第5章11話 フセペ様はお元気ですの?

「ああ、そういえば、ひとつ皆様に聞いておきたいことがありますわ」


 人差し指を立て、唐突に話を変えるアイシア。

 また新情報が飛び出すのかと、高官たちはアイシアに注目した。


「わたくしのおじい様――フセペ様はお元気ですの?」


 笑顔を浮かべ祖父を想うアイシアの質問に、銀河連合の高官たちは戸惑った。

 家族の話など、今はどうでもいいではないか。それが高官たちの率直な感想だ。

 だが、少し考えれば分かる。先ほどからずっと、アイシアは家族の話をしていると。


 一方で、焦りをにじませたのはサウスキアの一部高官たち。


「フセペ様は……」


「ここ最近は体調が優れないのか、お姿をあまり見せておりませぬ」


 予想通りの答えに、アイシアは顔をうつむかせた。


「やはり、そうですのね」


 サウスキアの一部高官たちは、決して嘘は言っていない。

 彼らは重要な真実を口にしていないだけだ。

 その重要な真実を、アイシアは冷酷に言い放った。


「おそらく、フセペ様はもうこの世にはいません」


「なんだと!?」


「殿下、いきなり何を――」


「わたくしの言葉を否定したいのであれば、フセペ様をここに連れてきてほしいですの。知っていますのよ。数ヶ月前、フセペ様は行方不明となり、それをカムラ陛下が隠蔽していることを。あなた方のうちの何人かが、それに手を貸したことを」


 愛想笑いを止め、冷たい瞳をサウスキアの一部高官に向けたアイシア。

 王女の追求に、一部高官は焦りを隠せない。


「い、いくら殿下といえども、それはあまりに――」


「情報局もフセペ様の行方不明を疑ってるッス」


「なに!?」


「銀河連合外部の出来事とはいえ、一国家の権力者が行方不明ッスからね。できれば、サウスキア王国にも協力してもらって、フセペ様の安否を確認したいッス」


「それは困る! 我々は中立国だ! 内政干渉は許さん!」


 エルデリアの手助けもあり、いよいよ一部高官は、権力を盾に声を荒げるしかなくなった。

 それでも、彼らよりも大きな権力を持つアイシアは、追求の手を止めない。


「つまり、フセペ様が無事な証拠は出せないと、そういうことですのね」


「フセペ様が行方不明というのなら、行方不明であるという証拠を出せ!」


「なぜですの? フセペ様が無事な証拠を出すことなど簡単なはずですわ。わたくしがフセペ様に会いたいと言っていた、と伝えれば、おじい様はここに現れるというのに」


 もう一部高官は反論できない。

 サウスキアの高官たちは押し黙り、フセペの行方不明を確信する。

 ここで、沈黙を破り捨てたベニートの怒鳴り声が、大会議室に響き渡った。


「もう良い! じいちゃんは行方不明だ! 親父はそれを隠した! 全部事実だ!」


 荒々しい叫びの標的は、すぐさまアイシアに向けられる。


「だがなアイシア、俺はお前の態度が気に食わねえ。俺だってな、じいちゃんが消えた理由は分からねえよ。それでも、あの老いぼれは権力を握ったまま消え失せちまったんだ。そのあとの処理がどれだけ大変だったかも知らねえ部外者が、正義ヅラしてんじゃねえ!」


 席を立ち、アイシアを見下し、机を叩いたベニート。

 彼の怒りは憎しみとなって、アイシアの本心に食い込んだ。


「というかよ、この厄病神、今日はどんな災厄を振りまきに来たんだ? さっきから何が言いてえんだ?」


 早く本音を言え、ということか。

 アイシアは兄の望みを叶えるため、淡々と言い放つ。


「カムラ陛下は、伝承にある世界を破壊した魔王になってしまったと、そう言いたいんですの」


 望み通り、本音を伝えたアイシア。

 これでベニートは満足するだろうか?

 そんなことはない。


「はぁ!? てめえ、ついにイカれちまったのか!?」


「フセペ様が行方不明になる。カムラ陛下がそれを隠す。そして、カムラ陛下は帝國のハオスと顔を合わせ、戦争を望む。これを見て、わたくしとカムラ陛下、どちらがイカれていると思いますの?」


 激烈な怒りに対する冷淡な言葉は、その鋭さを増していく。


「カムラ陛下はクーデターを起こしたんですの。カムラ陛下はフセペ様を亡き者にし、サウスキアの権力を掌握し、世界にクーデターを起こそうとしていますの。正気の沙汰ではありませんわ」


 そこに一切の感情はない。

 今のアイシアが糾弾しているのは、サウスキア国王カムラであり、魔王だ。父親ではない。

 けれども、その態度がベニートを逆なでする。


「てめえ! いくら俺と親父から権力を奪いたいからってよ、妄想に頼るなんて、やっぱりイカれてやがる!」


「わたくしの言葉が妄想でないことは、もうすぐに救世主が教えてくれますわ」


「ああ!? 救世主まで味方につけたのか!? てめえ、どうせ体でも売ったんだろ! この売春婦風情が!」


「少しは言葉を選んだらどうですの? ベニート王子。それと、わたくしは権力を奪うつもりなど――」


「……みんな、気をつけて……帝國軍兵士、襲ってくる……!」


 高官たちを置いてけぼりにしたアイシアとベニートの口論は、メイティの叫びによって遮られた。


 直後、大会議室の扉が跳ねるように開かれ、ライフルを手にした兵士たちがなだれ込んでくる。

 軍服を見れば、その兵士たちが帝國軍の兵士であることは明白。

 数えるほどの人間しかいない大会議室で、帝國軍の兵士たちは嫌悪感をあらわにし吠えた。


「こんな場所で何をコソコソと話し合っているのだ? この下等生物ども!」


「貴様ら……よくも皇帝陛下を……許さん!」


「こいつらを連行しろ! 我ら人類の敵を、我ら人類の仇を許すな!」


 わずかなショックで、彼らは引き金を引く。

 それほどまでに、帝國軍兵士たちは興奮していた。


「ピリピリしてるッスね。これは、彼らに従わないと何されるか分からないッス」


「まったくですの」


「……アイシア、みんな、わたしが守る……」


「まあ! メイティさんはやっぱり頼もしいですわ!」


 笑ってメイティを抱きしめるアイシアだが、今の彼女が心の底から頼れるのは、メイティただ1人であった。

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