終章 エピローグ

第43話 旅立ち

 それから、数日後……。

 ある晴れた日の、西の港にて。


 ~♪ ~♪ ~♪


 そこかしこの客船から楽しげな音楽が溢れる、西の港の船着き場。

 茶色のチョッキとズボンを纏い、雪をかぶったような真っ白な髪を潮風に吹かせながら、両腕を吊った少年が歩いている。

 

 石畳の道をしばらく進み、チョップはある商船の前で立ち止まると、樽の上でマラカスを鳴らして踊っている男に話しかける。


「こんにちは、ボネールさん」

「おっ、よく来たネー? ボクの船にようこそネー」


 ボネールと呼ばれたその男は、以前チョップがマルガリータのためにネックレスを買った宝石商・・・

 レゲエの人のように髪の毛を編み込み、歯が一本抜けているので胡散臭く見えるが、実は自前の船を持ち、世界各地を行商している船長さんである。


 ボネールは船長帽キャプテンハットの代わりにつば広帽子ソンブレロをかぶると。


「ながいながーい船旅になるけど、それでもいいネー?」

「はい、全然構いません。よろしくお願いします」


 そう言って、船に乗り込もうとするチョップ。

 舷梯タラップの上で振り向くと、行き交う人々と港の様子が見える。

 活気溢れるサン・カリブ島の風景を、これで見納めと片方の瞳に焼き付け、前を向く。

 一人寂しく旅立とうとしていたチョップ。

 ところが。


「そう言えば、キミにお客さんが来ているネー」

「えっ?」


 レゲエ男が乗っていたタルから降りると、フタがぱっかーん! と開く。


「じゃーん!」


 黒ひげ危機一髪のように飛び出して来たのは、白いワンピースを纏い、美しい金髪をくるくるサイドテールでまとめた麗しい少女。


「マ……、マルガリータ!?」

「ふっふーん、わたしにあいさつも無しに行こうなんて、そうは問屋がおろさないよ!」

「問屋が卸してくれないのは困りますネー」


 ハハハハハと商人ギャグで笑い合う、マルガリータとボネールさん。

 チョップに苦手(?)と言われた豊かな胸を張り、マルガリータはちょいちょいと手招きをする。


「チョップくん、少ーしお話ししよっか?」



 人目につかないように、西の港の外れにあるベンチに並んで腰かけるチョップとマルガリータ。

 それは奇しくも、城下町デートをした時に座ったものと同じ。

 しばらく、無言の状態が続く二人。


(き、気まずい……)


 マルガリータに二度と会わないと言った手前、非常に肩身が狭いチョップ。どうしたものかとはんもんしていると。


「チョップくんは、そんな身体でどこに行こうとしていたの……?」


 不安そうな顔で問いかけてくるマルガリータに、チョップは心をキュッと締め付けられる。


「……黄金の国に行こうと思ってるんだ」

「えっ……! 黄金の国!?」

「ボネールさんに聞いたんだ、海の向こうの遥か彼方、黄金の国には『永遠の命』を得る方法があるらしいって」

「永遠の命ー? すごーい!!」


 黄金の国マニアのマルガリータは、さっきとはうって変わって瞳をキラキラと輝かせる。「わたしも行くー」とか言い出さないかと、チョップはヒヤヒヤしつつ。


「まあ、それは眉ツバだとしても、この腕を治してくれる薬とか、お医者さんはいるかもしれないと思って」

「そっかー……。早くその腕、治るといいね!」


 ニコッと笑うマルガリータ。屈託ない笑顔が戻った彼女を見て、チョップは心の底から安堵した。


「……チョップくん、英雄に成りそこねちゃったね」


 マルガリータのつぶやきに、チョップはふるふると首を振り。


「僕は全然気にしてないよ。別に英雄になるために戦ってた訳じゃないから」

「ふーん。じゃあ、チョップくんは何のために頑張ったの?」

「それは、サン・カリブ王国を守る事が、僕の一族の家訓だから……」


 ずずいっと迫る少女にチョップは思わず顔を背け、さらにマルガリータはおっぱいが当たりそうなくらいの距離で覗き込むと。


「チョップくんのウソつき」

「えっ?」

「わたしのためだったんでしょ? 今までの事、全部」


 真っ直ぐに見つめてくる彼女から、視線を反らし。


「い、いや~? そんな、ことは、ないよ?」

「いいえ。幼なじみのわたしには、チョップくんの事は何でもお見通しなのです」

「なんで、マルガリータにそんな事が分かるの?」

「だって、チョップくんは昔から、嘘をつく時、心にも無い事を言う時は絶対に目を合わせてくれないんだもん」

「えっ……?」

「グアドループ家には、国の皆が知らない言い伝えがあるの」


 マルガリータは真昼の太陽をキラキラ照り返す海を眺めながら、ゆっくりと語り始める。



 五百年前のその昔。

 不思議な力で人々の傷や病を癒しながら、世界中を旅する青年、『聖者カリブ』。


 ある時彼が訪れた、悪評高いバミューダ帝国で一人の女性と出会います。

 美しい黒髪と凛とした瞳を持ち、奴隷の身に堕とされながらも決して気高さと優しさを失わない彼女。

 いつしか二人は恋に落ち、やがて彼らは結ばれました。


 しばらくの後、彼女に新しい命が宿った事を知ったカリブは愛する人を救うべく、苦境にあえぐ奴隷達ともども帝国からの脱出を図りますが、皇帝が放った刺客に追い詰められます。


 ですが、カリブが天地に命を差し出してでも彼女を護りたいと願ったところ、彼の手刀にいかずちが纏い、海を割ったカリブは見事に奴隷たちを救うことが出来ました。


 生命力を使い果たしたカリブは、親友であったグアドループ家に新しい国を託し、笑顔で息を引き取ります。


 聖者カリブが海を割った奇跡。それは愛する女性ひとを護るためだったのです……。



「聖者カリブが『海を割った』のは、命をなげうってでも大切なひとを護りたかったからなの。だから、おこがましいかもしれないけどチョップくんにとって、わたしがそういう存在だったのかなー? って」


 振り返ったマルガリータは微笑みを湛えながら、可愛らしく小首を傾げる。


「それがチョップくんの本当の気持ちだったら、わたしはあなたに……」

「いや、僕はもうダメなんだ」


 チョップは首を振り、ベンチでうつむきながら言いにくそうに告げる。


「僕は今でも夢に見るんだ。七年前に僕が殺した、あのならず者たちの怨みに満ちた顔を。こないだの事件で殺した海賊たちや帝国兵の顔も、一人ずつ、一人ずつ、全然僕の頭から離れてくれない」

「えっ……」

「それに、僕は知っていたんだ」


 ひどく沈鬱な顔で遠くの海を見据え、チョップは三ヶ月前の光景を投影する。


「あの時、帝国艦隊はバルバドスに全滅させられたと思われていたけど、実はまだ何万人かは生き残っていて……。僕はそれを分かっていながら『海割り』を放った。僕が彼らを鏖殺みなごろしにしたんだ」

「で、でも! チョップくんがいなかったらサン・カリブ王国が……」

「もちろん、綺麗事を言ってるのは分かってる。水兵団も王国を守るために敵の命を奪う事もあるし、僕も七年前の時も今回も、マルガリータを護った事は誇りに思ってるよ」

「だったら……」

「でも、帝国兵にも善良な人はいただろうし、海賊だって悪い人ばかりじゃなかったはず。それなのに、僕は殺戮兵器のように『力』にまかせて、全て一瞬で消し飛ばしてしまった」


 チョップは、もう動かない両腕をマルガリータに示し。


「だから、今はちょっとだけホッとしてる。しばらくは誰も傷つけることはできないから」

「じゃあ、チョップくんはなんのために、腕を治そうとしているの?」

『誰かに殺されるその日まで、僕が戦い続けるため』

「!!」


 チョップはベンチから二、三歩離れ、マルガリータに背を向ける。


「僕はもう、全身血まみれで真っ黒なんだ。そんな僕にできることは、後は王国くにを守るために戦う事だけだから」

「そんな……。だったら、もうケガは治さなくていいよ! わたしで良ければチョップくんの手の代わりになってあげる。例えば、ムラムラした時なんかは……」


 だが、チョップは寂しそうに首を振る。


「ううん、マルガリータは僕と一緒にいるべきじゃないよ。僕にはもう、君を幸せにする事はできないから」

「そんな……」

「僕の事は忘れて、本当に君のことを幸せにしてくれる人と一緒になってほしい。今の僕の『希望のぞみ』は、ボロボロになるまで戦い続けて、燃え尽きることだから」

「今でももう、ボロボロじゃないの……」


 両親の死から始まった、彼の人生。

 誰よりも命の大切さを知っていた少年は、他人ひとを手にかけてしまった事で、自らに重い鎖を背負ってしまう。

 王国と姫を救い、ようやく罪から解かれたが、やはりその業からは逃れられず、今また修羅の道を歩もうとする。

 少年は身体だけではなく心までボロボロなのだと、少女は感じた。


 マルガリータは、立ち上がって決意する。


「分かった。じゃあ、わたしもチョップくんに付いてく!」

「人の話聞いてた?」


 昔から彼女の性格を知ってはいるが、さすがに呆れるチョップ。


「そもそも、王女様が勝手に国を出たりしたらダメなんじゃないかな」

「あー、えーっと、その件なんだけど……」


 てへへっと、マルガリータは苦笑いしながら。


「わたし、王女をクビになっちゃって」

「え゛っ!?」

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