女性騎士が気にしてきます
この施設で待機場所として開けられているのは、病院の待合のように長椅子が三つ置いてある部屋だ。
うち二つは別のパーティが使っていて一杯である。
最後の一つには例の女性を含む二人しかいないので、半分以上が空いていた。
カドとリリエとアルノルド。三人が座るにはちょうどいい広さである。彼女らから視線が向けられている以上、敢えて壁を背に座り込むなんてのも奇妙な話だ。
顔が知られた相手のようで緊張をしてしまうが、椅子に座る以外にはない。
「こっ、これはリリエハイム様っ!? 一体どうしてこの街に!?」
例の騎士の隣にいた受付嬢のような人が声を上げる。
ひとまず意識は逸れているらしい。何かあった時のための戦況分析として、カドは全員の魔力の質を眺め渡した。
あの女性騎士も含め、全員が紫――この第一層の質だ。
つまりは冒険者として駆け出しである。あの屋敷に飛び込んできたことからして真っ当な相手ではないと思ったのだが、勘繰りすぎだったのだろうか。
と、僅かに油断していたところ、彼女と目があった。
受付嬢のリリエに向ける熱意からして、全員の注意はそちらへ向いていたはずなのだが、彼女は一人だけこちらを見ていたのである。
これはもう、彼女もこちらを気にする何かがあると見て間違いないのだろう。
白銀のプレートメイルに、きめ細やかなチェインメイル。おまけに装飾まで鮮やかな騎士剣だ。他の二脚のイスに座った冒険者と彼女では明らかに装備のレベルが違う。
魔力の質こそ駆け出しでも、やはり同じに見るのは誤りだろう。
カドは極めて冷静に、彼女の視線を気にしないことを装ってアルノルドを椅子に座らせる。
そして、不愛想にも会釈一つで自分もその横に座り、フードを目深に被り直した。
胸元のサラマンダーは目の前を動く腕に噛みついてくるくらいに乗り出しているため、目に見える魔力の偽装はちゃんと機能していることだろう。
顔合わせの機会もないことはない冒険者としてはもう少しフレンドリーに声を交わすものなのだろうか。
椅子に座る動きなんて注目のしどころでもないのに彼女はまだ視線を向けてきている。
それにリリエも気付いたのだろう。
彼女はカドらに一歩近づくと、世話を焼くように様子を確かめてきた。
「ごめんなさいね。負傷した子を一人で庇って第二層から戻ってきていたものだから、疲労が溜まっているのよ。寝かせてあげて」
「なるほど。リリエハイム様は彼らの保護をされたのですね」
人類の最高到達者が第五層という中、リリエの魔力の質は第六層のものである。
その実力からするに、彼女は有名人なのだろう。
彼女が受付嬢の隣に座り、カドらとの間を隔てるようにした結果、それ以後注目を集めることはなかった。
本当に寝ていられれば良かったのだが、そのまま二時間ほどが経過する。
施設の管理者の呼びかけで他のパーティがぞろぞろと出ていく中、カドたち三名は最後まで残っていた。
「カド君。もう出られるのだけれど、大丈夫……?」
「……」
問われて応答をしようとしたものの、声を出す元気がすでになかった。
徹夜と同様だ。朝方まではまだイケると思っていたのに、日が差し始める頃になると急に体力への響きを感じる。
それから先はかなりダメージが蓄積されており、集中力等も激減してしまう。
それが単に起きているだけならばまだしも、魔法によってアルノルドを生かし続けていなければならないのだ。これは非常に辛いところである。
「……とりあえず、街中に入れるようになったんなら急ぎましょう」
「ええ、そうね。休憩をしていても何も好転しないものね」
リリエの目から見てももう限界が近いところは見て取れるのだろう。彼女はアルノルドを背負うと、カドも立たせた。
もう先に行っているパーティや、騎士と受付嬢の二人組の背を見ながらカドらもアッシャーの街に向けて歩いていく。
「あの二人、結局何だったんですか……?」
少なくとも、受付嬢らしき人物の素性くらいは知っているものと考えたカドはリリエに問いかける。
「私と話していたのは管理局――の傘下に当たるギルドの職員ね。恐らく、一緒にいた女の子の実力を測っていたのだと思うの。特例の措置ね」
混成冒険者の維持や管理、意思決定など事務方な手続きを統括するのは管理局。
冒険者としての仕事の斡旋や個々の素質の査定、境界域の産出品の買い付けなどはギルドが行うという形になっているらしい。
「特例……そんな例、ちらほらとあるんですか?」
「あるわ。例えば五大祖は家宝として先祖の遺物を持っていて、それから混成冒険者を作っているの。血筋なだけに適合率も高くて優秀な場合が多いわ。ギルドからの仕事、卸される商品の質、狩場の立ち入り許可などにはギルドでの評価が重要になってくるのよ。実力がある者は、ああして職員付き添いで飛び級制度があるものね」
「……ああ、やっぱり実力がありましたか」
もしや違和感を持って見ていたのかもしれない。
そんな気で呟いてみると、リリエは頷いた。
「あの子は魔素の色が見えるのでしょうね。本当は君のお世話をずっとしておきたかったのだけれど、それだと逆に目立っちゃうかもしれないわ」
たった今、ギルド職員にもてはやされた通り、リリエは有名人なのだろう。
その傍にいたら、確かに否応なく注目を集めそうである。
「わかりました。どうせ僕はアルノルド君の家に行かなければならないですし、そこから別行動にしましょう。落ち合うとしたら宿なんかでいいと思います」
「そうね。その代わり、君がいた死霊術師の家の様子とか、私側でもいろいろ調べてくるから、君はしばらくそちらの家でお世話になるくらいがいいかもしれないわ」
そう言って、リリエとは宿の場所を交換する。
アルノルドの家に関しても前もって聞き、リリエに地図で教えてもらっていたので情報の共有はしてある。
そうして小さく会議をしながら、カドたちは進んだ。
朝になって初めての開通ということもあり、冒険者や各村への行商人などと多くすれ違う。
二日前、竜に咥えられて見下ろした世界を、今度は自分の足で踏みしめながら進んだ。
三十分も歩くと、アッシャーの街に到着する。
先日、竜が暴れたおかげで壊れた屋根の修理があるのか、大工が働く姿が多く見えた。
人間、獣人を問わず住民が歩いているところはやはりファンタジーが極まれる見かけだ。
そんな場に一歩踏み込むと、ちらちらと視線を向けられる。
これはカドやアルノルドを見るものではない。全てリリエに向けられたものだ。
この視線に境界域への通路を守っていた衛兵も気付いたらしい。リリエを目にすると、ぎょっと目を見張って歩いてくる。これは受付嬢と同じ反応だ。
「ごめんなさい、もう離れた方がよさそうね」
眉を寄せたリリエはアルノルドを背から下ろした。
それを背負い直すカドに、いつまでも心配の目を向けてくる。
「あとちょっとですから、大丈夫ですよ。ありがとうございました」
周囲に聞かれても問題がないように当たり障りのない返答を返した後、カドはアルノルドに教えられた家に向かって歩き始めた。
正直なところ、人ひとりを背負って歩くのはかなりきつい。
外套の中を覗き見られたのなら、その顔色の悪さに引き止められることだってあるだろう。
下手なことが起こる前に終わらせようと、カドは最後の気力を振り絞って足を進めていった。
「アルノルド君、もう少しです。安心してください。もうしばらくは保ちますから」
「どう、言っていいかわからない……。あり、がとう……」
自分の最期の時も近づいているというのに、このように返せるのだ。彼の覚悟ももう決まっているのだろう。
ならば自分は彼に応えるためにもどうにか送り届け、少しでも長い最後の時を与えてやらなければならない。
そう思って足を進めていたのだが、不意に足から力が抜けてがくりと崩れ落ちてしまった。
二人して地面に投げ出されてしまったような形だ。
早く起き上がり、再び歩き始めなければいけない。
そう思っていたところ、目の前に差し伸べられる手があった。
「あの、大丈夫ですか……?」
そこにはまたもあの女性騎士がいたのだった。
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