冒険者というもの
強制的に眠りにつかされた翌日、カドは日の出の頃に目を覚ました。
暗くなってしばらくしてからの睡眠だったので、これでも割と長い時間根こけていただろう。恐らくは魔力不足が関係していたに違いない。
けれど現在はといえば快調だ。体からは気怠さが抜けている。
「もう動けそうなんですけど、このだいしゅきホールドは何なんでしょうねー」
カドは現状を把握して遠い目になる。
休んでいる家は無論、リリエのログハウスだ。
しかしながら元々ここは彼女が定期的に利用する仮宿である。余分な設備なんてもちろんない。
そういう理由が影響しているのだろう。カドはすぴーと幸福そうに寝入るリリエによって抱き枕にされていた。
それも自爆で同士討ちを狙うロボットの如くがっちり捕まえられている。背中がミシミシというくらいに圧迫されているのでときめくどころではなかった。
「そういえば天使は幻想種って言われていましたっけ。一体どの層の存在なんでしょうか」
ふとした興味から、カドはリリエの魔素の色合いを確認する。
色は橙――つまり、竜よりももう一つ下の第六層の存在らしい。この境界域が全七層と聞いているのでかなり深いことになるはずだ。
深さ=強さと直結することはないだろうが、竜の話を聞く限りその図式はほぼ当てはまると言っていいはずだ。
そのような面から言っても、彼女から学べる点は多いだろう。
そう、学べる点。
折角この密着状態なので、カドは気になるアレについて調べようと手を伸ばす。
触れようとしているのはリリエの翼なのだが――。
「あれ。ない……?」
広げれば人間の身長ほどはありそうな立派な翼だった。背に手を伸ばせば触れないはずはない。
「これも後で聞きますか」
竜と同じく、翼を動かしている筋肉等には疑問が残っていた。
しかしそれがないのであれば見かけ上は人間と全く変わらない。カドは諦めて、彼女が起きるまで抱き枕に徹するのだった。
約一時間後、ようやく解放されたカドは朝食用に魚を確保しようと川に出ていた。
これについては魔法の練習がてら操作魔糸マジックスレッドによる網を作成し、投網をすることで楽に確保できた。
この操作魔糸はまだ各指から一本ずつ蜘蛛の糸のように発生させることしかできないが、互いを接着しあうことができるために網としての利用が容易なのだ。
この魔法の持続時間が延びれば縫合糸としても十分に使えるため、練度は積極的に上げていきたいところである。
そして、二匹の魚を捌き、ついでに初級治癒魔法ファーストビールの実験台にもした。
ただ単純に首を落とした状態で初級治癒魔法を行使すると、血液の循環が維持されてしばらく生かしておくことができたのである。
しかし、どうも傷の治癒としての側面は弱いらしい。
頭部との切断面同士を合わせていても、約十分後に魔法の効果が切れると自重で千切れ落ちてしまったのだ。
「手術中の咄嗟の管理には使えても、治療には使えませんか」
練度不足か、はたまたこの魔法自体の特性なのか。まだまだ疑問は残るので要研究である。
「ふむ。こうして効果が掻き消えることを考えると、毒素生成ポイズンクリエイトの残留性が凄く気になってきますね。神経毒を作ったとして、それが綺麗さっぱりなくなるのなら、それって最高の筋弛緩剤や麻酔薬になりそうですし」
これは非常に利用価値のあることだろう。
実験を重ねることが非常に楽しみになってくる。
その後、魚を開きにして持ち帰った頃、リリエも起床して食事の準備を終えていた。木の実と果物、そして粉物をこねて焼いたようなものがテーブルに並んでいる。
「おはよう、カド君。体調はどうかしら?」
「非常に良好です。魔法を何度か使ったけど、影響はありませんでした」
そう答えてみると、リリエは少しだけ眉を寄せる。
「確かに魔力は自然回復もするわ。けれど、自分の限界がわからないうちに一人であれこれと試すのは感心しないわね。この辺りは魔物も出るのよ」
「それはすみません」
素直に頭を下げる。
確かに、意識がもうろうとしたところを襲われたら抵抗のしようがないかもしれない。
竜のおかげで拾えた命なのだ。少なくとも、彼の呪詛を解くまでは大事にしなければいけない。
「僕はこの世界での生き方について知識が乏しいです。リリエさんを頼りにさせてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん。手間賃は黄竜に請求するから、あなたは存分に頼ってくれればいいの」
「頼りっぱなしでは悪いので、こういう風に僕からも少しずつ返させてください」
カドは捌いてきた魚を見せる。
それを見たリリエは、まあ! と手を合わせて喜んだ様子だ。
これを焼いて食卓に並べたところ、今後の予定を会議する流れとなった。
「私は君に天啓から得られる魔法や技能の使い方と、魔物との戦い方、冒険者としての振る舞いや常識を教えていくわ。その中で何か要望はある?」
「ひとまず今日を合わせて、三日で区切りを付けさせてください」
三日。そう伝えてみると、あまりの短さにリリエは難色を示す。
「訓練は一両日では身につかないわ。どうしてそんなに急ぐの?」
「ドラゴンさんの後肢には冒険者から付けられた不治の呪詛があります。ひとまず処置をしたんですけど、放置すればいずれ細菌感染があります。なので、三日後にドラゴンさんと合流して処置をした後、僕は冒険者の街に乗り込みます。そこで情報収集をして、術者を見つけて伝えたいんです」
「なるほど。君は危険を冒さず、術者との戦闘は黄竜に任せるということね?」
リリエの問いに頷きを返す。
実際に戦闘を挟まないのであればまだ実現性があるものと認めてくれているのだろう。難色を示していた表情は多少和らいだ。
「冒険者の身分として術者を探すのが手っ取り早いと思うんです。ついては冒険者として妙な点がないように、三日間で体裁を整えてもらいたいんです」
「そこまで考えているとは驚いたわ。でも、妥当な案ね。いいでしょう。協力をしてあげる」
リリエの快い返答に、カドは「ありがとうございます」と礼を返す。
「ところで一つ疑問があります。人殺しについてはこの世界でも禁忌なんですよね? それにしてはドラゴンさんが術者を討伐することに関して、さほど問題視していなかったんです。何か理由があるんですか?」
例えば敵対者に対しては正当防衛が利く、賊には殺人罪は適応されない。そういう類でも関係するのかと、カドは疑問を投げかけてみた。
すると、リリエはすぐに答えを見つけた様子だ。
その反応から見るに、これは常識に分類されることのようである。
「そのことね。恐らくそれは冒険者の在り方に関係するわ」
「在り方?」
聞いたことがない情報に、カドは首を傾げる。
「冒険者は二種に分けられるの。一つは純系冒険者。生身を鍛え、そのまま境界域に挑む伝統的な冒険者ね」
それはカドとしても想像する通りの冒険者の姿だ。
その他の形が想像つかないため、カドは彼女の答えを待つ。
「もう一つは混成冒険者。これは近年、五大祖が関係して作られた冒険者の新しい形」
五大祖については聞き覚えがある。
剣術、魔術、治癒、錬金術、そしてハルアジスの家の死霊術。冒険者の街のお偉いさんを示す言葉だったはずだ。
「純系冒険者との最も大きな違いは生身ではないことなの。冒険者の街にある神殿では過去の優秀な冒険者が祀られているわ。そんな過去の英霊の魂を鋳型に、冒険者の魔力を流し込んで疑似的な幻想種を作るの。そうして作られた人工的な冒険者のことを混成冒険者と呼ぶわ」
「えっと……。それはつまり、本体が自由自在に動かせる体を作っちゃうってことですか?」
例えばゲームのアバターのようなものか。そう思って口にすると、リリエは頷いた。
「これの優秀なところはね、いくつかあるわ。まず、魔力の塊だからいくらでも作り直せること。もっとも、育て上げた体が壊れれば一から出直しにはなるのだけど」
本体が望む通りに動かせるアバターだから、それが死んだところで本体に影響はない。また作り直せばそれで終わりということだろう。
カドは理解して頷く。
「二つ目は、過去の英霊との適合率さえ高ければ同じ成長ができること。要するに、優秀な人のコピーになれるの。でも、別人は別人だから十割同じとはいかないわ」
ゲームの職業選びに適合率まで設定されているとでも思えばいいだろう。
過去にレベル99の剣士と魔導師がいた。Aさんは剣士なら50レベル、魔導士なら70レベルになれる適性があったので魔導士を選び、冒険者として日夜レベル上げに励んでいる。
ただし、死ねばレベル1からやり直し。
混成冒険者とは、そんな存在らしい。
「なるほど。死んでもやり直しが効くから、その術者を殺したところで深く捉え過ぎなくてもいいということですか」
「そうね。でも、混成冒険者になるには五大祖が用意した様々な処置を受けなければならなくて、お金もたくさんかかるの。だから第一級の冒険者は混成冒険者が多いけれど、冒険者全体としては純系冒険者が多いわ。才能がなくてもある程度まで純系として稼ぎ、そこからは混成冒険者となって一級を目指す。それが冒険者のセオリーと言ってもいいわね」
故に、成金やハリボテと言った蔑称もあるらしい。
「不治の呪詛はかなり高位の術式。恐らく、黄竜に手傷を負わせた術者も混成冒険者。だから討伐しても死なせることにはならないだろう。そういう話だったと思うわ」
その言葉にカドはようやく納得した。
「わかりました。じゃあより一層、冒険者としてのなりふりを学ぶことは意味がありそうですね。三日間、よろしくお願いします」
「ええ。まずは冒険者として恥ずかしくないよう、訓練から始めていくわね」
頭を下げるカドに対し、リリエは力強い返答を返してくれるのだった。
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