消えぬ怨念 Ⅰ
ハルアジスの肉体は確かに破壊した。臓器と脳を破壊したのだから、対処に甘さはなかった。
加えて、あれだけの能力を有していたのだ。間違いなく、紛い物ではない。であればこの事態は何だろうか。
『カァッ!』
思考する暇もない。バジリスクの伽藍洞の目が怪しい光を発した瞬間、その周囲から光線が迸った。
駆け出してそれを躱しながらも、バシリスクの体を覆う魔素を見る。
バジリスク本来の波長に加えて別種――恐らくはハルアジスのものと思われる波長が混ざっているのがわかった。
「死んだ人の怨念を使うくらいですからね。自分自身があれに憑依したって線もあるんでしょうか……!」
真偽は不明だが、そうと考えれば説明はつく。
ならばすべきことは決まっていた。次はあれを破壊して、ハルアジスを完全に殺すまでだ。
「少年、あいつはヤバそうだ。加勢する!」
〈死者の手〉や〈影槍〉を足場にして立体的に避けながら間合いを詰めていたところ、イーリアスの声が聞こえた。
影の騎士より、その発生源であるハルアジスを叩く方針に変えたらしい。
その後ろからスコットも駆けてきているのを目にしたカドは逡巡する。三人でまとめて仕留めるのもいいが、ユスティーナが気がかりだ。
「戦闘中にいちいちアドバイスを聞く余裕もないですし、それならユスティーナさんの保護と、もう一つ別口での勝機を探した方がいいですか」
自分には魔力はあっても、それを注ぎ込んで火力にするための魔法がない。
唯一と言える高位の攻撃魔法である〈魔弾〉に関しても、自動追尾という付加能力に容量を割いているのか、威力のコストパフォーマンスとしてはよろしくない。別種の解決法が必要だ。
クラスⅣの強敵であるバジリスク。それにハルアジスの精神が憑依したことによって、さらに力を得ている可能性もある。それを仕留める方法はあるだろうか?
――ある。
その手段は現状でも用意できるはずと、すぐに答えが出た。
「サラちゃん、いいですか?」
「キュ?」
頭に乗っかっているサラマンダーを引っ掴むと、勝利のための指示を手短に伝える。聞いているかどうかもわからないのっぺり顔だが、視線だけはこちらに向けられていた。
ほんの数秒で指示は伝え終わる。
それが終わると、カドは遅れてこちらに駆け付けようとするスコットに向かってサラマンダーを投げつけた。
「スコットさん、パス! あと、ユスティーナさんの生死確認をお願いします!」
「ぬわっ!? えっと、はい。承知しました……!」
指示を受け取ったスコットは困惑の表情ながらも進路転換する。
だがその途中、サラマンダーはスコットの腕の中でまたびちびちと体を揺らして逃れようとする。
「うわっと!?」
「あ、お構いなく!」
スコットは地面に落ちたサラマンダーを気にしたが、カドは問題ないと片手間に伝える。
そんなことをしているうちにサラマンダーはどこかに這っていってしまったので、スコットも踏ん切りがついた様子で走り出した。
――良い子だ。手身近な指示だったが、サラマンダーは忠実にこなしてくれているようだ。こんな命の危険があるところでも逃げずについてきてくれるとは非常に有り難い。
あとでおやつでも奮発してあげるべきだろう。
『余所見をするなぞ、舐めてクレるものよ!』
魔力の高まりを感知して視線を戻すと、バジリスクから次なる魔法が放たれようとしていた。
その目から視野全域に向かって魔素が照射されつつある変化からして、何が起こるかは察せられる。
並び走るイーリアスに目を向けると、彼はこくりと頷きを返してきた。
「問題ねぇよ。少年、ぶちかませ!」
「了解です!」
直後、バジリスクの傍から地面とそこに生える草が石と化し、空中にはダイヤモンドダストとは対をなすような粉塵が生じていく。
「〈破刃〉!」
イーリアスがスキル名を口にした瞬間、剣に魔力が宿った。彼はそれで地面から空に向かって切り払う。
効果的には衝撃波を伴う一太刀といったところか。地面は爆薬でも仕込まれたが如く炸裂し、石化の魔眼を阻む煙幕となる。
攻撃が無効化されたこの一瞬を見逃さない。
カドは自らに寄生させた使い魔に魔力を与え、一転攻勢を狙う。
「影なる槍よ、眼前の敵を貫け。〈影槍〉!」
地面を蹴って煙幕を抜け、バジリスクの右前方に躍り出る。距離はもう四メートル程度と、瞬きの一瞬でもあれば攻撃に移れる範囲だ。
動きを察した魔眼がこちらを追い、石化があっという間に迫ってきた。
だが、攻撃を放ったのはこちらも同じこと。
発動した〈影槍〉はバジリスクの足元から無数に生え、その骨格に切っ先が突き立つ。
――かと思いきや、上がったのはギャリィッ! と、金属を削るのにも似た音だ。
「えっ。いやいや、硬すぎですって……」
影槍は確かに当たった。
けれどもそれらは骨格を破壊すること適わず、表面を舐めたのみ。恐るべき強度である。想定はしたものの、驚きに値する強靭さだ。
すると、人間ならぬバジリスクに愉悦の笑みが宿ったかのように見える。
『はは、ハハハァッ! 石っ、イシと化せェイッ!』
「しぶといあなたのことです。徹底的に備えて正解ですね」
胸骨から肋骨の隙間を影槍で縫われながらも、バジリスクはこちらに視線を向けようとした。
しかしその視線に捉われてやる気はない。
顔の動きはカドを石化圏内に収める寸前に止まった。ああ、保険の策が功を奏して何よりである。
『ァァッ……!?』
影槍が貫いたのは胸ばかりではない。顔面も含まれる。
骨格のみの相手を如何にして束縛するか。その方法は歯車を止める方法と似たようなものだ。
「知ってます? 解剖で舌を抜く時は下顎から口に向けてナイフを通すんです」
上顎には骨があって貫けなかったが、下顎から口にかけては骨がない。そこを滑り抜けた〈影槍〉が引っかかることでバジリスクの動きを戒めたのだ。
その拘束が緩まないうちに、カドはお決まりの魔法に力を注ぐ。
「亡者の腕よ、闇より出でて生者を縛れ――!」
一つ、二つと生じた〈死者の手〉が絡み合って大きな一つとなる。カドは間合いを詰めると共に、巨人の腕の如きそれをバジリスクに叩きつけた。
けれども、やはり硬い。
骨を粉砕するどころか影槍が先にひび割れ、砕け散った。存分に力を込めて振り抜かれた〈死者の手〉によってバジリスクの体は吹っ飛ぶが、仕留めた手応えはない。
骨らしくもないその耐久力にカドはため息を吐く。
「やっぱりあれを殺すだけの高威力な一手が必要ですか」
「カドさん!」
間髪入れずに攻めるべきかと考えあぐねていたその時、スコットの声が耳を打った。彼はユスティーナを助け起こし、治癒魔法をかけているようである。
そちらの状況は予想よりも悪い。
ユスティーナは五体満足ではあるが、腹部から出血している。また、くたりとして力を完全に失っていた。
スコットは焦燥の表情で状況を訴えてくる。
「彼女は生身ですっ。治癒を施していますが、呼吸が――」
意識を失っているだけかと思いきや、かなりの重傷だ。
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