研究のもとになれば全てよし
ハルアジスは焦っていた。
アッシャーの街を牛耳る五大祖――その貢献度を見ればどうにか今代で大きく巻き返しておかなければ家の存続すら危うくなってくるからだ。
そもそも、他の家とは状況が違う。
剣、魔術、治癒術に関しては冒険者の花形だ。適性がある者も多く、前衛、後衛とはっきりした分類で戦闘に参加できるためになりたがる者は多い。
そして入門希望者が多ければそれだけ混成体作成時の安定収入が見込める。
また、同系統の職に関しては家の者が教練を行うなど、純系冒険者に対するサポートというものがあった。これは何々流といった流派に入門するのに近い。
そこに在籍して種々のサポートを受ける代わりに、死んで遺物化した際はその家によって管理されるようになるという約束事がよく交わされる。そのおかげで剣の一派ではさらに盾を主軸とした重戦士など、新系統の混成体にも対応できるようになっている。
今や剣は前衛職の見本市で、魔術師と治癒術師も同じようなものだ。
死霊術師と同じく研究に走っている錬金術についても状況が違う。
こちらは生産職との繋がりが非常に強い上、境界域での産出物の加工なども一手に引き受けている。
素質がある者が少ない上に、出来ることが少ない死霊術師の家は、今や混成冒険者を作る英霊機構の整備係としてしか活躍どころが残っていなかった。
それを覆すべく異世界の魂から情報を取り出すことで画期的な発明をしようとしていたところに竜がやって来たのだ。
悲願を邪魔したあの者には、怨嗟が滾って仕方がなかった。
だからこそ、その死に様を最前列で見届けさせるために不治の呪詛を扱うイーリアスのパーティに弟子を捻じ込んだのである。
「奴の死を以って留飲を下げるとして、次なる魂の召喚に漕ぎ着けねば……」
ハルジアスは地下に作った儀式祭壇に、多重の魔法陣を描いていた。
自分のクラスⅣの魔法では、異世界の魂の召喚なんて到底無理であった。
しかし、天啓の図式から魂魄の召喚についての必要要素を割り出し、自らその術式を開発したのである。
実に第六位階の魔法だ。自分の魔力を使い果たすほどに振り絞り、それをさらに精錬して第六層と同等の質まで高めなければ術として起動すらしてくれない。
しかも実際に起動したとしても成功率が低い上に、虫けらや知性を持たない生物の魂を拾ってしまうことも多い。
あの杖に封じた魂を召喚できたのは、ひとえに奇跡だったのだ。
それを思うほど、あの竜が忌々しく思えてならない。
残り少なくなった歯をギギギと噛みしめていたところ、儀式場の扉がこんこんとノックされた。
集中力を乱すので、この場には人を通すなと弟子共に通達していたというのに何たる不届き者であろうか。
ハルアジスは静かな怒りを携えたまま、扉へと向かう。
開けてみると、件のパーティに派遣した弟子のスコットが平伏していた。
とりあえず問答以前の問題として、ハルアジスは振り上げた杖を弟子の背に打ち付ける。
「ワシは術式に集中する故、邪魔をするなと言ったはずだが何事かっ」
ひとまず二、三度杖を打ち付ける。
どのようなことがあるにせよ、言いつけを破ったのだ。全ての申し開きはこれが終わった後からである。
周囲に配されている弟子たちも、この程度は日常茶飯事であると、視線をくれるだけだった。
「はっ。祭儀の中断、誠に申し訳ありません。しかし、今を置いては対応できない状況であったため、お耳に入れるべく参じました」
「して、その内容は?」
詰まらない内容であれば、それ相応の罰を加えてやろう。
ハルアジスは杖を掌の上で弾ませながら、弟子の言い分を待った。
「通常ではありえない効果の第五位階の魔法を使用され、延命されているクラスⅡの冒険者がいるとのことです。また、その魔法を維持しているのもクラスⅡの冒険者であるとのことでした。未だ、他の派閥は手を出していない様子。我が目より、師の目で直接確認された方が得るものが多いのではと考え、伺いに来た次第です」
その報告を聞いたハルアジスは、ほう? と関心を示した。
深く聞くところによると、複数の臓器の損傷があるのに維持しているとのことだ。現場を確認せずに来たというのは感心しないが、十分に興味を持てる話である。
「よろしい。被験体も魔法を維持している人間も確かに興味深い。スコットよ、此度の儀式への干渉は不問としよう。すぐに案内せよ。また、他の者はすぐにそれが可能なクラスⅣの冒険者の現在位置を洗い出すのだ。大元の魔法をどのような者が行使したのか、調べをつけよ」
指示を出せば、彼らはすぐに動き出す。
死霊術師の門下生は総勢二十五名だ。数百人規模を誇る五大家どころか、数の上ではその他の中小の派閥にすら劣っている。
クラスⅤの魔法の詳細をまとめ上げるのは功績としては小さい。論文一本かそこらで終わってしまう。
だが、他の治癒師などに奪われかねない情報ともなれば多少安かろうと話は別だ。
屋敷の外に出たハルアジスは納屋へと向かった。
普通なら馬を使うところであろうが、この大家がそんな無様をするわけにはいかない。
スコットが錠前を外し、門を開け放ってから引き下がったのを見計らったハルアジスは杖で地面を突く。
すると毒々しい色の魔法陣が出現し、納屋全体を覆った。
「開け、冥府の門。砂と埃に塗れし死の檻より、汝を呼び戻そう。我が命に従い、我が呼びかけに応えよ。<
ハルアジスが杖を振るうと、納屋から巨大な骨の数々が飛び出した。
それは勝手に組み上がりながら、紫色の靄をまとっていく。
その光景を、スコットはおおと簡単の息を漏らしながら見つめていた。
これは、かつて討伐されたクラスⅣの魔物、バジリスクの死骸だ。体長五メートルにもなる大トカゲで、石化の能力を持つ他、火や地の属性の魔法を操るという厄介な魔物である。
第四層でも確認されることは少ないが、これによって殺された冒険者は後を立たない。
さらなる深層への挑戦を阻む強敵とされている。
爛々と光る眼光といい、死骸であってもその覇気は感じられた。
しかし、そんな強敵であろうと、死んでしまえばただの素材である。それはハルアジスのもとに傅き、頭を垂れた。
彼はその上に歩いて乗る。
バジリスクが立ち上がる頃にはスコットが馬を引いて来ていた。
「それではこれより先導させていただきます!」
「うむ」
頷きを確認すると、彼は馬を走らせた。
馬の走りにも、バジリスクは簡単についていっている。
そんな者を使役している者の姿を、市政の人間は驚きとともに仰ぎ見ていた。
そう、これである。このような畏敬の念を集めることこそ、ふさわしい姿なのだ。そのための足がかりは着実に残していかなければならない。
数分と経過することなく、汚らしい貧民街に到着した。
通行に邪魔な家の装飾や、通路を横切る洗濯物などは魔法で払うかバジリスクによって蹴散らさせながら進む。
目的地は他との区別もつかないあばら家だった。
バジリスクから降りたハルアジスはスコットの先導で部屋の中に入る。
「ふん、汚らしい……」
本当であれば足を運ぶことすら厭われることだが、これも研究のためだ。
中には被験体と思しき少年が椅子に座っていた。家族はその肩を持ったりと、周囲に固まっている。
部屋にはその他に、剣の本家からやってきた娘と、目付けのように部屋の端から目を光らせるイーニアスがいた。
発言権としては五大家に及ぶべくもない小僧ではあるが、民衆の人気は高い。偉そうにしているのは、そんな背景に酔っているが故だろう。
ハルアジスとしては他の家同様に嫌いな人種であった。
まあ、そんなことはどうでもいい。重要なのは被験体から得られる情報である。ハルアジスは話が本当かどうか、魔素に目を凝らす。
「ほう。ほう……? これは真であったか」
確かにほんの微かにではあるが、クラスⅤの魔力が垣間見える。
だが、これは表面上に見える範囲ではという話だ。臓器を補っているのであれば、実際に腹を開けば精査できることだろう。
ハルアジスはすぐに確認しようと一歩を進めた。
「まっ、待ってください! 横暴はやめてください。今は彼らにとって大事な時間なんです。ただ一目見るだけであれば許容できますが、これ以上は――」
剣の一派を牛耳る女とよく似た声だ。
益々もって苛立たしく思えてきて、ハルアジスの眉はピクリと動く。
直後、玄関を突き破ったバジリスクの尾が彼女を絡め取らんとした。
咄嗟のことに、彼女は驚愕の表情を浮かべるのみである。
そうとも、準備をしない状態で攻撃されればそうなる。竜が襲来したあの日は何の準備もする時間がなかったため、こんな小娘に守られるような構図となってしまったが、それこそ間違いなのだ。
バジリスクの尾によって締め上げられ、少しは身の程を知るがいい。
そんな気でニヤついていたところ、横槍が入った。あのイーニアスである。
「あー、悪いですねぇ。やっぱり無辜の民やら女子供にムキになるっていうのは大人としてどうでしょう。ここを眺めている俺の評価も下がってしまうので、五大祖の大賢者として相応しい対応でお願いできませんかね?」
いつの間にか間に割って入った彼は、バジリスクの尾を剣で受け止めていた。
この男がまさかバジリスクに単体で勝るとは思えない。しかしながら多少でも素材に傷をつけられるのは困るところだ。
「ぎゃあぎゃあと騒がれるのも、煩わしい。……よかろう。施しは与えてやろう」
そう零したハルアジスは懐に手を突っ込むと、巾着を取り出して目の前の家族へと投げた。
その拍子で紐が緩んだ巾着からは無数の金貨が溢れ出る。
「貴様らであれば十年は遊んで暮らせる額であろう。それを買い取る。文句はあるまいな?」
それだけ言って近づいてくるハルアジスがまとった気迫と、床をピシャリと叩くバジリスクの尾に恐怖心を煽られた家族は息を呑んだ。
「大丈夫。下がって……」
「でも……!」
少年と家族の間でそんな応答をしていたが、歩み寄っていく間に話は決着したようだ。
やはり金で解決する程度の下賤な存在とハルアジスは睥睨し、少年の瞼の粘膜や口腔内を見る。
内蔵を補っている場合はそこからの血流により、このような粘膜にもごく微細な魔力が流れることがあるのだ。
それを確かめるべく目を凝らすと、それも見つけられた。
「ほう、これは益々もって信憑性が上がった。ふむ、しかし魔法が安定しておらぬようだ。やむを得ん。持ち帰る時間がなくても困る。ここで解体し、詳細まで分析するか」
ハルアジスは息をついた。
そして次なるなにかを始めようと杖をかざそうとしたその時、倉庫につながる部屋の扉が勢いよく開かれたのだった。
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