第4章10話 カーラックさんも意外とセンシティブなんだな

 ヤーウッドに帰還し、食堂にてアイシアに設計図の件を報告。

 アイシアは隣に座るメイティをモフモフしながら小さく笑った。


「運命といえど、それは偶然の積み重ねでもあるのですね。わたくしも、みなさんと一緒にボルトアへ行きたかったものですわ」


「行ったら行ったで、行かなきゃ良かったと思うぞ」


「それも面白そうですの」 


 可笑しそうにするアイシア。

 だが彼女はすぐに真面目な表情を浮かべる。


「皆様のおかげで、数日後にはデスプラネットの設計図が銀河連合に届けられますの。デスプラネットの破壊に成功すれば、帝國の野望を――いえ、魔物を統べる巨大な影の野望を打ち砕くことができますわ」


 あのディスクは、戦争を終わらせ闇を払う一撃になるのだ。

 過去の俺たちはそうとも知らず、今頃あのディスクをぞんざいに扱っている。

 今思うと、あれほど大事なディスクをぞんざいに扱っていた自分たちが恐ろしい。


 話を終えたアイシアは、勝利を確信したのか穏やかな笑みを浮かべていた。

 一方でメイティはアイシアの顔をのぞき込み、心配そうに言う。


「……悩み事……?」


「え?」


「……アイシア、心が、ざわついてる……」


 人の心を読むメイティの指摘。

 俺たちにはアイシアが悩みを抱えているようには見えないが、正しかったのはメイティであった。

 心を覗かれたアイシアは困ったように笑ったのである。


「まあ! わたくしの心を見抜くなんて、メイティさんには敵いませんわね!」


 その言葉は、自分が悩みを抱えていることの告白に他ならない。

 フユメはメイティと同じく心配そうな顔をして、ためらいがちに問いかけた。


「何かあったんですか?」


「少しばかり、不審なことがありまして――」


 曇りきったアイシアの表情。

 そこから読み取れるのは、苦悩と不信感。

 しばしの間を置き、アイシアは話を続けた。


「カムラ陛下から、捕虜であるカーラックの解放を命令されましたの」


「カーラックの解放!? なんで!?」


「解放自体は当然のことですわ。わたくしたちサウスキアは、戦争には中立の立場ですの。捕虜を取ることの方が間違っていますわ」


 途端、アイシアの目つきが鋭くなる。

 彼女が睨むのは、世界の陰でうごめく大きな闇だ。


「わたくしが不審を抱いているのは、カムラ陛下がカーラック解放の命令を下した理由ですの。わたくしたちはカムラ陛下にカーラックの件を伝えていませんわ。カーラックが捕虜になっているのを知るのは、わたくしたちと帝國の一部だけですの」


「じゃあ、なんで王様はカーラックが俺たちの捕虜になったこと、知ってるんだ?」


「さあ」


 とぼけたように両手を上げたアイシア。

 どうしてカムラがカーラックの情報を得たのかなど、考えられる可能性は限られている。

 未来の出来事を加えれば、その可能性・・・・・は高い。


 一切の感情を隠したアイシアは、人差し指を上げて言い放った。


「ひとつだけ確かなのは、カムラ陛下の周辺を徹底的に調査しなければならない、ということだけですわ」


「そうですか……」


 心配そうな表情のまま、フユメはうつむく。

 カムラは王様、アイシアは王女様、つまりカムラはアイシアの父親だ。

 自分の父親を疑わなければならないアイシアを、フユメは心配しているのだろう。


 アイシアの心を知るメイティも、優しくメイティの頭を撫でていた。


「……アイシア、よしよし……」


「フフ、メイティさんは可愛らしいですわ。もっとモフモフさせてくださいですの!」


「あ! ずるいです! 私もメイティちゃんをモフモフしたいです!」


 深刻な話を端に追いやるかのように、フユメとアイシアはメイティをモフモフしはじめた。

 2人の少女に抱きつかれたメイティは、尻尾を揺らし満足げ。


 もう真面目な話は終わったのだろう。俺は席を立ち、食堂を後にした。

 俺が向かうのはコターツである。 


 大きな擦り傷が目立つ格納庫に到着し、せわしなくする整備員たちの隙間を縫い、俺はグラットンの前へ。


「ようシェノ、グラットンの調子はどうだ?」


 グラットンの上で修理作業中のシェノは、俺の問いかけにぶっきらぼうに答えた。


「いつも通りのじゃじゃ馬」


「そうか。まるでシェノだな」


「なんか言った?」


「お前、聞こえてただろ。謝るから銃をしまえ」


 危うく殺されかけながら、俺はグラットンに乗り込む。

 乗り込む途中、シェノの言葉が俺の鼓膜を震わせた。


「今、重装甲に改造中だから、船内はちょっとうるさいよ」


「知らん。コターツでゆっくりできりゃそれで良い」


「あっそ」


 互いに相手には興味なし。

 そそくさとグラットンに乗り込んだ俺は、一直線にコターツへと向かった。


 改造中のグラットン船内は、工具類とマスキングでごちゃごちゃとした雰囲気。

 いつもとは様子の違うグラットンだが、コターツは数時間前から何ひとつ変わっていない。


「カーラック艦長!? まだコターツの中に!?」


 この女将校はずっとコターツの中にいたのだろうか。

 マントを床に広げ、軍帽を深くかぶり、コターツに突っ伏すカーラックは、数時間前とまったく同じ姿である。


「ま、いいや」


 気にするほどのことでもないだろう。

 俺はカーラックの存在を無視し、コターツに潜り込んだ。


 コターツに入った途端、優しい温かみに体は包まれ、心のコリは揉みほぐされ消えていく。

 これぞ古代兵器の凄まじい威力。俺は思わずあくびをしてしまう。


 突っ伏せていたカーラックは、軍帽を持ち上げ、上目遣いに俺を睨みながら口を開いた。


「私は、これから解放されるようだな」


「みたいだな。帝國に戻っても元気でやれよ」


「……貴様、それは私に対する皮肉のつもりか?」


「いや、そんなつもりは――」


「貴様も人間だろう! 人間が人間を見下すのか!? 劣等種と蔑まれ苦しんできた我ら人間を、人間の貴様が見下すのか!?」


 これは夕立だろうか。俺に降りかかった急な怒鳴り声。

 焦った俺は、カーラックの火を消そうと消火作業に取り掛かる。


「それは誤解だ! 俺は帝國を見下したことはあるが、人間を見下した覚えはないぞ!」


「ふざけるな! 帝國を見下した時点で、貴様は人間を下したも同じだ!」


 どうやら火に油を注いでしまったらしい。

 怒りをあらわにしたカーラックは軍帽を落とし、俺に詰め寄った。


「我ら人間は、他の種族から不気味がられ、忌避され、見下され、戦争の捨て駒にされた。多様性だの共存だのを大義名分に、ヤツらは合理徹底の末に我ら人間を見下し、その命までをも奪ったのだ!」


 美麗な顔を神経質に歪めたカーラック。


「35年前の『ロウダニアの虐殺』を私たちは忘れない! 合理のために殺害された数百万の命を、私たちは忘れない!」


 それは人類の苦悩と悲劇が詰め込まれた、俺の知らない事件。

 それは俺が知らない『ステラー』の歴史。

 カーラックは拳を握り、悔しさを滲ませる。


「人間を襲った理不尽を取り払う! 人間がいかに素晴らしい存在か、銀河に見せつける! これが帝國の目指すものだ! その崇高な目的を見下すとは、貴様それでも人間か!」


 コターツを叩きつけたカーラックは、唇を強く噛んでいた。

 不幸な歴史と人間の恨みによって帝國が成立したのだろうということは、彼女の話を聞けば分かる。

 実に人間らしい話ではないか。俺は同じ人間として、帝國に同情すらしている。


 けれでも、俺の考えは変わらない。


「どんな理由があろうと、私怨で他人の命を奪うのは許せないんでな。俺はお前ら帝國のやり方を認めるつもりはない」


「貴様……!」


 さらに顔を歪めるカーラック。

 これ以上に怒鳴られるのはごめんだ。

 カーラックが再び怒鳴る前に、俺は話を元に戻した。


「そんなことより、カーラック艦長は何に怒ってるんだ? 帝國に戻っても元気でやれ、って言葉がそんなに気に食わなかったのか?」


 皮肉を言ったつもりはないのだ。

 しかしカーラックは俺の言葉を皮肉と受け取った。

 なぜなのか。


 怒りが収まらぬカーラックは答える。


「その艦長という呼び方も含めて、気に食わん!」


「なんでだ?」


「私の立場を見ろ! 私は任務に失敗し、機密情報を漏らし、帝國を敗北に追い込もうとしているのだぞ! 私の野望は潰えたのだ! 今さら戦犯が帝國に連れ戻されたところで、どうしろというのだ!」


 そこまで言って、カーラックの力が抜けていった。


「もう私は……帝國の裏切り者だ……私はもう……父上を超えることなどできないのだ……リー総督を見返すことなど、できないのだ……」


 一転して、今にも消え入りそうな小声が船内を巡る。

 人生を潰す大失態を演じたカーラックは、もう強がることはできないようだ。

 彼女の口から、はじめての弱音がこぼれ落ちた。


「こんなことならば、いっそあのままリー総督に殺されていれば……」


 確かに、あのまま死んでいれば、カーラックがこれほど悩むことはなかっただろう。

 きっと今のカーラックの命を繋いでいるのは、コターツの温かみだけなのだろう。


 傲慢にほくそ笑み、俺たちをお子様と呼んだ彼女はどこにもいない。

 俺の目の前にいるのは、仕事に失敗し、追い詰められ、落ち込んだ、1人のただの女性だ。


「カーラック艦――カーラックさんも意外とセンシティブなんだな」


「センシティブだと?」


「俺はカーラックさんがどんな野望を持ってるのかは知らない。だけど、それは自分の野望だろ? 他人と比較してどうする?」


 頬杖をつき、俺は好き勝手に言葉を続ける。


「父親がどうとか、リー総督がどうとか、どうでもよくないか? 自分の野望を叶えられるのは、最終的には自分自身だ。なのにカーラックさんは、他人と比べて自分の野望を諦めようとしてる」


 貴様に私の何が分かる、と言われれば、俺は黙ったはずだ。

 ところがカーラックは俺の話を止めようとしない。

 決して俺に顔を向けようとしない彼女は、それでも耳だけは傾けてくれている。


 ならば好き勝手な言葉を続けよう。

 これで怒鳴られたら、そのときはそのときだ。


「他人からの評価で、あんまりネガティブになることもないんじゃないか? 自分の野望を叶えたけりゃ、何があっても自分の道を突き進むしかないんだから」


「私のキャリアに未来はない! 今さら自分の道を突き進んで、何になるという!?」


「どうせ落ちぶれるなら、自分の道を突き進んで落ちぶれろよ」


「なっ……貴様は馬鹿なのか!?」


 怒鳴られてしまった。

 さすがに俺の言葉は無責任すぎたか。

 そう思っていたのだが、カーラックが俺に返したのは次の一言のみ。


「話にならん!」


 どうやら俺は呆れられてしまったようである。

 都合が良い展開だ。


「じゃあ、そのまま黙ってろ。俺をコターツでゆっくりさせてくれ」


「お子様ごときが……!」


 歯ぎしりしながら、床に落ちていた軍帽をかぶり直し、カーラックはコターツに突っ伏す。

 俺もコターツに突っ伏し、いつの間にか夢の世界へ。


 以降、俺とカーラックが言葉を交わすことはなかった。

 次に目を覚ました時、俺の隣にカーラックの姿はなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る