第4章5話 帝國軍に追われています!

 艦砲射撃の瞬間を想像した直後、俺の突き出した腕の先から極太のレーザーが出現する。

 6本のレーザーは1隻の巡洋艦に殺到、シールドに大きな傷をつけることに成功した。


――これなら勝てるぞ。


 シールドを破壊し巡洋艦そのものを破壊する。

 そのために、俺は苛烈な艦砲射撃魔法を開始した。


 情けはかけず、20、40、80ものレーザーを発射、巡洋艦を攻撃。

 緑の雨と化したレーザーは、巡洋艦のシールドを粉々に打ち砕き、冷たい艦体を叩きつける。

 エネルギーの束に殴られた巡洋艦はひしゃげ、機関部を中心に大爆発、火球に包まれ、破片を散らせながら沈黙した。


 たった1人で、俺は巡洋艦1隻を沈めてしまったのだ。


「すごい……」


「あんた、いよいよ人間離れしてきたね」


 宇宙に漂う残骸を眺め、声を震わせるフユメと苦笑するシェノ。

 帝國軍兵士たちは言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。


「まだ安心するには早いぞ」


 ストレロークを攻撃する巡洋艦は残り2隻。

 俺は1隻の巡洋艦に狙いを定め、再度艦砲射撃魔法を撃ち放つ。


 わずか数秒で数十発、ライフルほどの連射速度で放たれる艦載砲相当のレーザー。

 もはや巡洋艦になす術はない。


 遠方で爆発を起こし崩壊する巡洋艦。

 手負いのストレローク周辺に、巡洋艦の残骸が増えた。


「こんなもんだな」


 理想は、ストレロークと残りの巡洋艦1隻が相打ちとなること。

 そこで俺は、巡洋艦1隻をあえて残した。

 一対一となれば、手負いのストレロークでもしばらくは命を延ばすだろう。


「逃げるぞ!」


「はい!」


「オッケー」


 目的地は、格納庫で俺たちを待つグラットンだ。

 ただし、格納庫に向かうのは俺たちだけではない。


「ちょっと手伝って」


「な、何をする!? 私をどうする気だ!?」


「人質がいれば、多少は逃げやすいかなって思って」


「貴様は私を誰だと思っている!? 私は――」


「人質にならないってなら、あの嫌味な総督に殺されるだけだよ」


「クッ……この私が、お子様の人質になるだなんて……!」


 銃口を向けられ、さらにはプライドを刺激され、カーラックはシェノに従った。

 シェノは手荒にカーラックの襟を掴み、彼女の頭に拳銃を突きつける。

 帝國軍兵士たちは艦長の命を選び、俺たちに銃を向けながらも引き金は引かない。


 今こそ逃げるべきとき。

 俺たちはカーラックを連れ、火花飛び散る廊下を走り、グラットンのもとへと向かった。


    *


 母艦を守ろうと発艦する無人戦闘機たち。

 飛び立つ無機質かつ忠実な鳥を横目に、のんびりと羽を休めた無骨な輸送船――グラットン。

 格納庫にやってきた俺たちは、カーラックを連れたままグラットンに乗り込んだ。


「おーい! ニミー! 無事か!?」


「ニミーちゃん! いたら返事をしてくださーい!」


 もうかくれんぼは終わりだ。

 グラットンのどこかに隠れたニミーを探し、大声を出す俺たち。


 ところが、あの元気な声はどこからも聞こえてこない。


「返事がありません。ニミーちゃん、どこに行っちゃったんでしょうか?」


「さすがにニミーが見つかるまで出発は――」


「あ! おかえりなさーい!」


「アワワワ! ニミーちゃん!?」


 唐突に背後から聞こえてきたニミーの声に、フユメは驚き飛び上がる。

 いつの間にニミーはコターツの隣で両手を広げ、満面の笑みで俺たちを迎えてくれていたのだ。

 天使のお迎えとは、ここは天国だろうか。


 ただしニミーの興味は、すぐさま見慣れぬ人物――カーラックに向けられる。


「おお~! あたらしいおねえちゃんだー!」


「またお子様が増えたぞ……」


「あたらしいおねえちゃん、かおがこわ~い! コターツであったまれば、えがおになってくれるかな?」


 カーラックの手を取り、彼女をコターツへと引っ張るニミー。

 対して、謎の機械・・・・に連れ込まれまいと抵抗するカーラック。


 操縦席に座ったシェノはグラットンのエンジンを起動し、船首のスラスターを全開にした。

 勢い良く後退したグラットンは、そのままストレロークの格納庫を飛び出し宇宙空間へ。


 これで一安心、とはいかない。

 ストレロークを脱出した直後である。重傷を負ったストレロークの背後にワームホールが浮かび、巨大な影が出現したのだ。

 その影は、おびただしい数の砲を搭載する、ストレロークの数倍も大きな軍艦。


「やば、ヴィクトル級巡洋戦艦じゃん」


「ションリだと!? リー総督め、そこまでして私を葬りたいか!」


 珍しく顔色を変えたシェノと、顔を真っ赤にして怒鳴るカーラック。

 俺たちの目の前に出現した巨大すぎる戦艦――ションリは、すでに死の間際にあったストレロークに引導を渡した。


 森の木々のように密集したションリの砲が一斉に光り輝き、先ほどの艦砲射撃魔法をも凌ぐレーザーがストレロークを襲う。

 激烈な攻撃にさらされたストレロークは瞬時に崩壊、宇宙の塵と化した。


「ああ……ストレロークが……」


 自らの艦が崩壊していく様を見つめ、カーラックは唇を強く噛んでいる。

 彼女が強い怒りと悔しさに押し潰されようとしているのは、俺にも分かった。

 だが、今はそれどころではない。


「逃げるよ」


 そう言ったシェノは、スロットルを全開にし操縦桿を引く。

 グラットンはインメルマンターンを決め、ションリに背を向けた。


 見た目に反した高機動性と急加速に揺れる操縦室。


 ストレロークを仕留めたションリの次の標的は、グラットンに定められたようだ。

 レーザーの雨がグラットンを追い越し、大きな衝撃が俺たちを揺らした。


「敵のレーザーの直撃です! 大丈夫なんですか!?」


「向こうの砲撃が当たってシールドが半壊しただけ。もう1発は耐えられる」


 直後、再び大きな衝撃が俺たちを揺らした。


「ほらね、もう1発は耐えたでしょ」


「シールドが消えちゃいましたよ! 次はないじゃないですか!」


「ジャミング装置が起動したから、そんなに心配しなくても良いよ」  


 だからと言って不安が尽きぬフユメは、副操縦席に座りながら表情を引きつらせる。

 もちろん、シェノも現状を楽観視はしていない。


「ねえ、あんたさ、あの巡洋戦艦に砲撃魔法使ってよ」


 振り向くことなく、シェノは俺にそう言った。

 コターツに潜り込んだばかりの俺は、正直な言葉を返す。


「分かった。ただ、あんな化け物軍艦を倒せる自信はないぞ」


「倒せなくても、動力をシールドに集中させれば攻撃も緩くなるから、別に良い」


「なるほどな。よし、任せろ」


 時間稼ぎ程度なら余裕だ。


 俺は泣く泣くコターツを飛び出し、目をつむり、五感を呼び起こし、想像した。

 想像と魔力により生み出された艦砲射撃魔法は、緑のレーザーをションリに叩き込む。

 操縦席のモニターに映ったションリは、大量のレーザーの直撃により炎に包まれた。


 だが、炎が消え姿を現したのは、シールドに守られ無傷のションリである。


 問題ない。続けて俺は艦砲射撃魔法を放ち、ションリのシールドを炎の海に沈めてやった。

 グラットンを襲うレーザーの数は減り、撃墜される可能性は遠ざかる。


「これでどうだ」


「やるじゃん。助かった」


 お役に立てたようで何よりである。


 高速が売りのグラットンは徐々にションリを引き離していった。

 それでもグラットンは輸送船。速さに特化した相手までは引き離せない。

 モニターとレーダーを眺めていたフユメが叫ぶ。


「無人戦闘機が追ってきます!」


「10機の無人戦闘機か。ま、なんとかなるかな」


 次なる危機に焦りの表情を隠さぬフユメに対し、シェノは余裕な様子。

 無人戦闘機から逃れるためシェノが向かったのは、眼下に広がる茶色と緑の惑星である。


 フユメは無線機を手に取った。


「こちらグラットン! ヤーウッド、聞こえますか!?」


 必死の呼びかけ。

 これに答えたのは、優雅な王女様の声。


《こちらヤーウッドのアイシア、聞こえていますわ。どうかしましたの?》


「帝國軍に追われています! ハイパーウェイが壊れていて逃げられません!」


《それは大変! すぐに救援に向かいますの! そちらの居場所を教えてはいただけませんか?》


「データを送ります!」


 ぎこちなくモニターを操作し、フユメはヤーウッドにデータを送信した。

 どうやら無事、データはアイシアのもとに届いたようである。


《なるべく急いで救援に向かいますわ。それまで、なんとか耐えてほしいですの》


 頼り甲斐のある、アイシアの凜とした言葉。

 少しだけ安心したのか、フユメはホッとため息をつく。


 あとはヤーウッドの到着を待ちながら、無人戦闘機に撃墜されないようにするだけ。

 残念ながら無人戦闘機相手に艦砲射撃魔法はあまり効果がない。俺はコターツに戻った。


「コターツは落ち着くな~」


「うん! コターツ、あったか~い。ニミー、ねむくなってきた~」


「悔しいが、貴様らの言葉に同意だ」


 俺とニミーはまだしも、カーラックまでもが同意見とは意外である。

 きっと古代兵器コターツの暖かさが、失意と悔しさに沈んでいたカーラックを救ったのだろう。

 こうしてまた1人、コターツの犠牲者が増えた。

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