 小動物めいた雰囲気も、はにかむような笑顔も、控えめな性格も、争い事が嫌いな平和主義も何もかも全部が。

 要するに彼女は、自分の思うとおりに相手から見くびられていたい人だったのだ。

 そうして手のひらで相手を転がして自分の都合のいいように話を運んでいく。

 この世界だとユー様やレーネが近い。


「結局、小咲は美咲とくっつきました。あ、美×小じゃなくて小×美です」

「あなたは何を訳の分からないことを言っていますの」

「訳が分からないとは何ですか! カップリングの左右は重要でしょう!」

「り、理不尽に怒られましたわ……」


 おっといけない。

 ついオタクの血が。


「まあ、これが私の初恋の話です。つまらなかったでしょう?」

「そうでもないですわ」

「え、ええ。とっても参考になりました」

「そうですか?」


 実はこの話の後、今の私に性格がどんどん近づいていくのだ。

 オタク趣味は悪化し、好きな相手には猪突猛進的になった。

 ただれた生活を送った大学編とか、間違っても二人には聞かせられない。


「ずいぶん、苦労したんですのね」

「そうでも。今となっては笑い話です。どうですか、リリィ様。幻滅しました?」

「い、いえ。むしろ一層好きになりました」

「あるぇー?」


 まあ、いいか。


「とにかく、初恋は実らないものですし、同性愛者の恋愛は失恋がデフォなので、打たれ強さが大切です」

「う、打たれ強さ、ですか」

「はい。お陰で私はクレア様のつれない態度でもご飯三杯はいけるほどになりました」

「レイはちょっと図太すぎると思うんですのよ!?」


 今日もクレア様のツッコミが冴え渡っている。

 シリアスっぽい話をして疲れてしまったので、これは何よりの癒やしだ。


「クレア様の初恋は、マナリア様だったんですよね?」

「ち、違いますわよ! あれは……その、お姉様があまりに素敵でいらしたので、勘違いをしたというか」

「まあ、今は私ですもんね」

「……レイ、調子にのっているとクビにしますわよ?」

「ごめんなさい」


 クレア様の目が据わったので、私は慌てていじるのをやめた。


「そういえば、どうしてこんな話になったんでしたっけ?」

「わたくしたち、平民の貧しさを解決しようと教会に来たんだったですわね……」

「ま、まあ、たまには脱線もいいじゃないですか」


 ふと我に返ったクレア様と私を、リリィ様がとりなしてくれた。


「さ、先ほどのレイさんのお話に通じるものがありますが、理想と現実って違いますよね」

「どういうことですか?」

「きょ、教会も貧富の差は無くなって欲しいと考えていますし、こうするべきだという理想像はいくつかあります。でも、実際にそれが上手く機能するかというと、それは疑問と言わざるをえません」

「? 詳しく説明して頂けませんこと?」

「せ、政治は、キレイごとでは済まない、というお話です」


 リリィ様のような小さな少女からそんなシビアな言葉が出てくるとは思っていなかったので、私は思わず瞠目した。

 クレア様はといえば、リリィ様が言ったのと同じ言葉をどこかで聞いたことがあったのか、何か思い悩むような顔をしている。

 大方、ドル様に言われたんだろうが。


「り、理屈として正しくても、政治は現実で機能しなかったら意味がありません。そして、多くの場合、現実とは理不尽なものです」


 そう言ったリリィ様は、まるで年老いた老婆のようにも見えた。


「リ、リリィはもう、政治はなるようにしかならないと思ってしまっています。教会は政治とは一線を画すことにしていますし」

「またぶっちゃけましたね」

「でもそれでは!」


 諦めともとれるリリィ様の話に、クレア様は思わず、といった風に声を荒げた。


「それでは……民が報われません。わたくしは、理想を失いたくないですわ」


 理想から現実に逃げたくない、とクレア様は言っていた。

 ならば、どうすればいいのか。


「それなら、理想を追い続けるしかありません。理想を唱える者は、常に自らがそれを実現していかなければ」

「レイ……」

「クレア様お一人ではないのです。私も微力ながらお供致します」

「ありがとう」


 と、私たちはちょっといい雰囲気になったのだが、


「いちゃつくならよそでやれよ、カス」

「「……」」

「……ほ、本当にわざとじゃないんです、信じて下さい!」

「いやまあ、信じますけど」


 いっそ惚れ惚れするような暴言癖である。


「それにしても、リリィ枢機卿にはすっかりお世話になってしまいましたわね。何かお礼が出来ればいいのですが」

「そ、そんな! リリィはクレア様に教会のことを知って頂けるだけで……」

「例えば、今、リリィ様が一番困っていらっしゃることはなんですか?」


 私はそれとなく訊いてみた。


「こ、困っていること、ですか?」

「はい。私たちも力になって頂いたのですから、逆にリリィ様のお力になれればと思いまして」

「ふふ、嬉しいです」

「そこ、いい空気出さない」


 リリィ様の暴言癖とは違って、クレア様のツッコミは地である。


「そ、そうですね……。私は今、とある病気の研究をしています。異性病というのですが……」

「ああ、性別が入れ替わってしまうっていうあれですね」


 異性病は現実には存在しない「Revolution」オリジナルの架空の病である。

 元々の性別とは逆の性別になってしまう病気で、ゲームの中ではコメディチックなイベントで登場した。

 学院祭の男女逆転喫茶でも分かるとおり、王子様方はみな大変な美形なので、イベントの特殊スチルはなかなかの見物である。

 ちなみにこの時、クレア様は男性化する。

 メッチャイケメンだったよ!


「確か、教会が保存する月の涙という祭器の力で、効果が軽減・あるいは消滅するはずですよ」

「つ、月の涙をご存じなんですか!? 教会の特一級秘匿事項ですよ!?」

「あ」


 そうだった。

 月の涙は満月の光を吸収して発動する魔道具で、様々な魔法の効果を打ち消す能力を持っている。

 学院の演習場に設置されている魔力減衰の結界と異なるのは、その効果が永続的だということだ。

 魔法でかけられた様々なバッドステータスを回復出来る非常に強力な魔道具で、精霊教会の最秘奥の一つとされている。

 持ち出すには枢機卿以上の身分の人二人で、祭具庫のロックを解除する必要があるほどだ。

 私がそれを知っているのは、いささかまずい。


「ど、どこで月の涙のことを!?」

「あー、えーと……。ユー様に教えて頂きました」


 今の時点で私が知っている教会関係者は、リリィ様の他にはユー様しかいない。


「そ、そんなはずがありません。ユー様が異性病の解決策をご存じなら、ご自分の身体のことなんてとっくに――。あ!」


 リリィ様は慌てて口を塞いだ。

 え?


「リリィ枢機卿。今、なんと?」

「あばばば……」

「ユー様、異性病なんですか?」


 クレア様と私が問い詰めると、リリィ様はやがて諦めたように嘆息して。


「レ、レイさんは異性病の解決策をご存じのようですからお話ししますけれど、くれぐれも他言無用にお願いします。口外したら、命が危ないと思って下さい」

「分かりましたわ」

「はい」


 物騒な前置きだったが、クレア様も私も頷いた。

 観念したリリィ様は、ぽつぽつと話し始めた。


「じ、実は――」


◆◇◆◇◆


「そう。じゃあ、聞いたのね、ユー様のこと」

「うん」


 その夜、寮に帰るとミシャが帰ってきていた。

 私たちよりも長くユークレッドに滞在していたミシャは、真っ白な肌がほんのり赤くなっている。

 彼女は日焼けするよりも赤くなってしまう体質らしい。

 白人に多いのだが、ミシャは飛び抜けて肌が白いので症状も重いのだろう。


 私はミシャが留守中の学院のことを、かいつまんで話した。

 ユー様の病気のことはリリィ様から他言を固く禁じられていたが、ミシャは関係者だと教えられていたのでそれも話した。


「ミシャは知ってたんだね。ユー様のこと」

「ええ。小さい頃はユー様のお身体のことを隠すために、色々と協力させて頂いたわ」

「そうなんだ」


 そう。

 簡単に言うと――。


 ユー様は、女の子だったのである。

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