第5章19話 この人間の姿では、救世主にも勝てぬのか!?

 俺たちが不安になる必要がないということは、魔王は不安になる必要があるということ。

 頭を抱えた魔王はうめき続ける。


「お主が……お主ごときが……この我の魔核を……!」


 そのセリフで、俺たちはようやく事態を理解した。

 カムラの精神支配バランスが逆転しようとしているのだ。

 カムラが帰還を果たそうとしているのだ。


「お父様!」

「オヤジ!」


 ついにカムラの本来の姿が抗いはじめたのである。

 カムラの体の中で、カムラと魔王の戦いがはじまったのである。


「この記憶は……我の記憶では……」


 一体どちらが優勢なのかは分からない。

 果たしてカムラが帰還を成し遂げるのか、魔王の魔核が勝利するのか。


「あり得ん! あり得ん! 魔王様の魔核が、たかが愚鈍な国王に負けるなど、あり得ん!」


 何をすることもできぬハオスは、不安を覆い隠すようにそう叫ぶ。

 あれは応援というよりは、自分に言い聞かせているだけだ。


 俺たちはカムラの応援をするべきだ。

 この際、好き勝手なことを言わせてもらおう。


「カムラ陛下! 立派な王子と王女が、陛下の立派な子供たちが、陛下の帰りを待ってんだぞ! 国王であり父親である陛下が、いつまで情けない姿を俺たちに見せるつもりだ!」


 国王に対する礼儀など知ったことか。

 とにもかくにもカムラを引き戻せれば俺たちの勝利なのだ。


 そんな俺に続いたのは、意外にもメイティであった。


「……アイシア、お父さんのこと、嫌ってはいない……ただ、アイシアは、感情を表に出すの、苦手なだけ……」


 普段と変わらず小さな声。

 けれども彼女が語るのは、アイシアたちの心を読み導き出した結論。


「……アイシアも、ベニートも、お父さんの帰り、待ってる……きっと、お母さんも、お父さんの帰り、待ってる……」


 途端、紫の煙——魔王のオーラがカムラの体から抜けていった。

 体を抜けたオーラは空気に混じり、霧が晴れるように消失。


 カムラの顔つきはほぐされ、闇は彼方へ。

 声色もまた、オーラが抜けるに従い柔らかくなっていく。


「我の記憶……我輩の記憶……ベニートと、アイシアと、妻との、大事な……」


 そう言いかけて、カムラは倒れてしまった。

 これは、どちらが勝利した結果なのだろうか。


 駆け出したアイシアはカムラの側に膝をつき、カムラの顔をじっと見つめる。


 短い沈黙を経て、カムラのまぶたがゆっくりと開かれた。

 カムラの右手は、娘の姿を確認するかのようにアイシアの頬を撫でる。


「お父様――」


「アイシアよ、これを機にクーデターなど企んではいないだろうな?」


 意地悪なセリフ。

 娘との再会には相応しくない言葉に、俺は魔王の勝利を疑ってしまう。

 だがアイシアは、表情を明るくするのであった。


「お父様! お帰りなさいですの!」


 この親子は、仲が悪いのが通常の姿らしい。

 サウスキア国王カムラは、無事に帰還したのだ。


 父親の帰還に喜ぶのはアイシアだけでなく、ベニートも同じ。

 ベニートは胸をなでおろし、アクセサリーの音を響かせながら、その場に座り込むのだった。


 俺とフユメもまた、親子の再会に自然と喜びの感情が湧き上がる。

 メイティはアイシアの隣に座り、尻尾を揺らしていた。

 父への恨みを忘れていないシェノですらも、目の前の光景には頬を緩める。


 それでもシェノは、銃をしまうことはない。

 大広間にはまだ、魔王の部下がいるのだから。


「この人間の姿では、救世主にも勝てぬのか!?」


 絶対的な力の敗北を目にして半狂乱に陥るハオス。

 目を見開き、唇を噛み、拳を握り、体を震わせた彼は、無線機を手に取った。


「ええい! ヴィクトルよ! 宮殿を破壊しろ!」


 とてつもない命令に、帝国軍兵士たちすらも仰天したようだ。


《よ、よろしいのですか!?》


「皇帝の命令だ! 早くしろ! ここにいる兵士は俺を守るのだ! 皇帝も守れないようであれば、お前らに存在価値などない!」


 残された権力を武器に、ハオスは部下を叱りつけた。


 こうなれば、帝国軍兵士たちの自由意思など葬られる。

 俺たちと魔王たちの戦いに閉口していた兵士たちは武器を構え、ハオスを逃がすため引き金を引いた。


 すぐさま俺とメイティは魔法を発動し防御体制、シェノは拳銃片手に飛び出す。

 土と氷の壁はレーザーを遮り、シェノの拳銃から放たれたレーザーは、兵士たちの腕や脚を撃ち抜いた。

 続けて俺とメイティのマグマ魔法が兵士たちの武器を切り裂き、兵士たちの戦意をも挫く。


 残念ながらハオスは逃してしまったが、大広間にいる者は全員無事である。

 ここでドレッドからの通信がフユメの持つ無線機に届いた。


《こちらヤーウッド、巡洋戦艦ヴィクトルが宮殿への攻撃態勢に入った》


「やっぱり……」


「一体どうしますの?」


「決まってるだろ。俺が止める」


 デスプラネットを破壊した俺だ。

 全長16キロメートル、数百の砲で武装した巡洋戦艦ヴィクトルなど敵ではない。

 俺は両腕を地面につけ、五感と想像力をフル稼働させた。


「土魔法を超えた、大地魔法だ!」


 五感に思い浮かべた大地の感触、地平線まで続く広大な景色、自然の匂い、土の味、大地の揺れる音。

 頭に思い浮かべた、宮殿に覆いかぶさる大地の光景。


 直後、宮殿は振動し装飾品は倒れ、大廊下に見える窓の外は暗闇に包まれた。


 大広間からでは、外がどうなっているのか確認できない。

 ならば、宇宙からサウスキアを見下ろすドレッドに聞くしかあるまい。


「ドレッド艦長! 宮殿はどうなっていますか!?」


《これは……雨雲を透過するレーダーが故障したのか?》


《いいえです! レーダーは故障してません!》


《信じられん……宮殿どころか、周囲の街までもが、巨大な大地に覆われている……》


 目指した通りの結果になっているらしい。

 大地魔法により生み出された新たな大地が、サウスキア宮殿の上空を覆ったのだ。

 今のサウスキアの宮殿付近は、2つの大地が重なっているのだ。


《ヴィクトルからの攻撃がはじまった。だが、攻撃は全て大地に阻まれている》


 当然だろう。大地魔法によって、新たな大地は削られるたびに再生する。

 いくら地上を破壊し尽くすヴィクトルの砲撃も、俺の大地魔法の前には無力ということ。


 宮殿の外に響き渡る轟音を聞きながら、俺たちは耐え続けた。


 魔力の抽出に疲れが出はじめた頃だろうか。ドレッドから嬉しい報告が届く。


《帝國軍艦隊は、ヴィクトルを含めて撤退した。魔術師、君の勝利だ》


 やっと終わった。

 危機が過ぎ去ると、俺は最後の力を振り絞り、自らが作り出した大地を雲に変換、大空へと浮かばせる。

 いつまでも二重の大地では、サウスキアの住民たちも迷惑だろう。


 安全が確保された大広間にて、高官たちは一息つき、緊張感をほぐしていた。

 目を丸くしたフユメは、俺をまじまじと見つめている。


「すごいです……ソラトさん、いつの間にここまで強く……」


「俺だって魔法修行は真面目にやってたんだぞ」


 五感で感じたモノ・現象は全てが魔法となる。

 とりあえず生きていれば、自然と強くなってしまう簡単な魔法修行だ。

 それを真面目・・・にやってきたのだから、このくらいは当然である。


 胸を張った俺を見て、フユメは可笑しそうにするのであった。

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