第47話 完璧な人

 マナリア様が学院に溶け込むのは早かった。


「はは、クレアは相変わらずだね」

「お姉様こそお変わりがないようで安心しましたわ」


 そう言ってお茶を囲んでいるのは、マナリア様と我が愛しのクレア様である。


「マナリア様、私ともお話して下さいませ」

「ずるいですわ、ピピ様。私だってマナリア様とお喋りしたいんですのよ」


 今日はクレア様とその取り巻きの一団の中に、マナリア様の姿があった。

 マナリア様はあっという間に取り巻きたちの心をつかんでしまった。

 クレア様が面白くない顔でもするかと思いきや、マナリア様は例外扱いらしい。


「ふふ、ピピもロレッタもありがとう。仲良くして貰えてボクも嬉しいよ」


 きゃーきゃー言う取り巻きたちにも如才なく笑みを振りまくその社交能力の高さは、さすが王女というべきか。

 どこかの誰かみたいに、重たい愛で引かせるのとはわけが違う。

 誰かって?

 私だよ。


「先ほどの詩学の講義で、マナリア様が詠まれた詩の最後ですけれど、どうして定石の『この詩をあなたに捧ぐ』ではなく、『この歌をあなたに送る』にされましたの?」

「あれは古式詩法の手法さ。古代の詩人アイネの詩にある一節を踏まえてみたんだよ」


 そう言うと、マナリア様はアイネの詩をそらんじて見せた。


「アイネは私も好きです。特に『詩集』にあるアモルの詩にちなんだ詩は、胸が苦しくなるほどです」

「ああ、『天秤を傾けて』だね。アモルの詩にちなんだ詩なら、ボクはゲーレも好きだなあ」


 さすが王族である。

 教養の深さが半端ではない。

 ゲーム知識のおかげで私も話は分かるものの、生きた教養として話す自信はないので給仕に徹する。


 マナリア様はその所作にも隙はない。

 何気ないカップの傾け方一つをとっても、その洗練度は取り巻きたちとは段違いだ。

 並んでいて違和感がないのは、クレア様くらいである。

 王族と並んでも負けないクレア様もやはり凄いのだが。


「レイも座ったら? 一緒にお茶しようよ」

「まあ、お姉様。レイは使用人ですのよ? 一緒にお茶なんてとんでもない」


 クレア様があらやだと言わんばかりに私を仲間はずれにしてくる。

 うん、ぶれなくていいね。

 好きです。


 しかし――。


「そう言わないで、クレア。ボクは彼女に興味があるんだ」


 マナリア様がそう言うと、クレア様を始め一同が面白くない顔をした。


「お姉様。平民なんかにどうして……」

「身分なんてどうでもいいよ。ボクは彼女のことが知りたいんだ。レイ、おいで」


 不満げなクレア様を抑えつつ、マナリア様は私に手招きした。


「いえ、クレア様の仰るとおりです。私は遠慮させて頂きます」

「まあ! マナリア様のお誘いを断るなんて、なんて無礼な!」

「少し優秀だからって調子に乗って、この平民が」


 私が断ると、取り巻きたちは口々に私を罵倒した。


「レイはそんなに優秀なのかい?」

「いいえ、マナリア様に比べれば――」

「ああ、優秀だな」


 取り巻きたちのお追従を遮ったのは、ふらりと現れたロッド様だった。


「これはこれはロッド様。ごきげんよう」

「しばらくぶりだな、マナリア」


 ロッド様は女ばかりの場所にもさして気にした様子もなく、自然にお茶の席に加わった。


「それで、レイの優秀さはどれほどなのですか?」

「オレに勝るとも劣らぬほどだ。礼法こそ人並みだが、それ以外は普通の貴族では到底敵わんな。特に魔法は凄いぞ。底が知れない」


 使用人からお茶を受け取りつつ、ロッド様はなぜか嬉しそうにそう語った。

 マナリア様は王族なので、国は違えども同じ王族であるロッド様とは親交がある。

 クレア様とのそれのような血の通ったものではなく、外交上のそれではあるが。


「へえ、それは一度手合わせしたいですね」

「オレもそう思うんだが、こいつはクレアにぞっこんでな。なかなか相手にして貰えない。チェスを挑んだことがあるが、遊ばれちまったよ」

「王族であるロッド様を袖にするとは、これはいよいよ面白い」

「だろう?」


 そう言うと、二人は顔を見合わせてカラカラと笑った。

 この二人は性別こそ違えど、性格はどこか似ている。

 特に私への興味の示し方が。


「まあ、オレはマナリアにも興味があるな。噂の|四属性持ち(クアッドキャスター)がどんなものか、試してみたい」

「ふふ、ボクもロッド様の焔の軍勢は一度拝見したいと思っていました」


 そういう二人の間には、ばちばちと火花が散っているように見えた。


「どうだ、マリアナ。力試しといかないか?」

「ボクは構いませんよ」


 ロッド様の挑発的な言葉に、マナリア様はあっさりと頷いた。

 ロッド様の魔法の腕は、国内外に轟くほど有名である。

 そんなロッド様とやり合おうというのだから、マナリア様も当然強い。


「よし、運動場へ移動するぞ」


 そんなわけでお茶会はお開きとなり、急遽ロッド様対マナリア様の魔法対決が決まった。

 学院騎士団の入団試験でも使った、魔力減衰の魔道具がある場所まで移動すると、私たちはロッド様とマナリア様の二人が対峙するのを見守った。


「遠慮はいらんよな?」

「ご存分に」

「なら……|四属性持ち(クアッドキャスター)の力、見せて貰おうか!」


 その言葉を合図に、ロッド様の周りに無数の炎兵――ミニオンズが現れた。


「へえ、これは凄い」


 普通の人間なら見ただけで尻込みしそうな光景だが、マナリア様は興味深そうに笑うだけだった。

 余裕である。


「行け」


 マナリア様の態度が気にくわなかったという訳でもないだろうが、ロッド様は無慈悲な攻撃の命令を下した。

 ミニオンズがマナリア様に殺到する。


「ふむ。ではまず定石通りに」


 マナリア様がパチンと指を鳴らすと、無数の氷の矢が現れてミニオンズを迎撃した。

 氷の矢とミニオンズは相殺し合って消滅する。


「まだまだ」


 ロッド様はすぐさまミニオンズを追加してけしかける。

 この流れはミシャと相対したときと同じだ。

 このままマナリア様が防戦一方となれば、ミニオンズは防げても酸欠に陥る危険性がある。


「ふむ……キリがないね。こちらも攻撃させて貰おうか」


 そう言うと、マナリア様はまた指を鳴らした。

 それと同時に辺り一面に冷気が広がった。

 見れば氷のミニオンとも言うべき氷兵が、マナリア様の周囲に出現している。


「オレの土俵で勝負するっていうのか?」

「お嫌ですか?」

「嫌ではないが、少し気には障るな。まあ、どこまで持つか試させて貰おうか」


 炎と氷、二つの軍勢が激突する。


「どうなるんですの……?」


 クレア様がハラハラした様子で、二人の戦う様を見守っている。

 マナリア様の実力は知っているようだが、それでも相手はあのロッド様だ。

 ロッド様に全力を出されて、敬愛するマナリア様が怪我でもしたらと気が気でないのだろう。


「マナリア様はまだまだ余裕ですよ」


 心配げな顔が見ていられなくて、私は思わず声をかけた。


「それはわたくしにだって分かっていますけれど、ロッド様の焔の軍勢はロッド様の希有な魔力容量があってこそのもの。同じ戦法ではロッド様の方が有利じゃありませんの?」

「マナリア様には奥の手がありますから」


 まあ、見ていて下さいと私が言うと、クレア様はいぶかしげな様子で視線を二人に戻した。


 戦況は膠着状態に陥っていた。

 炎と氷のミニオンが、ロッド様とマナリア様の立つちょうど中間あたりで激突を繰り返している。

 クレア様の言うとおり、この状態が長引けば不利なのはマナリア様だ。


「うん、分かった」


 唐突に、マナリア様はそんなことを言った。


「何がだ? オレの攻略法でも見えたか?」


 対戦相手のロッド様は不敵に笑う。


「いいえ。こういうことです」


 マナリア様は余裕の態度を崩さないまま、また指をパチンと鳴らした。

 すると、ロッド様の炎兵がこつぜんと姿を消した。


「な!?」


 ロッド様は慌てて再びミニオンズを呼びだそうとしたが、ミニオンズは一兵たりとも現れない。

 形勢は一気にマナリア様側に傾き、ロッド様は氷の兵士に包囲されてしまった。


「……降参だ」

「お粗末様でした」


 幕切れはあっけないものだった。


「一体何をしたんだ?」

「ボクの得意魔法ですよ。魔法を打ち消す魔法です」


 スペルブレイカーと呼ばれる、マナリア様の得意技である。

 マナリア様は相手の魔法の構成を解析して、そこに強引に割り込んで魔法そのものを解除してしまうのだ。


 スペルブレイカーの使い手自体は他にもいるが、マナリア様ほどの名手は他にいない。

 この魔法が成立するには相手の属性と同じ属性を持ち、かつ使用された魔法の適正を上回らなければならないからだ。

 さらに、魔法の構成を解析するということ自体が困難を極める。

 魔法の解析は優れた魔法が生み出された際に、国レベルの事業として行われるものだが、それを単独でしかも戦闘中にやり遂げてしまうのがマナリア様である。

 それがどれほど規格外のことなのかは、おそらく分かって頂けることと思う。


 全ての適正を高いレベルで備え、高い知性を備えているマナリア様は、理屈の上ではほとんどの魔法を打ち消すことが可能なのだ。



「デタラメだな、お前は」

「よく言われます」

「ここまで完敗したのは初めてだ。認めよう。お前はオレより強い」

「ありがとうございます」


 そう言って、二人は握手を交わした。

 観客から歓声が沸き起こる。


「お姉様……凄いですわ」


 マナリア様に熱い視線を送るクレア様。

 私はそれを見て、複雑な思いを抱くのだった。

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